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204.ごめんなさい

「あーもー……ほんとリシアお姉ちゃんがいてよかった……メンタル崩壊するところだったよぉ……」

「……よしよし」

 私に両手でがっしりと抱きついてくるサラちゃんを撫でながら、私は小さくふぅと息を吐き、なんとなく天井を見上げた。

(サラちゃん何があったんだろ……いつもよりすっごい甘えてくる……可愛いけど……嬉しいけど……)

 サラちゃんだけに、サラサラな髪をゆっくりと傷つけないように撫でながら、私は小さく吹き出す。サラちゃんだけにサラサラ、自分で言ってて凄く面白いと思ったから。

 兎にも角にも私はサラちゃんを撫で続ける。私に抱きつく彼女の握力、ピッタリと肌と肌が合わさっているからこそ感じる体温、そして、キューティクルが尋常ではない素敵な髪に触れながら、私はサラちゃんを全力全開全身で堪能する。

(これから何人妹が増えても……私にとってはサラちゃんが一番なんだろうなぁ)

 幼い頃から私に甘えてくれるサラちゃん。彼女の甘え、デレデレ、それが私の低い肯定感を満たしてくれて、ものすごくありがたい。サラちゃんが居るから、頼ってくれるから、甘えてくれるから、私を好きで居てくれるから。私は私のまま自信を持って生きていられるんだと思う。

 エイジとサラちゃんと過ごして数十年。これからも三人で、ずっと仲良くできたらいいな。と、私は改めて思った。

(そういえばエイジは今何してるんだろ……)

 デレッデレに甘えてくれるサラちゃんに集中してしまい、私はつい彼の存在を忘れてしまっていた。

 サラちゃんを撫でながら、ちょっとほっぺたも触りながら、私は顔を動かし視線を動かしキョロキョロと辺りを見回す。

「……あっ」

 居た。エイジが居た。いつも食事をする場所、食事に使うテーブル付近。そこに置かれた椅子に、彼は座っていた。

 隣には咲畑さんも居る。何やらエイジと親しげに話しており、二人とも満面の笑みを浮かべてはいないものの、表情は明るく楽しそう。

(……うっ)

 そんな二人の様子を見て、私は湧き上がるネガティブな感情から連なる冷たい何かを胸の辺りで感じ、思わずそこを手で押さえようとしてしまう。

 けれどそれは我慢。必死に我慢する。だって今、私はサラちゃんを両手で撫でているから。もしも今、手を離してしまったら、きっと彼女は敏感にそれを感じ取り、違和感を抱き、私に問いただしてきそうだから。

(……嫉妬……不安……不満……どれだろう……どれもかな……)

 行動は抑えられても、思考は全く止まらない。自分の中を満たしていくネガティブな感情、抱いてはいけない醜い感情、それらが徐々に私を蝕んでいく。

 あらゆる最悪の考え、想定し得る最低な考え。違うとわかっているのに、違うと信じたいのに、間違っていると思い込んでいるはずなのに。無数に浮かぶそれらは、私の心を砕いていく。

(うぅ……私、こんなに嫉妬深い嫌な性格だったかなぁ……)

 見つめる瞳をエイジから咲畑さんに移し、私は小さくため息をついた。

 咲畑さん、凄く可愛い子だし、凄くいい子かもしれない。もしも彼女がエイジに好意を抱いていて、それを彼に伝えてしまったら、どうなるんだろう。

 エイジがそれを受け入れて、受け止めて。二人が両思いになったら私、エイジの隣に居られるのかな。彼女がいるのに、私よりも好きな人がいるのに、それでも幼馴染というだけで彼は、私の隣に居てくれるのかな。

 やだなぁ。心の底からそう思ってしまう。絶対に嫌だと、お腹から声を出して叫びたくなる。

「……エイジ」

 私は彼の名前を小さく呟きながら、再び彼へと視線を戻す。

(エイジ……ニコニコしてる。私には見せないニコニコ……なんて表現すればいいんだろう……楽しんでいるっていうか……友達と話している感じとも少し違くて……私と会話している時とも違う……楽しいなって言う表情と感情が、取り繕うことなくごく自然に出てしまっているあの雰囲気……なんだろう……わかんない……)

 思わずため息をつきながら、私はエイジからゆっくりと、視線を逸らした。

 どうしてもこれ以上、彼を、彼らを見ていられなかった。何でもない、何も悪くない。ただただ楽しげに会話をしている二人を見るのに、本来必要のない感情を抱きながら見ないといけないのが辛くて、苦しくて、痛んで。それを感じるのがすごく嫌だったから。だから私は、彼らから目を離す。離してしまう。

 そしてゆっくりとサラちゃんの頭から両手を離し、私に抱きついてくれている彼女を私は、力強く、それでも優しく、だけどどうしようもない激情を彼女に押し付けるように、ぎゅっと抱きしめた。

「……リシアお姉ちゃん?」

 何も言わずに抱きしめた私に違和感を抱いたのか。サラちゃんは胸元に埋めていた顔をゆっくりと上げ、首を傾げながら私を見て私の名を呼ぶ。

聞き心地の良い声色。ずっと囁いてもらいたい、呼んでもらいたい大好きな声。それを聞いて私は、より強くサラちゃんを抱きしめてしまう。

「……リシアお姉ちゃん? どうしたの?」

「……何でもない。抱きしめたい気分なの、サラちゃんを。ただ……それだけっ」

 私は思わず言いたくなる言葉を必死に飲み込んで、これ以上会話が続かないように、サラちゃんの胸元に顔を埋めてしまう。

 サラちゃんを抱きしめていると凄く安心する。ここにサラちゃんがいるんだって全身で実感できて、私の隣には、すぐ近くには、サラちゃんがちゃんといるんだって安心できるから。

 でもやっぱり。サラちゃんだけじゃなくて、私には、私の隣にはエイジが居て欲しいなと思ってしまう。

 私は少しだけ顔を上げて、エイジを一瞥して、またサラちゃんの胸元に顔を埋めた。

(ちょっと前に聞いた時……エイジは私が望むなら一緒に居てあげるって言ってくれたけど、本当かな……)

 胸に宿る切ない気持ちをかき消すかのように、私は自分の胸元に左手を当てて、顔を埋めたまま下唇をキュッと、ほんの少しだけ力を込めて噛む。

(言いたいのに……言えるのに……言えるはずなのに……どうしても言いたいのに、伝える勇気が湧かない……。咲畑さんが隣にいるから……今エイジの隣には咲畑さんが居るから……言葉にできない……)

 私は胸元に添えた手を離し、それをぎゅっと握りしめ、小さく音を立てずに、ゆっくりと床に押し付けた。

(私が望んでも……私が望んでいても……そう望んでいることを伝えられなかったらきっと……エイジはそれを叶えてくれない、意識してくれない、多分気づいてもくれない……こんなに長く一緒にいるのに……こんなに長く一緒にいるからこそ……そう確信を持てる……)

 震える左手、手のひらに爪が食い込んでいく右手。血が出た感覚がする下唇、止まらない乱れた呼吸。それら全てを、私は誰にも察せられないように気づかれないように、必死に誤魔化す。

 そしてエイジを見ながら、エイジと仲良くお話しをしている咲畑さんを見ながら私は──

(もしも……もしもだけど……その日が来たら、来てしまったら私は……エイジになんて言うんだろう……何を伝えるんだろう……何かを伝えること、できるのかな……)

 小さく、とても小さく、静かに、誰にも聞こえないように。ため息をそっと、ついた。

(ごめんなさい……嫌な女の子で……)

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