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165.お茶の間

「モグモグ……」

「あ、リシアお姉ちゃん。醤油取って」

「うん……はいどうぞ」

「……サラ、終わったら僕に貸してくれ」

「じゃあ私エイジお兄ちゃんの次ー!」

「……ならば私はティアラの次で最後だ」

 午後八時過ぎ。僕たちはすっかり忘れていた夜ご飯を全員で集まって食べていた。

 今日は買い物に行き忘れたので、冷蔵庫の残り物でリシアが作ってくれた。白米と目玉焼きと卵焼き、それからほうれん草と卵の炒め物。謎に卵推しだ。そんなに卵、冷蔵庫に残ってたっけ?

「はいお兄ちゃん。使い終わったよ」

「ん……」

 僕を一瞥もせずに、醤油だけを差し出すサラから僕はそれを受け取る。

 そのまま慣れた手つきで醤油を巧みに操り、僕は適量を目玉焼きにかけた。

「はい、ティアラちゃん」

「ありがとエイジお兄ちゃん!」

 僕は使い終えた醤油をティアラちゃんに差し出す。すると彼女はニコッと笑みを浮かべながら、可愛らしく両手で僕から醤油を受け取った。ウチのサラと違って素直で、つい頭を撫でたくなるくらい可愛い。

 と同時に。僕はある事実に気づいて、思わず固唾を飲んでしまった。

(まずいな……)

 僕は瞬時に辺りを見回し、僕はサラとリシアとクティラの表情を確認する。

(……リシアとサラも察したか)

 リシアの表情は少し強張っている。サラは頬に一滴に冷や汗を垂らしながらぎこちない笑顔。クティラは意外にも普段と変わらず、澄まし顔をしていた。

「これくらいかなー? えっと……次は確か……あ……」

 と。醤油を両手で持ったティアラちゃんの言葉が途中で止まる。

(気まずいな……あの二人、今喧嘩中だと言うのに……)

 ティアラちゃんは自分が醤油を渡す相手、クティラをじっと見ながら、ずっと動かない。

 サラとリシアの会話が止まる。クティラの箸も止まる。沈黙が僕たちの間に流れ初めてしまった。

「……はい、お姉ちゃん」

「……うむ」

 と。意外なことに。存外素直にティアラちゃんはクティラに醤油を手渡しした。渡す時に顔を背けてはいたが。

 そんな二人のやり取りを見て、僕は思わず安堵のため息をついてしまった。何も起こらなくてよかった、と。

 わかってはいた。色々複雑な感情が絡み合ってしまったが故、二人は今喧嘩中になってしまっただけで、本来両者互いを好き合っているのだから、僕の想像するような最悪の出来事が起きたりしないことは。

 そうとわかってはいても、ギスギス具合は半端ないので、やはり心配にはなってしまうのだが。

「……えー……リシアお姉ちゃんの卵焼き美味しい! 流石リシアお姉ちゃん!」

「ぴえ!? 急に!?」

 沈黙に耐えかねたのか、サラが唐突にリシアを褒め始める。

 当然それに驚き、口と目を大きく開きながら、リシアは色々慌てて箸を落としそうになる。恐ろしく速い動きで箸が落ちる寸前にそれを手に取ると、リシアは一度ため息をついてから、ニコッと笑い、サラの頭を撫で始めた。

「……えへへ……ありがとサラちゃん。嬉しいよ……」

 ニコニコしながら、笑みを浮かべながら、リシアはサラを撫で続ける。

「私もリシアお姉ちゃんの卵焼き、好きだぞ。天下一品だ」

「えへぇ……クティラちゃんもありがとう……」

 今度はクティラがリシアを褒めたので、彼女はサラからクティラに頭を撫でる対象を変えた。

「私もリシアお姉さんの卵焼き好き! 大好き!」

「ティアラちゃんまで……! 可愛い……! ありがとー!」

 と。次はティアラがリシアを褒めたので、当然彼女はクティラからティアラへと手を移動させ、だらしなく顔をニヤつかせながらティアラちゃんを撫で始めた。

「……ん?」

 そんな女の子四人のイチャつきを傍目に、食事を続けていると突然、僕は自分に向けられた視線に気づいた。

 僕はそれに反応し顔を上げ、思わず辺りを見回してしまう。どこからの視線なのか、誰からの視線なのかを確認するために。

 顔を上げ動かし始め数秒後、僕は一人の女の子と目が合った。サラではなくクティラでもなくティアラちゃんでもない。ティアラちゃんを撫でているリシアだ、撫で撫で途中の彼女と何故か目が合ってしまった。

 じっと、じっと、じっっっっっっっっっと。リシアは僕を見つめている。

 何か言いたげに、何かを求める視線で、彼女は僕を見つめ続ける。


──エイジは褒めてくれないの?


(え!? 今声聞こえた!?)

 リシアと見つめ合っていると、脳内に直接、声が聞こえてきた気がした。

 僕は思わず辺りを見回しキョロキョロしてしまう。声の主はわかっているのに、発した人物を知っているのに、それでも辺りを見回してしまう。

「……じー」

 と。今度はハッキリと、口を動かして、喉から発して、リシアがそう呟いた。

 じーっと。己で効果音を出しながら、リシアが文字通りじーっと見つめてくる。

 僕はそんな彼女を見つめ返しながら、固唾を飲んで、意味もなく一度頷いてから──

「ぼ、僕も好きだよ……美味しいと思った、リシアの卵焼き」

「……あはっ! エイジもありがと! えへへ……撫で撫でー……」

 と。僕がリシアの卵焼きを褒めると、彼女は満面の笑みを咲かせ、椅子から立ち上がり少し乗り出すようにして、彼女は僕の頭を撫で始めた。

(……僕まで撫でなくてもいいのに)

 気持ちいいし、安心はするけれど。サラやクティラの前で撫でられるのは流石に恥ずかしい。けれどリシアの善意を否定するわけにはいかない。ので、僕は羞恥心を押し殺しリシアに撫でられ続ける。

 頬に熱が帯びていくのを感じる。きっと今の僕、顔が真っ赤だ。そう思うと実感すると想像すると考えると、余計に熱くなってくる。ので、僕はそんな顔を見られないように、リシアに撫でられながらゆっくりと俯いた。

「えへへ……褒めてくれてありがとねエイジ……えへ……えへへ……」

「……うん」

 リシアの撫で撫でが止まらない。サラよりも、クティラよりも、ティアラちゃんよりも撫でる時間が長い。

 なんでこんなに長いんだろう。最後だから? それとも一番幼いとでも思われている? あるいは幼馴染だから? どれもイマイチパッとしない理由だ、けれどそれくらいしか思いつかない。

「……ねえねえサラお姉ちゃん。エイジお兄ちゃんとリシアお姉ちゃんって、恋人同士なの?」

「んー……そう見えるんだけど、付き合ってないんだよねぇあの二人。意味わかんないよねー」

「うん! 意味わかんないね!」

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