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番外編:0721

 ある日の午後。静かなリビング。そこに私、安藤リシアは一人でソファーに座っていた。

 辺りを見回しても誰もいない。私の家ではなく、エイジの家に居るのに。

「……珍しいこともあるよねぇ」

 私は誰かに聞かせるように、自分に言い聞かせるようにポツリと呟く。

 現在、エイジとサラちゃんは二人でお出かけ中。私が家にやってきた時、クティラちゃんにそう聞いた。

 そしてクティラちゃんは私が到着するなり、ティアラちゃんと共にどこかへ出掛けて行ってしまった。私も付いていこうとしたけれど、二人で行きたかったらしく、残念だけど断られた。

 友達の家、親友の家、幼馴染の家、大好きな人の家。そこに居るのに居座っているのに、私は今、ぼっちだ。

「……誰もいないん……だよね」

 私は小さな声で呟く。改めて認識するため、しっかりとそれを把握するため、間違えないように確認するために。

「……いいよね……」

 拳をぎゅっと握り、私はゆっくりと立ち上がる。スカートをポンポン叩いてその場で埃を叩いて、ゆっくりと右足から動かす。

 リビングを抜けて、廊下をまっすぐに歩き、途中洗面所に寄りそこで大きなタオルを入手した後、私はとある部屋の前で立ち止まった。

 一回、二回、三回と。コンコンっとノックをする。返事は無いし、反応もない。つまり、誰もいない。

 私はゆっくりとドアノブの手をかけ、それを捻りながら固唾を飲み、慎重に扉を開いた。

 予想通り想像通り想定通り。部屋には誰もいなかった。中には誰もいなかった。私はそれに胸を高鳴らせ、ゆっくりと、誰もいないにも関わらず聞かれないよう慎重に足音を殺しながら、部屋の中へと入っていく。

「……あはっ」

 思わず出てしまう笑い声。嬉しくて、楽しくなってきて、興奮しちゃって。自分の中で渦巻く激情を抑えられなくなっていく。

 ふらふらと。千鳥足になりながらも私は、部屋の中を進んでいく。落ちているものを踏まないように、彼が帰ってきた時に違和感を与えないように、私が入ったとバレないように。気持ちが昂り、足取り軽い自分の動きを必死に制御しながら、私は進み続ける。

 たどり着いた目的地。そこは大好きなあの人が毎日寝ているベッド。私はそれを見てドキッと胸を高鳴らせて、思わず垂れそうになる涎を手の甲で拭き取る。

「……ん……いないよね……いないいない……」

 わかっているのに、知っているのに、何度もしているのに。私は辺りを見回し誰の影もないことを確認し、耳を澄ませ誰も帰ってきていないことを確認する。

「……エイジ……」

 大切な幼馴染、大好きな幼馴染の名前を呼びながら私は、彼のベッドへと勢いよく飛び乗る。

 ふわふわだけど、男の子のだからか少し硬いお布団。それが、普段私が使っているものとは違うことをより強く実感させ、私の鼓動を速くしていく。

 すぐそばにある掛け布団を手に取り、私はそれに顔を、鼻を押し付ける。ほんの少し香る汗臭さ、確かに感じるあの人の体臭、私の頬をくすぐる抜け毛。何もかもが、私を更にドキドキさせていく。

 じゅんって、させられる。

 掛け布団を堪能し終えた私は、次に枕を手に取った。

 それにまず自分の頭を置いてみる。その瞬間、私の抱える激情がより激しくなった。ただ、枕に頭を乗っけただけなのに、私の気持ちは昂っていく。

 頬に熱が帯びてきて、太ももの内側部分が汗で蒸れてきて、呼吸がはぁはぁと全く定まらなくて、私の高鳴る心臓の音がより強くなり、それが布団を通して聞こえてくる。

「エイジ……好き……」

 面と向かっては言えない言葉を、いつかは伝えたい本心を、私は自分自身に向け呟きながら、枕へと顔を押し付けた。

 汗臭い。掛け布団と違って洗濯していないのか、先のそれよりも強く、より強く彼の汗の匂いを感じる。

 好きな匂いだ。大好きな匂い。ずっと嗅いでいたい匂い。堪能し続けたい匂い。愛している匂い。

「……我慢できないよ……私……いつも我慢してるもん……」

 ここには居ない彼に向け、私はそう呟く。

 それと同時に、私は手に持っていたタオルを自分の下半身の方へと敷いた。

 ドキドキと高鳴る鼓動。先からずっと私の耳に響く、私の気持ちを体現した音。それは未だ徐々に、勢いと大きさを増していく。

「……いいよね……誰もいないし……私だって人間だもん……年頃だもん……仕方ないもん……好きなんだから……愛しているから……だからだから……いいよね……」

 私は必死に自分に言い聞かせ、己のしようとしている行動を正当化させていく。

 誰に言っているのかわからない言い訳は私に勇気を与え、誰かを諭すように呟く詭弁は私に自信を与え、確認した己の気持ちは私の行動原理と化す。

 まずは胸の辺りに手を伸ばし、這うようにそれを下へと動かし、そのまま履いているスカートの内側へと手を伸ばした。

 空いている手で私は、エイジが普段使っている掛け布団を握りしめ、それを鼻の辺りへと持っていく。

 昂る気持ち。止まらない激情。溢れる愛しさ。抑えられない欲情。

「……すん……っ」

 彼の匂いがする。ここには居ないのに、ちゃんと彼の存在を感じる。

 ただの汗の匂いなのに、ただの寝汗の後なのに。それが大好きな人のものだとどうしてこんなにも、愛おしく感じて、興奮してしまうんだろう。

「……っ……あ……」

 好き。好き。好き。好き。好き。好き。好き。大好き。本当に好き。エイジが好き。彼が好き。彼の匂いが好き。彼の唇が好き。彼の髪が好き。彼の顔が好き。彼の身長が好き。エイジの笑顔が好き。本当に大好き。私は好き。私はエイジが好き。私はエイジが大好き。好き。好き。ずっと好き。ずっっと好き。ずっとずっとずっと大好き。これからも好き。絶対に好き。何が何でも好き。何が起きようとも好き。離れ離れになっても好き。絶対に離れたくないほど好き。 

 ずっと隣にいて欲しい。私をぎゅっと抱きしめてほしい。頭を撫でて欲しい。優しくも激しいキスをして欲しい。私を愛してほしい。私を見てほしい。私だけを見ていて欲しい。私と一緒にいてほしい。どんな時も一緒にいて欲しい。ずっとこのまま子が二人を別つ時までずっとずっとずっとずっとずっとずっと一緒にいて欲しい。

 止まらない妄想。収集つかない妄想。激しく動く感情。暴れ乱れていく全身。

 私の身体に溜まり始める快楽。頭が回らなくなっていく悦楽。本能のまま暴れる心情感情欲情劣情純情満場。

 きゅんっとして、すごくきゅんきゅんして、どうしようもなくきゅんっとして。目の前に突然現れた星のようなものが、私目掛けチカチカと光始める。

 口から溢れる唾液。濡れていく人差し指と中指。私しかいないこの部屋で、響き渡るのは三文字で表せられるオノマトペ。

「……っ……っ……はあ……あー……疲れたかも……」

 私は一度、全身をピクリと痙攣させてから、握っていた掛け布団から手を離し、寝転び天井を見上げた。

 呼吸が定まらない。自分の吐く息がはぁはぁと乱れていて、とてもうるさい。

 全身が汗だくで気持ちわるい。今すぐにでもお風呂に入りたくなる。冷たいシャワーを浴びてさっぱりとしたい。

「……はぁ……あー……」

 先程まで使っていた指を私は、天井に向け伸ばしながら、自身の目の前に持ってくる。

 両の指に滴る液体。粘ついているそれは、ゆっくりと雫の形を作り、一滴、私の頬に落ちてくる。

 私は頬に落ちたそれの感触を感じながら、ゆっくりと指を顔に近づけ、鼻の元へと持っていき、何となく匂いを嗅いでみた。

「……くさい」

 そう一言呟き、私はゆっくりと上体を起こす。

 そして何となく辺りを見回してから、後始末をするために、私はゆっくりと全身を立ち上がらせた。

 

 *


「……む?」

「どうしたのお姉ちゃん? 急に首を傾げて」

「いや……何か、蚊帳の外に出されたような気分になってだな。何故だ……よもや番外編だからか? ヴァンパイアは蚊帳の外、略してヴァン外編なのか……?」

「んにゃ……? えー……えっと……ごめんなさいお姉ちゃん……私、お姉ちゃんの言っていること全然わかんない……」

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