170.ぎゅっとね
「……むす……まるで私が悪者みたいじゃん今の状況……お姉ちゃんが悪いのに……お兄ちゃんの味方ばかり……私が一番苦しいのに……怒ってるのに……みんな私を止めようと、私の気持ちを否定しようと必死に動こうとしている……どうして? そんなに悪い事なのかな……募り募った怒りを爆発させて……憤りでウガーってなっちゃうのって……我慢し続けてそれに耐え切れなくて、カッとなってムカーってなることってそんなに悪い事なのかな……」
と。サティラが頬を膨らませながら何かを呟くと、再び彼女はこちらに複数の指を向け、それぞれの指先から光線を放った。
太かったり細かったり速かったり、多種多様の光線が僕たちを目掛けてやってくる。
しかしそれは、僕たちの元に辿り着くことはなく、リシアが片手で軽い調子で全て薙ぎ払ってしまった。
「サティラちゃん……何が目的なんだろう? ずっと弱いビームばかり撃ってる……」
「うむ……恐らく感情の制御が出来ないと同時に魔力の制御も上手く出来ていないのだろうな。今がチャンス、そう言いたいのだが……」
「言いたいのだが……なんだよ?」
「……先から頑張って色々考えているのだがな、サティラを落ち着かせる方法が全然思いつかんのだ……」
頬に一滴の冷や汗を滴らせながら、腕を組みながら、不満そうに自信なさげにクティラが言う。
意外だ。リシアの時も、ケイの時も、彼女はすぐに対策を考えそれを提案し、実行してきたと言うのに。
(いけないな……クティラに頼る前提で僕は何も考えてなかった。リシアにも守ってもらってばかりだし……僕も出来る事は出来るだけしっかりとやらなければ)
と。クティラなら出来る、クティラなら出来ている。そう無意識に考えてしまっていた自分を反省し、僕も改めてサティラを落ち着かせる方法を考え出す。
どうすれば落ち着くのだろうか。言葉で話しても何も聞いてくれなさそうだし、だからと言って暴力で無理矢理静めるのは控えたい。今は暴れて迷惑かけられているとはいえ、サティラは大切な妹のサラと、クティラの妹のティアラちゃんそのものなんだから。
考える。リシアが守ってくれている間に考える。必死に脳を回転させ、自身の今までの経験を思い返し、使えそうなものを選定し、現状を打破するために。
「……そうだクティラ。ケイが暴走した時に使ったアレは駄目なのか? ほら……なんか睡眠薬に似た何かを打ち込んだ、とか言ってなかったか?」
「うむ……残念ながら無理だな。ケイの場合、彼女は半パイアが故に、か弱い人間部分を狙い撃つ事で、普段の三倍ほど色々と弱まっているミニクティラ状態でも対抗できたのだ」
「三倍弱まる設定とかあったのか……ていうか、半パイア相手に出来るなら、サティラ相手にも出来るんじゃないのか?」
「むむぅ……そこが難しいところなのだ。サラとティアラの相性はあまりにも良すぎる。今の彼女たちは、純血純粋な成人ヴァンパイアと考えても良いだろう。それくらい綺麗に交わり、完成しているのだ。サティラというヴァンパイアは……」
僕とクティラは意見を出し合いながら、腕を組みながら、ほぼ同時に首を傾げながら唸る。
クティラの言った通り、全く良い案が浮かばない。ていうかそも、僕より優れているクティラが思い浮かんでいないのに、僕が彼女の考え付かなかった提案を思いつけるわけがないのだ。
「だがあの契約魔法とて問題点が無いわけではない……時間さえ過ぎれば完全一心同体状態は自然に解除される。私たちがそうであるようにな」
「じゃあそれ待ちで、必死にサティラの攻撃を避けるとか……?」
「……だが、それが来るまでどれだけ時間がかかるかがわからん。それにリシアお姉ちゃんの負担が大きすぎる……今、サティラが放っているビーム程度の威力ならば私たちでも何とかなるが、数分前撃ってきたあの巨大なビームはリシアお姉ちゃんにしか対処できん。故に頼りきることになるぞ、リシアお姉ちゃんだけにな」
「それは……ダメだな」
僕はリシアを一瞥してから、ゆっくりと首を左右に振りながら言う。
ただでさえ迷惑ばかりかけてるのに、頼り切っているのに、これ以上リシアに負担をかけさせるわけにはいかない。サラやティアラちゃんだけではなく、リシアも大切な人、大切な幼馴染なんだから。
「……抱きしめてあげればいいんじゃないかな?」
「へ?」
「うむ……?」
と。僕たちの会話が聞こえていたのか。リシアが振り返りながらそう呟いた。
彼女は僕たちの方を見て、サティラに背を向けながらも彼女の放つ光線を掻き消しながら、話を続ける。
「大好きな人に抱きしめられるのってね、すごく安心するし、幸せな気持ちになれるし、落ち着くんだよ? 包まれている感覚……直に感じる優しさ……触れている実感……少なくとも私はそう。とても落ち着くの。サラちゃんはエイジの事が大好きだし、ティアラちゃんもきっとクティラちゃんの事が大好きだよね? だから優しく、だけど力強く、気持ちを込めて、ぎゅっと抱きしめてあげればきっと……サティラちゃんは落ち着くと思うな、私は」
と。リシアは優しく笑みを浮かべながら、凄い勢いでビームを弾きながら語り続ける。
抱きしめる、抱きしめるか。本当にそんな事で落ち着くのだろうか? いや、リシアが言うなら間違いない。リシアが間違うわけがない。リシアを否定する理由なんて僕にはない。
「……クティラ、それで行こう。リシアが言うんだ、間違いないよ」
「……うむ、そうだな。リシアお姉ちゃんなら間違いないだろう。だがどうやって抱きしめる? 先程からサティラは猛攻に次ぐ猛攻だ。とても近づけんぞ?」
「そこは私が手伝うよ。エイジとクティラちゃんを抱っこして、ビーム避けて、サティラちゃんに近づかせる。任せておいて……私、ドッジボールとかで避けるの凄い得意だから」
リシアがサムズアップをしながら、自信満々に提案をしてきた。
確かに、リシアは毎回ドッジボールで最後まで残っていた気がする。避け続けてそのまま休み時間が終わったこともあった。
そんな彼女なら出来る気がする。サティラのビームを避けながら彼女に近づくことも。
「ごめんリシア……頼りっきりで」
「んー? いいよいいよ……人には得手不得手があるんだから。私が出来る事はビームを避ける事……エイジに出来る事は、サティラちゃんを抱きしめて落ち着かせてあげる事。お互い出来ないことをフォローし合って助け合うのは当然でしょ?」
「……ありがとう、リシア」
本来なら男の──今は女の子だが──僕がリシアを守らなければいけないのに。そう自身に嫌悪感を抱くが、僕はリシアの優しい言葉に素直に甘えることにした。
(……今度こう言う事態が起きたら、その時は僕がリシアを守れるように、ちゃんと日頃から鍛えないとだな)
心の中で自分の情けなさを反省し、僕は両頬をパンパンっと両手で叩き、意を決する。
「……リシア、頼んだ」
「うん……! それじゃあ行こうかエイジ、クティラちゃん!」




