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21.もう逃げられない

 ピンクを基調とした部屋。いつものシャンプーの匂いがする部屋。ぬいぐるみが多くて、色々なものが落ちていてごちゃごちゃとした部屋。

 妹、愛作サラの部屋に僕は、彼女と二人で入った。

「はあぁ……どうするのお兄ちゃん」

「……どうしような」

 僕は、ゆっくりと天井を見上げる。

 天井のシミを数えながら、深くため息。

 目の前で突然女の子に変わるところを見られた。クティラとキスをするところを見られた。リシアがとんでもないバカだったら上手く誤魔化せたかも知れないが、彼女はそんなバカではないので無駄な期待だ。

 最後、僕とサラがリビングから逃げ出す時、リシアは明らかに疑いの目を僕に向けていた。口では納得したかのようにサラの言い訳を素直に受け入れていたが、多分あれもリシアが優しい子だからサラを深く追求しなかっただけ。

 よくよく考えてみれば、瞬間移動って何だよ。どう言う言い訳だよ。

「……そういえばクティラはどこに行ったんだ?」

 ふと、クティラの所在が気になって、僕は口に出しながら辺りを見回す。

 その時、僕の耳元で力なさげにつくため息が聞こえてきた。

 僕は自分の肩を一瞥。そこにいたのは、グッタリとしたミニクティラだった。

「疲れた……よもやこんなにも体力を使わされるとは……」

 嘆きながらため息をつくクティラ。僕はそんな彼女の頭を、ペチッと叩いた。

「あう……何するんだエイジ……」

「何するんだはこっちのセリフだ。ったく……」

 クティラに合わせて、僕も深くため息をつく。

「えと……ごめんねお兄ちゃん……私が色々ミスってこんなことになっちゃって……」

 と、珍しくサラが素直に申し訳なさそうに謝ってきた。

 先刻から度々言っている色々ミスったの色々が気になるが、本気で反省してるみたいだし、そこを追求しても可哀想なだけだ。

 僕はそっとサラの頭を撫でて、気にするなと言ってやった。

「……今の時代気安く頭撫でるとセクハラになるよ? お兄ちゃんだからいいけどさ……」

 それを聞いて、僕は瞬時にサラの頭から手を離した。セクハラするなと遠回しに言われたからだ。

 そういえば何かの本で読んだことがある気がする。女の子は頭撫でられたくらいで喜ぶようなチョロい生きものじゃないよ、と。

「あ……もう少し……ううん、何でもない」

 僕が頭を撫でるのやめた瞬間、サラは何故か一瞬だけ悲しそうな顔になった。

 本当に一瞬だったので、僕の見間違いかもしれない。

 自分か撫でるなと言っておいて、サラがそんな顔するわけないし。

「……それでそれで、どうするのお兄ちゃん? あんまりリシアお姉ちゃん待たせられないよ?」

「あー……まあ……本当にどうしような」

 僕とサラは唸り始める。前回の会議同様、何も思いつかない。

 普通に、シンプルに詰んでいるからだ。割とマジでどうしようもない。

 ここから僕の女体化を隠して、クティラが吸血鬼だと言うことも隠して、瞬間移動して居なくなった設定の僕の所在を明らかにしないといけない。

──無理だ。

「どうしよお兄ちゃん……何も思いつかないよ」

「ああ……もう無理だなこれ」

 僕とサラはほぼ同時にため息とつく。

 すると、それを聞いたクティラが力なさげに立ち上がり、僕の肩からぴょんっと飛び降りた。

 ふわふわと空に浮き、ゆらゆら揺れながら移動して、僕とサラの目の前に現れる。

「素直に言ってしまえばいいではないか。隠す必要はないだろう」

 ドヤ顔をしながらそう言うクティラ。僕は彼女を手に取って、それと同時にサラに背を向けた。

 そして小さな声で、とても小さな声でクティラに囁く。

「リシアが吸血鬼、もしくはハンターって話はどうなったんだよ……」

「リシアお姉ちゃんがヴァンパイアだと言うのならば特に問題はないだろう、同族故に事情もわかってくれるだろうし、一番都合のいい展開になる」

「……ヴァンパイアハンターだったら?」

「まあ……私を殺そうとしてくるだろうな」

「じゃあダメじゃんか……!」

 僕は思わずクティラを睨みつける。真面目な、重要な話をしているのに何でこいつは飄々としているんだろう。

「落ち着けエイジ……それ故私はお前にキスをしたのだ」

「は……?」

 クティラは優しくそう囁いて、何故か僕の口に人差し指をそっと当ててきた。

 そして、ニコッと笑い──

「完全一心同体状態の私たちがヴァンパイアハンターなんぞには負けん。私たちに隙があるとしたら完全一心同体をしていない状態の時のみ、つまりはだな──」

 何となく察した。何となく察してしまった。

 僕は固唾を飲んで、彼女の小さな指をそっと離して、呟く。

「クティラは……ヴァンパイアハンターだと思っているのか? リシアを」

 リシアをヴァンパイアハンターだと疑っているから、いつ襲われてもいいように僕にキスをし、完全一心同体状態にした。とでも言うのだろうか。

 僕の呟きを聞いたクティラは笑みを浮かべ、その場で一回転してから、僕をビシッと指差した。

「その通りだ……!」

 伝った。僕の頬を、一滴の冷や汗が伝った。

 本気だ。クティラは本気で、リシアをヴァンパイアハンターだと言っている。

 根拠は、理由は、証拠は? 僕はついクティラに問いただしたくなる。

 だけど言えない。彼女が時折出すこの雰囲気、信頼したくなる不思議な勢い。

 僕は、幼馴染がヴァンパイアハンターではないと思っている自分よりも、大切な幼馴染がヴァンパイアハンターだと宣うクティラを信じたくなってきている。

「本来ならば、リシアお姉ちゃんがヴァンパイアハンターだとしてもエイジには特に問題はなかったのだが……まあ仕方ないだろう。私と出会ってしまったのだから」

 少し申し訳なさそうな顔をしながら、足をぷらぷら動かしながらクティラが言う。

 そして彼女は僕の手から脱出して、ちょこんと肩に座ってきた。

「……そう心配するな。もしかしたらヴァンパイアハンターではないかもしれないし、例えそうだとしても私たちの方が強いのは確実なのだから、必死に説得して敵対意識を無くせばいいだろう?」

「……ああ」

 僕は固唾を飲む。一回、二回、三回。

 そして拳をギュッと握り締め、ゆっくりと振り返った。

「……むぅ……私だけ蚊帳の外じゃない……」

 そこには、露骨に不満そうに頬を膨らませながら、僕を睨みつけるサラがいた。

「それでお兄ちゃん、クティラちゃん。リシアお姉ちゃん誤魔化す方法思いついたの……?」

 不満そうな顔をしながら、首を傾げながら問うサラ。

 それを見た僕とサラは同時に顔を見合わせ、頷く。

「正直に話に行こう……サラ」

「だ、そうだ」

「ほ……本気? 絶対信じてもらえないと思うけど……」

 驚きと不安が入り混じった顔で、サラは無理無理とジェスチャーをしてくる。

 そんな彼女の手を僕は取り、部屋の扉に手をかけた。

「大丈夫だよ……多分」

「……っ。信じるからねお兄ちゃん。私も頑張ってフォローするから、何とかリシアお姉ちゃんを信じさせよっ!」

「……ああ」

 拳をギュッと握り、頑張ろうのポーズをするサラ。

 僕はそんな彼女に頷きながら肯定し、部屋の扉を開けた。

「良い妹じゃないか……羨ましいぞ」

「うるさい、揶揄うなよ……」



 リビング。子供の頃よく遊びに来た、愛作家のリビング。

 昔から変わらない、大きなテレビ。昔と変わらない、大きなソファー。昔と変わらない、無駄に大きな時計。昔と変わらない、爽やかな匂い。

 カーテンの隙間から刺す陽光が、私の体をほんの少しだけど、温めてくれる。

「……ん」

 座るのに疲れてきたから、私はゆっくりとソファーの上で寝転んだ。

 匂いがする。ほんの少しだけど、確かに感じるエイジの匂い。

 と言うよりは愛作家の匂い。サラちゃんの匂いだってこんな感じ。きっと、お父さんとお母さんもこんな匂い。

 ふと、天井を見上げてみた。真っ白で綺麗な天井。シミ一つない純白。

 ずっと変わらないなあ、変わってないなあ、と私は一人呟いた。

 家だけじゃなくて、エイジもサラちゃんもずっと変わらない。

 エイジは少し大きくなって筋肉質になって、男の子って感じの身体に変わってきたけど、性格は変わっていない。

 サラちゃんも以前よりずっと可愛らしく女の子らしくなってきた。化粧なんかも覚えちゃって、私なんかよりも数倍数十倍可愛くて羨ましい。

 大好きな二人。そんな二人の家に、私はここ数年どうして遊びに来なかったんだろう。

 きっと大好きだからだ。好きで、好きで、大好きで仕方ないから、遊びに行かなかったんだ。

 だって胸がドキドキして、頭が少しクラクラして、心がキュンっとなって、自分が自分じゃないように感じるから。

 この気持ちは伝えたいけど、知られたくないから。だから私はエイジと、サラちゃんと少し距離を取ることにしたんだと思う。

 だけどやっぱり抑えられなくて、ちっとも薄まらなくて──

「リシアお姉ちゃん……お待たせ」

 寝転んでいる私に、戻ってきたサラちゃんが話しかけてきた。

 私はゆっくりと起き上がり、彼女の声がした方へ視線を向ける。

 そこに居たのはサラちゃんと、エイジと──

(……ヴァンパイア)

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