192.銀髪赤眼美少女お兄ちゃん愛作エイジという女(男)
「……マジか。あーあ……はぁ……まぁ……しょうがないか」
サラのトイレを待つ間、スマホをいじっていた僕は、彼女から送られてきたメッセージを見て、思わずため息をついてしまった。
彼女曰く、お手洗いで若井アムルと咲畑さんに出会い、色々あって二人と僕を会わせる事になったとのこと。
当然、女体化した僕に会うのではなく、一緒に遊びに来ているクティラに会うという設定で。
(若井さんはともかく……咲畑さんにはどうやって会えばいいんだ? 彼女、クティラをどういう風に解釈してるんだろう……下手すりゃ認識の違いでクティラじゃないとバレるんじゃ……)
「クティラちゃん!」
「うわぁ!?」
と。色々考え事をしていると突然、僕をクティラちゃんと呼びながら誰かが抱きついてくる。
抱きしめられたと同時に、僕は急いで振り返り相手を確認。僕をクティラと呼び抱きしめてきたのは、妹のサラだった。
「ごめんお兄ちゃん……咄嗟のことで私、上手く立ち回れなかった……ほら見てアレ。若井先輩と咲畑先輩……」
僕が振り向いたと同時に僕と視線を合わせ、サラは軽くピシッと向こうを指差す。そこには確かに見覚えのある女の子二人、若井アムルと咲畑咲が居た。
休日だから当然、二人とも制服ではない。咲畑さんは黒いシャツに灰色のパーカーを着ていて、白くて長いスカートを履いている。パーカーの裾に手は通しているが着崩しており、被る部分が腰の辺りまで落ちている。若井さんはシンプルに白シャツと短めの黒いミニスカだ。
自分たちに向けられる僕の視線に気づいたのか。若井さんが片手を上げ、軽く手を振りながらやってくる。対して咲畑さんは、特にジェスチャーなどはせず、そのまま真っ直ぐに向かってくる。
「お兄ちゃん……私もちゃんとフォローするから、頑張ってクティラちゃんを演じてね……!」
「言われなくとも……頼んだぞ、サラ」
僕とサラは同時に頷く。目と目を合わせて、意思疎通をして、お互い理解し合って。
「やほ、クティラちゃん。金曜日ぶりっ!」
と。いつのまにか目の前にやってきていた若井さんがニコッと笑みを浮かべ、改めて手を上げ直して、挨拶をする。
僕はそれを見てそれに反応して、とりあえず右手を上げながら頷く。と、同時に。後ろから背中をツンっと突かれた。
「お兄ちゃん……! クティラちゃんがそんな挨拶するわけないでしょ……!」
突いてきたのはサラ。少し頬を膨らませながら、ギリギリ若井さんたちに聞こえない程度の声量で、耳元で僕にそう指摘する。
「ぐ……!」
確かにそうだ。クティラがこんなテキトーに、雑に、弱々しく、手を挙げて頷くだけの挨拶なんてするわけがない。
なんだかんだ言ってクティラと暮らし始めて数週間。その時間のほとんどを一緒に過ごしていたから、彼女がこんな時にどんな風に挨拶するのかはなんとなくわかる。
だけどそれを僕が実行できるかと問われれば、話は別だ。できるわけがない。僕は役者じゃなければ詐欺師でもない。自身を完璧に偽り他人を演じたり、他人を真似しその人だと思わせることなんてできない。
技術以前に勇気も出ない。ここで下手に派手に動いたら、恐らく逆に違和感を持たれるだろう。という懸念もあるが。
「愛作さん……あー……クティラちゃん。なんか今日のクティラちゃん、あんまり元気ないね?」
「うぐ……!?」
咲畑さんが首を傾げながら、どこか睨みつけるように疑問を口に出したので、僕はつい驚いてしまった。一瞬気づかれたのかと思ったが、彼女の素振りを見る限り、まだ疑問を抱いただけらしい。
「……なんていうか、普段より愛作くんに似てるような? その佇まい、足の置き方、手の落ち着かなさ、目の動き、唇の開き方、顔の向け方、それから……どことなく雰囲気が」
「へ……!?」
首を傾げながらも、ほんの少し近づいてきて、目を細めて、僕をじっと見つめながら呟く咲畑さん。
怪しんでいる。彼女は明らかに怪しんでいる。彼女の仕草行動を見て首を傾げている若井さんは目の前にいるクティラ──と名乗る僕──に違和感は感じていないらしいが、咲畑さんは明らかに抱いている。
「胸も身長も……昨日より大きいような……それに匂いも……」
「あ! え! き、気のせいだよ! 気のせいだぞ! 咲畑さん!」
疑問点を次々に口に出す咲畑さんに驚き怯え、僕は慌ててそれを否定する。
だがどこか間違えたのか、ミスったのか。咲畑さんはそんな僕の言葉を聞いて、更に首を傾げた。
「咲畑さん……? んー……私、そんな呼ばれ方してたかな……? てか咲畑さんって愛作くんが──」
「コラ咲! クティラちゃん困ってるじゃん! あんまり変な揶揄い方しないの!」
と。突然若井さんが咲畑さんの隣に現れ、彼女の頬を突きながら、保護者のように咲畑さんを叱る。
すると咲畑さんは少し不満げな顔をしながらも、はぁとため息をつき、僕に向かい「ごめんねっ」と両手を合わせながら謝り、ゆっくりと後退していった。
(危な……! よくわかんないけどバレかけてた……! 助かったよ若井さん……!)
とりあえず誤魔化せた、というより話が途切れ彼女の問い詰めから逃れられ、僕は思わず安堵のため息をつく。
と、同時に。またサラが僕の脇腹部分を突き、耳元で囁いてきた。
「……お兄ちゃん。気をつけてよね……めちゃくちゃ怪しまれてたじゃん……」
「ん……ごめんサラ」
「私もなるべく頑張るけど……お兄ちゃんとクティラちゃんと若井先輩と咲畑先輩の学校での関わり、わかんないんだから……お兄ちゃんが率先して誤魔化そうとしてくれないと私、何もできないよ」
「……そうだよな。わかってるよ……サラ」
サラの指摘に頷きながらそれを肯定し、僕は誰にも見られないよう左手を背中で隠し、それをぎゅっと握る。
兎にも角にも咲畑さんを誤魔化して、ここは上手く乗り切らなければ。
「……じー」
(ぐ……! 咲畑さん……あの視線目線は絶対にまだ疑ってる……!)




