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189.Love Love Love

「はぁ……もう最悪……恥ずかしい……大好き、なんて言っちゃって……あーあ……私のバカ……バーカバーカ……バカ……ついでにお兄ちゃんもバカ……」

 お手洗いの個室。その中に入り扉に背をもたれかけさせながら、私は徐々に熱く帯びていく頬の熱を止めようとそこを両手で抑えながら、ブツブツと隣に聞こえないように外まで聞こえないように、抑えられない羞恥心を誤魔化すように不満を漏らしていた。

 数分前。私は言ってしまった。自ら彼に伝えてしまった。頑張って隠していた本音、必死に取り繕い誤魔化していた本意、悟られないよう気を付けていた真意を。

(あの言い方じゃまるで告白じゃん本当に……うぅ……別にそう言う意味で言ったわけじゃないのに……お兄ちゃん誤解しちゃったかな? してないよね流石に……それはそれで嫌だけどさ……)

 私は大きくため息をつく。自分のダメさ加減に、やらかした失敗に対し、そして羞恥心を取り除こうと必死に。

(だけど……うん……嬉しかった……。私はお兄ちゃんと違ってちゃんと態度で察しているからわかってはいたけれど……それでもちゃんとお兄ちゃんの口から聞けたのが、お兄ちゃんが自ら発した言葉で聞けたのがすごい嬉しかった……。すごい久しぶりに好きって言ってもらえたようなものだもん……お兄ちゃんがちゃんと私のことを考えて、私だけを見て、私のためだけに言ってくれた言葉……大切にしたいな。普段から感じてはいても、やっぱり、直接伝えられたら……嬉しくなっちゃうよ。あはは……私今日のこと、一生忘れられないかも……なんて)

 昂る気持ちが収まらない、止まらない。ずっとずっと、あの時感じた嬉しいと言う気持ちが、私を巡り続ける。全身がそれに満たされていく。

 きっと私今、顔を真っ赤にして恥ずかしそうな表情をしている。けれど多分恐らくもしかしたらだけど、満面の笑みを浮かべてもいる。

 胸がずっとドキドキしている。お兄ちゃんに聞いたあの時、私と一緒にいるのが苦痛なのかを聞いてしまったあの時とは違うドキドキ。幸せな気持ち、ずっと携えていたい気持ち、絶対に手放したくない気持ち。いつまでも、私の胸の内に残り続けるであろう気持ち。お兄ちゃんのことが大好きだって言う、私の大切な気持ち。

 ふと私は、お兄ちゃんの顔を脳裏に思い浮かべた。もちろん、銀髪赤眼美少女お兄ちゃんの方ではなく、平凡平坦普通お兄ちゃんの方を。

(どうせなら……あっちのお兄ちゃんに言ってもらいたかったなぁ……なんて)

 口元に握った拳を添えながら、私は思わず苦笑いをしてしまう。こんなに幸せなのに、こんなに素敵な気持ちを抱けているのに、大好きな人に好きと言ってもらえたのに。それでも尚、更なる幸福感を求めている自分の傲慢さに呆れて。

 でもいいよね。思うだけならいいよね。自由だよね。思うだけなら、そう、想うだけならきっと自由だ。誰にも邪魔されないし、誰も邪魔はしないだろう。あくまで、想っているだけならば。

(……でも。これだけハッキリと伝えちゃっても……お兄ちゃんはお兄ちゃんなんだろうなぁ)

 私はまたため息をつく。呆れと安堵が入り混じった、とても歪なため息を。

「……今日、デートに誘って……良かったなぁ」

 自分に言い聞かせるように、この嬉しい気持ちを誰かにシェアするかのように。私以外に誰もいない個室で私は、あえてそれなりの声量で、そう呟いた。

 だって嬉しかったから。ちゃんと楽しかったから。誰かに言いたくなるのは、シェアしたくなる気持ちは、自慢したくなるのはしょうがない事でしょ?

 だけど誰にも言えないから。誰にも言っちゃいけないから。もしかしたら誰か聞いてるかもしれない、そんな今のこの状況で私は、敢えて呟いた。

(まあ……私の入ってるところ含め、どこも音鳴ってないから誰もいないと思うけどね)

 私はとりあえずため息をついて、スイッチを押して便器の水を流してから、ゆっくりと扉を開けた。

 少しだけ顔を覗かせて。周りに誰もいないことを確認したのち、私はゆっくりと、自然体を演じ個室を出る。

 そして向かうは手洗い場。とりあえずパチャパチャっと水で手を流して、ブオオーって空気が出る例の奴で手を乾かしてから、私はまた鏡のある場へと向かい、それに映る自分と向き合った。

(前髪……ちょっとズレてる……。ここを……ん……えへ……うん、可愛い。可愛いよね……可愛い……はず……。お兄ちゃん、可愛いだけは全然言ってくれないからなぁ……正直女の子の好みとかもわからないし、どうせリシアお姉ちゃん一筋だし、見た目に気を使うのは無駄なのかも……それでも、私はこうしてようやく私らしくお兄ちゃんの妹になれるんだから、妥協を許さずしっかりと可愛い私を作って、それをお兄ちゃんに見せないと……見せてあげないと……なんだけどね)

 はぁ、と私は鏡に映る私を見てため息。それから最後にもう一度前髪を直して、その場を去ろうと足を動か──

「あれ? サラちゃん? えー! すごい偶然だね!」

 足を動かしその場から去ろうとした瞬間、目の前に見覚えのある人が現れた。

 若井先輩、若井アムル先輩だ。お兄ちゃんと同クラの黒髪ツインテールが似合うすごい可愛い女の子。

 その後ろには恐らく、若井先輩の友人と思しき人が居た。

輝いてるかのように見える茶髪はとてもツヤツヤで、肩にかかるほどに長い。右側に二、三本三つ編みが作られていて、端正で凛々しい顔とは正反対に、どこかあどけなさが残っている。

 身長はお兄ちゃんほとんど同じくらい、いや、お兄ちゃんよりも大きい。だから私と、それと若井先輩と比べてしまうとかなり大きく感じる。

「若井先輩も遊びに来てたんですか?」

 と。私は若井先輩の友人を見ながら、そう問う。

 すると若井先輩はハニカミながら、頬を人差し指で掻きながら、友人の方へと振り返った。

「そうそう……どうしても遊びに行きたいって言うから仕方なくね。サラちゃんは誰と?」

「私はお兄ちゃ……いや……えっと……」

 私は若井先輩の問いに答えようとして、すぐにそれが間違いだと気づき、答える途中で言葉を失ってしまった。

 どうしよう。この場合、なんで答えるべきなんだろう。確か若井先輩はお兄ちゃんが女の子になる事があるって知らないし、お兄ちゃんもクラスメイトに自分の秘密は知られたくないだろうし。

 けどけど、故意ではなかったとは言え一度お兄ちゃんと言いかけてしまった。そのせいで若井先輩に疑問と興味を抱かせてしまった。だってほら、途中で答えるの止めた私を、若井先輩は首を傾げながら見ているもん。

(え……と……そうだ!)

 私は頭の中で、手のひらをポンっと拳で叩き、いい案を思い浮かべた。

「そう! クティラちゃんと来てるんです……! クティラちゃんが遊びに行きたいって誘ってくれたので……!」

 これで完璧だ。だって今のお兄ちゃんは銀髪赤眼美少女で、クティラちゃんも銀髪赤眼美少女。つまり、お兄ちゃんをクティラちゃんだと思わせればいい。

 これなら万が一、この後偶然私がお兄ちゃんと歩いているところを若井先輩に見られても、彼女が一切の疑問を抱くことはない。はず。

「あ、クティラちゃんも来てるんだ! 会いたいかも……ね、ね、どこで待ち合わせ中? お手洗い済んだら会いに行きたいんだけど……!」

「あー……えっと……はい。じゃあ待ってます……外で」

 目をキラキラと輝かせながら、一切の悪意なき言葉に私は、ただ彼女の言葉を受け入れて、素直に頷く事しかできなかった。

(うぅ……ごめんなさいお兄ちゃん……でも断ったら逆に怪しまれるかもだし……。うぅ……兎にも角にも反省よりも対策をしなきゃ。若井先輩達と一旦別れたら、すぐに話を合わせられるようにお兄ちゃんにメッセ送らなきゃ……!)

「よしよしラッキーって感じ……? 咲もクティラちゃんと会いたいよね?」

「んー……? 私はそうでもないかも……でもアムが会いたいって言うなら、付き合うよ」

「もー素直じゃないなー咲は。それじゃあサラちゃん、一旦後でねー」

「あ、はーい……」

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