181.忘れてないよねお兄ちゃん
土曜日の午前十時ちょっと過ぎ。私はお兄ちゃんとリシアお姉ちゃんと一緒に、ソファーに座っていた。
右隣には真顔でスマホをいじるお兄ちゃん。普段のお兄ちゃんだったら特に目に入らないけれど、今は銀髪赤眼美少女お兄ちゃんだからか、ただスマホをいじっているだけなのにどこか華やかさがある。
左隣にはリシアお姉ちゃん。デレデレと、ニヤニヤと、ほにゃほにゃと表情を柔らかく崩して、私に抱きつきながら頭を撫でてくれている。いい匂いがするし、ちょうど良い力加減で抱きつかれるのは彼女に包まれているようで気持ちがいい。けれど正直、ちょっと密着し過ぎて暑いかも。
私の、と言うより私たちの視線の先にはクティラちゃん姉妹、もといティアラちゃん姉妹、もといヴァンパイア姉妹、もとい銀髪赤眼美少女姉妹が仲良さげにイチャついている。
ティアラちゃんがクティラちゃんのほっぺを突いたり、ティアラちゃんがクティラちゃんに抱きついたり、ティアラちゃんがクティラちゃんに頬擦りをしたり。基本、ティアラちゃん側からしかコミュニケーションを取っていないけれど、クティラちゃんは嫌な顔一つせずにそれを受け入れているので、きっと心の奥底では喜んでいるんだとは思う。
そう言えばクティラちゃんが普段よりも小さい気がする。ミニクティラちゃんよりは大きいけれど、ノーマルクティラちゃんよりは少し幼い感じ。もしかしてクティラちゃんはティアラちゃんに身長を合わせているのだろうか。だとしたら、なんかちょっとエッチかもしれない。いや、尊いと言う言葉を使うのが適切かも。
銀髪赤眼イチャイチャ美少女姉妹の馴れ合いを見ながら、私はなんとなくため息をついた。そしてもう一人の銀髪赤眼美少女であるお兄ちゃんを一瞥する。
三者三様銀髪赤眼美少女。松、竹、梅と上手く三種類に分けられそうなほど、しっかりと大きさに段階を刻んでいる。まるで銀髪赤眼美少女のバーゲンセールだね。
私も昨日は銀髪赤眼美少女になっていたし、本当にバーゲンセールみたいだ。昨日のあの騒動、よくよく考えてみたらリシアお姉ちゃん以外全員銀髪赤眼美少女だったのだと思うと少し笑えてくる。いくらなんでも多すぎ、って感じで。
なんとなく私はリシアお姉ちゃんを一瞥する。だらしなく柔らかい表情で、小さな声で可愛い可愛いと呟き続けながら、私の頭を撫で続けるリシアお姉ちゃん。彼女ってこんなに私にデレデレしてたかな? 通常の三倍くらい私を甘やかしてくれている感じがする。
そんな彼女の優しく柔らかい手のひらを感じながら、改めて私はこの人が大好きなんだなと実感する。私が素直に甘えられる相手、唯一隠し事無しにデレられる相手。私のメンタルはこの人のおかげで正常なんだと思う。
私はリシアお姉ちゃんにより深く身を預けてみる。それと同時に、黄色く甲高い歓喜の叫び声が一瞬聞こえた。鼻息も少し荒くなっている気がする。
そのまま私はリシアお姉ちゃんに身を預けつつ、視線を銀髪赤眼美少女姉妹へと向けた。
相変わらず二人はイチャイチャしている。これも変わらずティアラちゃん側からしか攻めていないけれど、クティラちゃんの表情がどこか柔らかくなっている気がする。
仲良しの姉妹。あんなに複雑な心境で、あんなにどうしようもない喧嘩をしてしまったのに、今は誰が見ても仲良しな姉妹。私は少し、それが羨ましく感じた。
ので、私はお兄ちゃんを一瞥する。普段からお兄ちゃんはそれなりに私に優しくしてくれているし、なんだかんだ言って私のことをちゃんと見てくれてはいるけれど、やっぱりどこか物足りない。もう少し、人に見られるのは少し恥ずかしいけれど、クティラちゃん姉妹みたいにたまには露骨にイチャついてみたい。
じっと見つめる。お兄ちゃんをじっと見つめる。けれど彼──そういえば、お兄ちゃんは今は銀髪赤眼美少女だから、もしかして彼女と呼ぶべきなのかな?──はそれに気づかず、私の視線に目を合わせようとはしてくれない。
私は少し息を吸って、吐いて。改めてお兄ちゃんを見つめる。実際目力なんてものがあるのかどうかはわからないけれど、気づいて気づいてと瞼の上辺りに力を込めてお兄ちゃんを見つめ続ける。
だけどやっぱり彼は気づいてくれない。真顔で、口を少し開けながら、表情一つ変えずにスマホと睨めっこを続ける。
スマホなんかより私を見て欲しいのに。そうは思っても、そうは言えない。だから私はただ想って願って、そして落胆するだけ。
「……どうしたサラ? ため息なんてついて」
「……へ?」
と。私の見つめる瞳に気づかなかった、鈍感朴念美少女お兄ちゃんが突然、声をかけてくれた。
彼曰くため息をついていたとのこと。気づかぬうちに私はため息をついてしまっていたらしい。それが聞かれていたのと、それをしてしまったのを実感して、少し恥ずかしくなってくる。
「……サラ?」
「……へ!? あ、いや! なんでもないよお兄ちゃん……!」
首を傾げながら私の名前を呼ぶお兄ちゃんに対し、私は両手を振って身振り手振りをしながら彼の問いに答える。
実際何もない、なんでもない。確かに悩みは抱えていたけれど、お兄ちゃんに相談できるわけがないし、そも誰かに話すほどの話題でもない。
「まあ……うん……ならいいけど」
お兄ちゃんはそれだけ言うと、ふいっと私から顔を逸らし、スマホへと視線を戻してしまった。
(え!? そ、それだけ……!?)
私は自分からお兄ちゃんとの会話を終わらせたくせに、それに素直に応じて私との会話を打ち切ったお兄ちゃんについ、苛立ちを感じてしまった。
仮にも──お兄ちゃんにとって──可愛い妹がため息をついてどこか悩ましげなのに、本人に否定されたからってそれを素直に率直に愚直に受け取って、それ以上踏み込もうとしないなんて、ちょっと酷いと思う。
どれだけ空気が読めなくて、朴念仁でも流石に血が繋がっているんだから。それくらい察して欲しい。私はそう思って、今度は意識的にため息をついた。
(……うぅ。でも素直になれない私も悪いよね……でもでもお兄ちゃん相手に素直になるとか……絶対無理……)
私は今度は、自分自身に呆れてため息をつく。
だけど、素直になるわけにはいかない。絶対に。あの日からそう決めたんだから。
(でも……やっぱり少しくらい……いいよね……クティラちゃんとティアラちゃんもお互い素直になって仲良くなれたみたいだし……私も頑張らなきゃだよね……少なくとも、今日だけでも)
拳をぎゅっと握って、声には出さずに私は意を決する。
そして握った拳を解き、人差し指だけを立てて、それを使って私はお兄ちゃんの脇腹を突く。
「うおっ!? 誰……サラか。珍しいな……何だよ?」
「お兄ちゃん……今日暇だよね? だったらさ、私とデートしようよ」
「……へ?」
緊急言い訳!
今回の話、とある部分でサラがかなり理不尽にエイジ(お兄ちゃん)に対して苛立ちを覚えるシーンがあります。
あのシーンはサラが「実妹」が故、エイジを信頼しきっていて尚且つ彼に自分をちゃんと見て欲しくて、それでいて甘えさせて欲しいと言う欲求からなる複雑な感情を書いたものです。
要するに。「お兄ちゃんの事大好き……だけど恥ずかしくてそれは言えない……」と照れ臭がり、そしてそれを誤魔化すように「私のお兄ちゃんなんだから、ちゃんと私のことわかってよね……!」と言った感じのツンデレなわけです。
仲の良い「家族」、そして年頃にも関わらずベタつく仲の良い「血の繋がった兄弟」、お互い好き合っている「相思相愛」。
それ故に。サラはエイジに甘えたくて甘えたくて仕方がなく、ただ自分の抱いている気持ちの関係でそんなに素直に甘えられないので、自身の立ち位置に苛立ちを感じているシーンでもあるのです。
「信頼し合っている血の繋がった実妹」だからこそ描ける、面倒くさいけれど可愛いところもある。そんなシーンを私は書きたかったわけです。
自分を慕ってくれている可愛い妹に「お兄ちゃん! ちゃんと私のことわかってよ!」と頬を膨らませながら怒られたら、嬉しいでしょう?
しかし、どう頑張っても「え? そんな怒り方ある?」と感じてしまう地の文になるので、今回こうやって後書きで言い訳をしました。
完全に私の力量不足です……。シンプルに悔しい。
サラの一人称で書いたのが失敗だったのかもしれません。けれど今回の話的にサラの一人称で書かざるを得ないし……。
以上。言い訳でした。




