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19.ファースト・セカンドキッス

「この飲み物美味しいなエイジ」

 ソファーに座りながら、クティラが嬉しげに飲むヨーグルトを片手に話しかけてきた。

 吸血鬼なんだから血を飲めよ、と思ったけどそこはどうでもいい。

「僕のを勝手に飲むなよ……」

「良いではないか。何故なら私とエイジは一心──」

「それもう一回聞いたから」

「……む」

 不機嫌そうに頬を膨らませるクティラ。不満を抱いてるのは僕の方だ。

 僕はクティラをじっと見つめ、彼女に向け口を開く。

「なあ、本当にリシアってミニクティラが見えていたのか? お前が大きくなって現れた時、初めて見たような反応してたぞ?」

「ミニクティラって……安直だなエイジは」

 大きな音を立てながら、最後の一滴を吸い終えたクティラはパックを握りしめ、それを放り投げる。

 放り投げられたゴミは見事にゴミ箱の中へ。どうやって振り返らずに、正確に投げ捨てられたんだろう。

「恐らくミニクティラと私が同じ人物だと気づかなかったのだろう。かなりデフォルメされてるからな、ミニクティラ状態は」

「うーん……まあ、そうかな?」

 とりあえずそれで納得することにした。ていうか本当にクティラはリシアと目が合ったのか? そこの真偽すら未だ不明だ。

「エイジコラァァァアアア!!!」

 その時、けたたましい足音と叫び声が廊下から聞こえてきた。

「エイジ、右に避けろ」

「へ?」

 クティラが淡々と呟いて、僕の身体を自身の元に寄せてくる。

 それとほぼ同時に、一瞬前まで僕が座っていた場所に、大きな何かが降り立った。

 ソファーが揺れる。部屋中の置物がカタカタと揺れる。

「な……なんだ!?」

「エイジ……サラちゃんから聞いたよ……」

 ソファーに降り立ったのは僕の幼馴染、リシアだった。

 どういう原理か知らないがメガネを白く光らせていて、内側にある目が見えない。口はきゅっと閉じられていて、僕を睨みつけているかのような雰囲気。

 ビシィ、と彼女が僕を指差す。そして大きく口を開いて、彼女は叫んだ。

「サラちゃんにパンツを返しなさいエイジ!」

「……はあああ!? 何の話だ!?」

 一体全体突然唐突に何を言うんだリシアは。僕は思わず叫び声を上げ、驚いてしまう。

 次の瞬間、リシアは瞬時にしゃがみ込み、僕と視線を合わせじっと見つめてきた。

「エイジ……男の子だからね、色々とあると思う。だけどね、妹のパンツ使うのはダメだよ……」

「は……なんでそれを……!?」

 リシアが言っているのは恐らく、一昨日の話。

 僕が女体化していた時、いつも通り自分のパンツを履こうと思っていたら、サラが無理矢理女物のパンツを履かせてきた。サラが買っていた未使用の下着を。

 肌がなんたらとか、流石に女の子がトランクスはどうかと思うとか。色々理由を付けられて無理矢理履かされたのだ。

 多分、女の子のパンツを履く兄を馬鹿にしたかったんだと思う。

(ていうか何で言うんだよそれをバカサラが……!)

「その反応……やはりやっぱり明らかに! 使ったんだサラちゃんのパンツ! おかずにしたんだパンツを!」

「……は? はあああああ!?」

 僕はリシアの言葉に再び驚き、声を大きく出し叫んでしまう。

 勘違いしている。勘違いされている。今何と言った? 確かにおかずにしたと言った。

 それつまり、サラのパンツを使ったのは女体化したから履いた、という意ではなく──

 僕がサラのパンツに興奮して──

「してないしてないしてない! してないってそんなこと!」

「サラちゃん言ってたもん! エッチな意味で使ったって言ってたもん! うぅ……エイジがこんな変態さんになってただなんて……! せめて私のパンツにしてよ!」

「なんでだよ!? ていうかしてねえよ!」

「そうだよリシアお姉ちゃん! 誤解だよ誤解!」

 リシアが僕の肩を掴み、グラグラと揺らしてくる。

 それと同時にサラもリビングに現れ、彼女はリシアに抱きつきながら叫んだ。

「おまバカサラ! 何言ったお前!?」

「違うってお兄ちゃん! 色々ミスったんだって!」

「どうミスったら僕がシスコンの変態認定されることになるんだよ……!」

「だから色々ミスったんだって! リシアお姉ちゃん落ち着いて!」

「エイジ! 妹に言い訳させて守らせて恥ずかしくないの!?」

 地獄、地獄だ。めちゃくちゃな地獄だ。

 リシアは完全に正気を失っている。それはそうだ、幼馴染が実の妹のパンツで致したと勘違いしているんだから。それを聞いたら僕だって頭おかしくなる。

 僕にしがみつくリシアを、サラが必死に引き剥がそうとしている。その様子を見るに本当にミスって変なことを変なふうに伝えてしまったらしい。

「くくく……! 面白いことになってるなエイジ」

(笑うなよクティラ……!)

 一人、蚊帳の外にいるクティラが僕らを嘲笑う。口角を上げながら、目を見開きながら、肩を小刻みに揺らしながら、片手を口元に添えて笑っている。

(クソ……! どうすればいいんだこれ!)

「エイジ……パンツダメ……実妹パンツダメ……!」

 リシアの目がぐるぐると渦を巻いている。視線が定まっていない。出す言葉も吃っている。

 マジで、ガチで、どうすればいいんだこの状況。

「ふふん! ならば私が手伝ってやろうエイジ!」

 いつのまにか、ソファーの背もたれの部分にクティラが立っていた。彼女はニヤケながら僕を見下している。

 黒色のワンピースだから、ほんの少しだけ下着が見えている。だから僕は急いで彼女から顔を逸らした。

「手伝うってどうやって……!」

 僕は呟く。それを聞いたクティラはさらに大きく笑みを浮かべ、手を差し出してきた。

「誤解を解けばいいのだろう? ならば事実を見せるしかない!」

 そう言って、彼女は器用にリシアを避けながら、僕の顔に向けて手を伸ばしてきた。

 そっと、両頬に触れるクティラの手。少し冷たく、柔らかい。

「行くぞエイジ……ルグルウナフ……イラクラルク……メルケハルタ……ツヌニメフル……チネホムメカ……」

「バカお前まさか!?」

 近づいてくる。クティラの顔が、可愛らしい顔が、艶やかな唇が──

「んむっ!?」

 そして彼女は、僕に優しくキスをした──

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