178.そろそろおやすみの時間
「ふわぁ……ねむ……」
夜の午後十一時過ぎ。椅子に座りながら僕は、口元に手を当てながらあくびをした。
涙が出た感じがする。とりあえず人差し指で目元を拭い、その後もう一度、僕はあくびをした。
「エイジ眠いの? 部屋帰って寝てきたら?」
と。リシアが少し心配そうな顔をしながら、首を傾げながら言った。
そんな彼女の目を見ながら、僕は首を横に振る。
「今部屋に戻るわけにはいかないよ……クティラとティアラちゃんがいるからね……」
「あ、そっか……。ずいぶん長いね……大丈夫かな?」
「……やっぱり様子、見てきた方がいいのかな?」
「でも特に叫び声も聞こえないし、暴れてる様子もしないし、大丈夫なんじゃないかな? もしかしたら案外あっさりと仲直りしちゃって、二人っきりでイチャイチャしてるのかも?」
「……だとしたら、余計に行くわけにはいかないよなぁ」
僕は小さくため息をつきながら、机に肘をついた。
そのまま何となく腕を天井に向け上げ、全身を伸ばす。
「……んー……!」
貯めた力込めた力を一気に解放し、全身をへにゃりとさせながら、僕はまた、ため息をついた。
──やる事がない。
正直に言って、今の僕にはやる事がない。なさすぎる。
ティアラちゃんのフォローをするのはクティラの役目だとはわかっていた。けれど、何となくだけど、サラのフォローをするのは僕の役割なんじゃないかと思っていた。
しかし。実際蓋を開けてみれば、サラが真っ先に甘えに行ったのはリシアだった。実の兄を差し置いてリシアを選んだのだ。まあ、それが悪いというわけではないし、長年一緒にいるからサラにとってはリシアも実姉みたいなもんなのだろうが。
それでもやっぱり、サティラとの戦いでもあまり役に立てなかったが故、僕は少し自尊心を失いつつあった。
何もやれてない。何もできてない。それらが僕の自己肯定感を下げていき、少しずつメンタルを削っていく。
とは言っても、本当に些細な傷なので、そこまで重体ではない。
だけどやっぱり、ちょっと寂しいかな、とは思う。
「んー……もう夜遅いし、サラちゃん寝ちゃったし、部屋に連れて行ってあげようかな? サラちゃんお風呂入ってたよね? 歯磨きは……一日くらいいいよね。起こすの可哀想だし」
と。リシアが何やらボソボソ呟きながら、ゆっくりと丁寧にサラを両手で抱え、ソファーから立ち上がった。
「エイジ。サラちゃんこのままにして置けないし……一旦部屋に連れて行くね」
「……あ、うん」
「えへっ。行ってきまーす」
それだけ言うと、リシアは僕を見てニコッと笑みを浮かべてから、ゆっくりとリビングを出て行った。
そしてやってくるのは一人の時間。イケボアナウンサーの読み上げるニュースを聞きながら、何となく過ごす一人の時間。
「……僕ももう、寝る準備するかな」
そう思い立ち、僕は身体を伸ばしながら椅子から降り、早歩きでリビングを出ていった。
そして廊下を歩き、洗面所を歩き、中に入り、歯ブラシを取り、歯磨き粉を付け、それを口に含んだ。
何となく鏡を見ながら、自分の顔を見ながら、大きく口を開けて歯を見ながら、丁寧に磨く風を装う。それっぽく歯磨きしているが、実際は特に何も意識していないので、風だ。
「シャコシャコシャコシャコ……」
静かな洗面所。一人っきりの洗面所。そこで響き渡るのは僕の歯を磨く歯ブラシの音。シャカシャカだったり、シャコシャコだったり。そんな感じの音が響き渡る。
一分、二分、三分ほど経っただろうか。もういいだろう、もう充分だろう。僕はそう思い歯磨きを止め、コップを手に取った。
手に取ったコップに水を入れ、その水を口に含み、テキトーにぐちゅぐちゅさせ、中のそれを一気に放出する。
凄い口内がスッキリとした気分になった。だからどうした、って感じではあるが、磨いた感は凄く感じる。
「……覗いてみるかな。心配だし」
誰に言うでもなく、されど決心するかのように、僕は小さくそう呟く。
それと同時に洗面所を出て、何となく足音を立てないよう静かに歩き、僕の部屋の前に着くと、僕はその場で立ち止まった。
扉に耳を当て中の様子を探ってみる。何も聞こえてはこない。実際何も鳴っていないのか、それとも僕の耳が遠いのか、はたまた存外扉が厚いのか。定かではないが、兎にも角にも何も聞こえてはこない。
(……やっぱり気になるな。そうだ、こんな言葉があったはずだ。バレなきゃ犯罪じゃない……ってな)
僕は心の中で呟きながら、ゆっくりとドアノブに手をかけた。
動いている事がバレないようゆっくりとそれを捻り、慎重に慎重に扉を開ける。
ほんの少し、中の様子がギリギリ伺える程度に扉を開け、僕は部屋の中を覗いてみた。
「……あ」
部屋の中を覗くと、二人の銀髪赤眼美少女が僕のベッドの上に寝転がっているのが見えた。
(……寝てるのか)
彼女たちが寝ているのを確認すると、僕はゆっくりと扉を開け、足音を立てないよう慎重に部屋の中へと入っていった。
ゆっくりと、ゆっくりと、僕は自分のベッドの元へと向かう。
ベッドの上に寝ているのは、先程見た通り二人の銀髪赤眼美少女。クティラとティアラちゃんだ。
二人とも横に並びながら、向かい合うように寝ている。お互いの両手を握りながら、おでこをピッタリとくっつけながら、同じタイミングで息を吸いながら、幸せそうに寝ている。
「……仲直り、できたんだな」
僕はそんな二人を見て、安堵のため息をついた。これを見てもなお、二人がまだ喧嘩中だと思う人間はいないだろう。
これで本当に一件落着だろう。クティラとティアラちゃんが仲直りできたのならば、もう心配することはない。
「可愛い……うぅ……間に挟まりたいよぅ……でもでも……。あ、ほらほらエイジ。起きちゃうかもだから早く出よう? そうだ、出る時電気消してあげた方が良いよね?」
「……リシア、いつの間に?」
「んー……? 今さっきだよ?」
「……そっか」




