212.特に理由のない暴力
「……クソ……寝られるかバカ……」
深夜。真っ暗な部屋。僕は一人、小さな声で、物凄く小さな声でそう呟いた。
静かな部屋。辺りから聞こえてくるのは小さな寝息。
そう、僕は今、妹のサラの部屋で寝させられている。それもリシア、サラ、クティラ、ティアラちゃんの四人と一緒に。
誰に言っているのか全くわからないが、言い訳をするとこの状況は僕が望んだものではない。寧ろ僕は拒否した。
だがサラが許さなかったし、リシアは何故か何も言ってくれなかったし、クティラはサラに乗っかっるし、ティアラちゃんは汚れひとつない純粋な瞳と気持ちで僕と一緒に寝たいと言うしで、最終的に僕は彼女たちと共に寝ることになってしまった。
とは言っても。流石に誰とも同じ布団では寝ていない。あくまで同じ部屋で寝るだけだ、そう、同じ部屋で寝るだけ。
だがそれでも。この状況このシチュエーションは年頃健全男子高校生には厳しすぎる。女の子の友人が多い男なら別に大して何も感じないかもだが、僕は普通に苦手だ。これまでまともに仲良くしてきた女子は、妹のサラと幼馴染のリシアしかいないし。
「んー……エイジ……」
と。夢の中で僕と会っているのか、リシアが僕の名前を呟きながら、ゆっくりとこちらに向かって寝転んできた。
僕はそれを急いで避ける。だがその瞬間、後ろから違う気配が──
「お姉ちゃん好きぃ……ラブデスティニー……」
今度はティアラちゃんがクティラの名を呟きながら、こちらに腕を振り下ろしてきた。
当たるわけにはいかない。恥ずかしいし痛いし。ので、僕はリシアを避けつつそれを避け──
「ふふふ……エイジよ……甘いな……」
と。僕が避けようとした時、今度は別の方向からクティラがなながらパンチを放ってきた。
しかも台詞が、寝言が微妙に状況に合っている。コイツ、本当は起きているんじゃないだろうか。
兎にも角にも僕はそれを避ける。だが次の瞬間──
「お兄ちゃんのバカ……ウルトラバカ……」
まるで図っていたかのように、ベストなタイミングで僅かに開いた隙間へ、サラが蹴りを放ってきた。
(クソ……! コイツも起きてんだろこのタイミング……!)
リシアの寝返りを避け、ティアラちゃんの拳を避け、ティアラのパンチから逃れ、サラの蹴りから距離を取る。
リンチだ。集団寝返りリンチだ。いくらなんでもこれはヤバい。
寝転がったままでは限界がある。僕はそう察して、すぐに立ち上がり、彼女たちから距離を取った。
だがしかし、確かに寝ているはずなのに、リシア達は立ち上がり部屋の隅に逃げた僕を狙い、こちらにやってくる。当然寝たまま。
仕方なく僕は、彼女たちを踏まないよう慎重に動きつつ、布団の上を歩きながら部屋の出口へと向かう。
だがその瞬間──
「んー……ティアラビームスーパー……」
「……は? はぁ!?」
僕の頬を掠めたのは恐ろしく速いビーム。僕では見逃してしまう速すぎるビーム。先の寝言から察するに、それを放ったのはティアラちゃん。
僕はゆっくりと振り返り、ティアラちゃんのいる方を見る。すると彼女は、こちらに指先だけを向けていた。その指先からは、白い煙が微かに出ている。
「……っ……どうすればぁぁん!?」
ティアラちゃんを見て冷や汗をかいて、それを拭った直後。急に僕の姿勢は崩れた。いや、崩された。
誰かが僕の足に捕まっている感覚。力強くも優しさを感じ、柔らかい手のひらと指先が足でも確かに感じられる。
「エイジ……ぴぇ……」
「リシア……か……!」
僕の足を掴み、引っ張り倒れさせたのはリシアだった。彼女は目を閉じてはいるが、口は半開きで、少しだけ涎が出てしまっている。
寝ているはずなのに、どこかニヤけた表情をしているリシア。彼女は僕の足を掴んでいる手を離すと、今度はまるでよじ登るように、僕の腹から顔へと手を這わせていく。
「……エイジ……ピーマン食べなきゃだよ……サラちゃんが……作ったんだからぁ……」
「……どういう夢だよ」
どうやらリシアの夢の中の僕は、サラの作ったピーマン料理を食べさせられているらしい。僕、ピーマン苦手なのに。
──じゃなくて。
そんなのはどうでもいい。今はどうやってリシアから離れるか、逃れるかだ。
なるべく派手に、勢いよくは動きたくない。気持ち良さげに寝ているリシアを起こしたくないし、もしも今起きたら変な誤解されそうだし。
「……ピーマン食べてぇ……」
「……ッ!?」
と。リシアはピーマンを食べろと言いながら、僕にゆっくりと抱きついてくる。
だから感じてしまう。彼女の温かい体温、漏れる吐息、柔らかい肌や、その他諸々──
「……ッッッ! クソ……!」
これ以上はダメだ。理性が保てなくなる。そう察し理解し、僕は苦渋の思いでリシアをほんの少しだけ力を込めて、引き剥がそうとする。
だが離れない。割と力を入れたにも関わらず離れない。ついでに起きもしない。
僕は仕方なく、もう少し力を込めて──
「ティアラ……ビーム……ウルトラ……」
「へ……!?」
力を込めてリシアを離れさせようとした直後、再び僕の頬をビームが勢いよく掠った。
「エイジお兄ちゃん……ピーマン……慣れたら美味しい……よ……? えへ……へ……」
当然それを放ったのはティアラちゃん。どこ満足げに彼女は微笑んでいる。寝息が聞こえるし、目も閉じているから寝てはいるんだろうけれど、満面の笑みだ。
「……どうすれば……!?」
辺りを見渡し、何か無いかと、何か思い浮かばないかと考えていると。僕の目の前に足と拳が現れた。
「お兄ちゃん……ピーマンくらい……食べ……なよぉ……」
見覚えのある足。きっと、これは妹のサラの足。
「エイジ……ピーマンも食べれないようでは……モテんぞ……一生童貞だ……」
見覚えのある拳。きっと、これは吸血鬼のクティラの拳。
ていうかなんでどいつもこいつも僕にピーマンを食べさせようとしているんだ。みんな同じ夢を見ているのか? 僕にピーマンを食べさせる夢をか? なんでだよ。そんなに僕にピーマンを食べさせたいのか。
とりあえず僕は、向けられた蹴りとパンチを避けようと、改めて視線をそちらに向け──
「うぎゃ……!?」
痛──




