176.こっちの妹
「……ん、あれ? 私……えっと……」
「あ、エイジエイジ。サラちゃん起きたよー」
「ん……そうか。大丈夫か? サラ」
「お兄ちゃん……とリシアお姉ちゃん……あー……っと……?」
目が覚めると、何故かお兄ちゃんとリシアお姉ちゃんが嬉しそうな顔をして、私を見てきた。
何をしていたんだっけ。なんだか記憶が曖昧。確か私は、ティアラちゃんにキスをされて──
「……あ」
思い出した。なんだか色々と記憶がぐちゃぐちゃになっているけれど、私が、私とティアラちゃんが何をしていたのか、してしまったのかを思い出した。
「あの……ごめんなさい。私……あんなに暴れちゃって……」
ティアラちゃんとキスをした後、上手く言葉にできないけれど、何故か私は感情のままに暴れてしまっていた。よくわからないけどビームを撃てたから、どこからか湧き上がる怒りのままにそれを放って発散していた。
不思議な感覚だった。確かに自分なのだけれど、自分の体ではなく、自分の意思を持ってはいたけれど、それと同時に違う意思が現れて、それがまた自分の意思になって──
なんかもうよくわかんなくなってきた。考えるのはもう辞めた方がいいかもしれない。
「その……二人に……クティラちゃんにも色々と迷惑をかけちゃって……本当にごめんなさい……」
「ん? サラちゃんが謝ることないよー? ほら、撫で撫でしてあげるからそんな悲しそうな顔しないの。足りないなら抱きしめてあげるよ?」
と。私が俯きながら謝ると、リシアお姉ちゃんが隣に座ってきて、まだ頼んでいないのにぎゅっと抱きしめてくれた。
柔らかくて暖かくていい匂いがするリシアお姉ちゃん。すごく安心する、すごく安らかな気持ちになる、すごく落ち着く。
「まあ……そんなに気にするなよ。別に誰が悪いってわけじゃないんだからさ……強いて言えば僕が一番悪いかもだし……」
「お兄ちゃん……」
珍しくお兄ちゃんが私に優しい言葉をかけてくれたので、私は思わず彼の名を呟いてしまった。
視線だけを合わせて、顔を背けているお兄ちゃん。私はリシアお姉ちゃんに抱きつかれたまま身を乗り出し、チョンチョンっとお兄ちゃんの足を突いた。
「……なんだよ」
「えへへ……ありがとねお兄ちゃん。私のこと心配してくれて」
「……まあ、一応兄だし……な」
「……ここで素直になってくれれば私、もっとお兄ちゃんのこと好きになれるんだけどなー?」
「……言っとけ」
私が少し煽るように言うと、お兄ちゃんは微かに頬を赤く染めながら、プイッと顔だけではなく身体全体を私から逸らしてしまった。
腕を組みながら背中だけを見せるお兄ちゃん。きっとお兄ちゃん、今頃顔が真っ赤なんだろうなと思うと、少し笑えてくる。
「……そういえばリシアお姉ちゃん。クティラちゃんとティアラちゃんは」
「えっとね……今、二人でエイジの部屋にいるよ? 二人っきりでお話ししたいみたいだから……」
「……そっか」
私はリシアお姉ちゃんに撫で撫でされながら、ふと天井を見上げる。
ティアラちゃんとキスをした後、彼女と合体した後。一心同体になったからか、ティアラちゃんの声が、本音が、心の内が聞こえて見えてしまった。
とても複雑な感情。一言では表せないし、そもそも言葉に出来ないかもしれないほどぐちゃぐちゃで滅茶苦茶なあの感情。
私はそんなティアラちゃんに感情移入を、共感をしてしまった。だってどこか私と似ているところを、シンパシーを感じたから。
「……お兄ちゃん」
私は誰にも聞こえない声量で、大好きな人の名前を呟きながら、彼を一瞥する。
恥ずかしがっているからか、振り返るタイミングが見当たらないのか。お兄ちゃんはずっと私に背を向けている。足を細かに動かし、指で自分の二の腕をトントンと叩きながら、落ち着かない様子で背を向けている。
私はそんな彼の背中を見ながら、ふぅと小さくため息をついた。
(私も一歩間違えたら……ティアラちゃんみたいになっちゃうのかな……)
自慢ではないけれど、私とお兄ちゃんはなんだかんだ言ってずっと仲良しだ。年頃の兄妹が分け隔てなく楽しく一緒に暮らせているなんて、聞く人が聞けばすごく驚くかもしれない。
私はお兄ちゃんのことが好き、大好き。もちろんお兄ちゃんも私のことが大好き。お互い声には出さないけれど、内ではそう思っている。はず。
だからこそ、今回のティアラちゃん騒動は私の心を少し痛めつけた。側から見たらとっても仲良しな姉妹、なのにお互い内に秘めている感情は単純な好きでなくて、とても複雑で繊細な思いで、それが原因ですれ違いが起きてしまった。
ティアラちゃんと融合している時に感じた彼女の怒りの気持ちは、とても悲しいものだった。大好きなのに、心の底から愛しているのに、だからこそ抱いてしまう不満に苦しんで、そんな想いを抱える自分に嫌悪感を抱いて、相反する二つの感情がぐちゃぐちゃに絡み合って、歪に聳えるそれに恐れ慄いて、どうすればいいのかわからなくなってしまう。そんな、とても純粋で穢れた意地汚い感情。
私も時折抱いてしまう。お兄ちゃんに対して抱えてしまう。
大好きだからツンっとしてしまって、愛しているからこそ嘘をついて、一緒に居たいから隠す気持ち。
本当は素直に甘えたい。本当は仲良くイチャイチャしたい。それでも思い浮かんでしまうのは、それを行動に移してしまった後の関係性の悪化。知られてしまった後のネガティブな想像、起こりうる最悪の結果。
(大好きだから……もっと大好きになりたいのに……大好きだからこそ相手の気持ちを考えて……自分の気持ちと並べてみて……察して……想像してしまって……辛くなる……あはは……私、面倒くさっ)
私は自分を嘲るように苦笑いをする。馬鹿みたい、アホらしい、くだらない。自身を貶しながら嘲笑う。
ティアラちゃんの状況に比べれば私の問題なんて軽い軽い。だってお兄ちゃんの気持ちをちゃんとわかっている上で、私はお兄ちゃんを騙してるんだから。全部わかった上で私は選んでいるんだから。推測も予測も補足する必要はない。
(……あーあ。ティアラちゃんのせいで私……ちょっとヘラってるかも……なんてね……)
「……サラちゃん? どうしたの? ちょっと元気なさそうだけど……疲れちゃった? 疲れちゃったの? 寝る? 私の膝の上で、私の膝枕で、私の太ももで、私に身を委ねて、寝ちゃう?」
「んー……そうしようかなぁ……」
リシアお姉ちゃんが甘えていいよと言ってくれたので、私は遠慮せずに彼女に甘える。
全身から力を抜いて身を委ねて、撫でて癒してと少しあざとく上目遣いで、それでいてしっかりと彼女に密着して。私は全身全霊でリシアお姉ちゃんに甘える。
「あはっ! いい子いい子……あー……好き好き……」
「んへぇ……リシアお姉ちゃん撫で撫で凄い……リシアお姉ちゃん好きぃ……」
「私もサラちゃん大好き!」
(……リシアお姉ちゃんになら私も素直に、目を見てしっかりと好きって言えるんだけどなぁ)
リシアお姉ちゃんに撫でられながら、彼女に心配されないよう小さく、彼女に気づかれないよう太ももと太ももの間に向けて、私は小さくため息をついた。




