187.その何気ない仕草が、時折私を不安にさせるの
「ふぅ……たくさん買っちゃったねー。お姉ちゃん可愛いから似合う服ばっかりで……羨ましいなぁ。家に帰ったらティアラちゃんに頼んで、私も銀髪赤眼美少女になろうかな」
「……そんなに荒く金使っていいのかよ」
「ん……? うん。だってお父さんとお母さんから自由に使えって言われてるしっ。こういうの、あんまり良くないってのはわかっているけど、服だけはバイト代じゃどうにもならないからねー」
「え……お前、バイトしてるの?」
「あれ? 言ってなかったっけ? 友達の家が飲食店でね、どうしても人手が足りないって時にだけヘルプで入ってるんだー」
「ふーん……」
「今度一緒に食べに行く? すっごい美味しいよ?」
「いや、いいよ……」
「えー……勿体無い。すっごく美味しいのになー」
服を見終えた僕とサラは、他愛無い会話をしながら歩いていた。
サラの両手には大きめの袋が合計三つ。どう考えても買いすぎ、しかも僕に着せる服ばかりだ。了承していないのに勢いに流されて試着させられまくって、本当に大変だった。本当に。
やけにリボンが多く付いてる黒いワンピースとか、発光しているのかと思うほど綺麗で真っ白なドレス、更にはカジュアルとしか形容できないよくわからない感じの服。試着したほとんどのものをサラは購入してしまった。
自分だけど自分ではない、銀髪赤眼美少女の生着替えを延々と見せられ、正直理性が飛んでいってしまいそうになった。いくら身体が女の子とは言え、心は男なのだから。それも思春期真っ盛りの男子高校生。
「さてと……次は下着見に行かないとだねー」
と。サラが呆けた顔で天井を見上げながら呟く。
その言葉に僕は思わず勢いよく反応し、髪を大きく乱れさせながら、サラの方を見てしまった。
(流石に下着は……それを扱う店は流石に……! 僕の理性が……倫理観が……それを許さない……!)
「……ん? どうしたのお兄ちゃん……じゃなくてお姉ちゃん。そんな変な顔で私を見て。何か付いてる?」
「……いや。何もだよ……何も」
「は?」
うまく返事ができず、よくわからない返しをすると、サラは不機嫌そうな声色で呟き、首を傾げた。
僕はそんな彼女を見て、それでも上手い返事が思いつかなくて、そのまま彼女を見つめ続けてしまう。
「……恥ずかしいんだけど?」
見つめ続けてしまったせいか。サラは頬を膨らませながら、それをほんの少し紅潮させながら、不満げに恥ずかしげに、ポツリと呟く。
「え、あ、ごめん……」
僕はとりあえず彼女に謝った。ここは謝っておくのが得策だと思ったからだ。
それにしても、どうにか下着を見に行くのを阻止できないものか。銀髪赤眼美少女として暮らすのにも慣れてきてはいるが、それでも裸体は別だ。特に秘部周辺は。
妹に選んでもらうと言うのもかなりキツイ。銀髪赤眼美少女だから美少女無罪法適用でギリ許されているだけで、兄が実妹に服や下着を選んで貰っているだなんて普通に考えたらやばい。やばすぎる。
だからと言って、自分で選ぶのも正直キツイ。見た目は、身体は美少女といえども、やはり心は男である愛作エイジと違いないのだ。ウキウキで女の子の下着を、それも自分が履くために選んでいると考えると、なんかもう、心が耐えきれない。
詰んでいる。僕の人生は今、羞恥心に侵されるしか道が無くなってしまっている。
(毎日毎年三百六十五日四六時中銀髪赤眼美少女って言うんならまだ覚悟を決められるんだが……数日経ったら男の愛作エイジに戻るって言うのが、決意を鈍らせてくるからタチが悪いよな……)
僕は思わずため息をついてしまった。それもかなり大きく。
「……お兄ちゃん」
と。僕がため息をつき、息を吸ったと同時に。サラが僕を呼びながらツンツンっと、袋を器用に腕にかけながら、僕の二の腕を突いてきた。
「……ん?」
サラの行動に対し反応し、僕は彼女に顔と体を向ける。
僕が振り返った時、サラはどこか、悲しそうな顔をしていた。
「ちょっと休憩しようよお兄ちゃん……あそこのベンチでさっ」
普段のうるさい声が嘘かのように、静かに儚げな声色で、すぐ近くのベンチを指差しながらサラが提案してくる。
「ん……? うんまぁ……いいけど」
一瞬前と違い、元気なさげなサラの様子に僕は思わず首を傾げつつも、頷きながらサラの提案を了承。
するとサラは何故か苦笑いをしながら、僕の手をぎゅっと掴み、何も返事をせずにベンチへと向かって歩き出した。
そのまま彼女は何も言わず、振り返らず、一瞥もせず。僕を引っ張り続ける。
やがてたどり着いたベンチ。まずそこにサラが座り、彼女は座れと言わんばかりに僕の服の袖をくいっと引っ張った。
ので、僕は彼女の意に応えるために。サラを見ながら一度頷き、その後にベンチへと腰を下ろす。
「……サラ? なんかその……急にどうした?」
服の袖を握りながら、目はこちらを見ているものの、小さく俯いているサラに僕は問いかける。
しかし彼女はそれに答えず返事をせず、変わらず俯いたまま、袖を更に力強くぎゅっと握った。
(……まあ、いいか)
僕はそれ以上何も言わずに、何となく天井を見上げながら、小さくため息をつく。
思えば朝起きてここに来てから、ずっと歩きっぱなしだった気がする。こうして休むと、疲労が溜まっていたのを実感する。きっとサラも僕と同じ感じで、腰を下ろしたと同時にそれまで溜まっていた疲れがどっと出て、大人しくなってしまったのだろう。
「……ねえ、お兄ちゃん」
と。サラがゆっくりと袖から手を離しながら、僕を呼んだ。
僕はそれに返事をしながら、サラの顔を見る。ゆっくりと顔を上げるとサラは、眉を顰めながら、どこか申し訳なさそうな顔をしながら、僕の目を見た。
固唾を飲んだ音がした。僕の喉ではなく、サラの喉から。
「……あのねお兄ちゃん。もしかして……お兄ちゃん……その……楽しくない……? 私とのデート……」
「……へ?」




