197.終わっちゃうんだなと、無意識に意識させられて思い知らされて悲しくなるから帰り道は嫌い
「は……? お兄ちゃん、咲畑先輩にお兄ちゃんだってバレたの?」
「うんまぁ……でも咲畑さんは大丈夫だよ。黙っていてくれるらしいし」
「……ふーん。よかったじゃん?」
「……そうだな」
若井先輩と咲畑先輩と別れ、私とお兄ちゃんは帰路についていた。
とても綺麗な夕焼けが申し訳程度に私たちを照らしてくれる。眩しくもなく、暖かくもなく、ただ綺麗なオレンジ色を投写するだけの夕焼け。それを全身で感じると、もうすぐ一日が終わるんだなと実感してしまう。
そう、今日はもう終わり。今日はもうすぐ終わる。
とても楽しかった一日が終わる。とても充実した一日がもう終わる。後は家に帰って、リシアお姉ちゃんたちとイチャついて、それが終わったら寝るだけ。
「……はぁ」
私は小さくため息をつきながら、お兄ちゃんを一瞥した。
二人っきりのデートも終わりか。そう思うとほんの少しだけ憂鬱になってしまう。今度はいつ二人っきりになるのか、次はいつ二人っきりになれるのか。想像もつかなければ予定も未定。もしかしたら今後一生、こんな機会は訪れないかもしれない。
別にいいけど。ただの兄妹なんだから。まだ子供だから一緒にいる、一緒に居られるだけなんだから。
「……ねえお兄ちゃん。今日さ、楽しかった?」
「……楽しかったよ」
「……ふーん」
恐らくお兄ちゃんは本当に楽しかったと思っている。心からの本音、嘘偽りない素直な感想。何年も一緒に暮らしているのだから、彼が嘘をついているか否かくらい判別できる。
だからこそ、だからこそ私は少し悲しくなった。もうすぐ終わっちゃうのに、終わってしまうと言うのに、お兄ちゃんは楽しかったとしか思っていないのだから。
私が考えすぎなのか、私が意識しすぎなのか。恐らく双方抱えているからこそ、こんなに虚しく悲しく、なんとも言えない気持ちを私は胸の内に秘めているのだろう。
自転車の走る音が聞こえてきた。大人の他人への愚痴を吐露する嫌な会話も聞こえてくる。やけに熱くアニメについて話す男子、最近流行りのインフルエンサーの動画を歩きながら観る学生、無駄に広がって歩く部活帰りの高校生たち。
それら全てが、私の見ている夢の終わりを物語っていた。
非日常から日常へ。つまらないけど、時折つまらなくなくはないけれど、それでも刺激が足りない色々物足りない普段の暮らしへの移行。私はこれが苦手だ。
だって、せっかくの一度きりの人生。毎日楽しい方が絶対にいいもん。居られるならば毎日夢の国で過ごしたいし、ドリンクバーに行ったり来たりしながら好きなだけ歌を歌ったり、大好きな洋服を見て胸をときめかせていたい。
好きな人と、大好きな人と、いつまでも一緒に居たい人と。そんな毎日を過ごしたい。
何でもない日常があるから、特別な日がより輝いて見える。そんなことを言う人もいるけれど、それでも毎日特別な方がいいに決まってる。
考え方、見方を変えれば。私の思う、私が毎日過ごしている何でもない日々もまた、特別な日々なんだろうけれど。
傲慢なのかな、求めすぎなのかな、欲しがりすぎているのかな。でもいいよね。思うだけならタダだし、ただ想っているだけならば、誰にも迷惑はかけないんだから。
「……なあ、サラ」
私が黙り込んでしまっていたからか。珍しくお兄ちゃんの方から話しかけてきた。
お兄ちゃんは頬を指でいじりながら、顔は向けても視線は向けずに、どこか頬を赤く染めながら何かを言おうとしている。
「……なに?」
話しかけてきておいて、全くそれを進めないお兄ちゃんに不満を抱き、私は思わず聞き返してしまう。
するとお兄ちゃんは、ちゃんと私に目線を合わせ、ゆっくりと口を開いた。
「そのだな……また機会があったら、遊びに行こうな……二人でさ……」
「……ほぇ」
照れくさそうに、らしくない、らしくなさすぎることを言うお兄ちゃんの言葉に、私は思わず首を傾げてしまった。
何で急にデレてるんだろうこの人。アニメとかだったらヒロインの心が動いた感動的シーンかもだけど、現実だと何で急に? って感情しか湧かない。
けれどビジュだけは完璧で究極の銀髪赤眼美少女だから、悔しいけれど様になっている。この部分だけ切り取ったら名作かも。
「……全くもう。お兄ちゃんは」
自分から恥ずかしい事を言って、それを後悔するかのような表情をしているお兄ちゃんに対し、私は思わずため息をついてしまう。
そして、私は彼の脇腹を突きながら、意識して笑い声を出しながら──
「……バカお兄ちゃん」
と、彼を小さな声で罵倒した。




