160.兄と姉二人
「サラの奴……ティアラちゃんとどんな会話してるんだろうな」
「サラちゃんなら大丈夫だと思うよ? 私たちと違ってサラちゃん、いい子で頭良くて陽キャだもん」
「……褒めすぎじゃないか?」
「でも私たちより頼りになるのは事実でしょ?」
「……うん、まあ」
サラちゃんとティアラちゃんがお風呂に入った後、私とエイジはソファーに座りながら反省会を開催していた。
反省内容は主に、クティラちゃんがティアラちゃんに素直になれるよう焦って、考えもなしに二人っきりにしてしまった事。クティラちゃんはいつも頼りになる子だから、なんだかんだ上手くやってくれると思ってつい、他人頼りのまま強行してしまったのだ。
「時……戻せないかな」
「……ね。時、戻したいね」
「時を止めるヴァンパイアの話ならば聞いた事があるぞ?」
「へぇ……じゃあ時を飛ばしたり、加速させる吸血鬼もいるのかな」
「それは聞いたことがないな。ヴァンパイアはそこまで万能ではない、夢を見過ぎだ」
「時を止める奴がいるのにかよ……」
「時に干渉できる時点で万能すぎだよねぇ……ぴぇ?」
と。しばらく会話を続けて私は、私とエイジに混ざって一人増えていることに気付いた。ごく自然に、でもよく考えるよ不自然に、一人増えている。
急いで振り返ると、そこには銀髪赤眼美少女ことクティラちゃんがいた。一瞬ティアラちゃんかと思ったけど、彼女よりほんの少し雰囲気が大人っぽくて、身長も高かったからすぐに違うとわかった。
いつもの彼女と違って、どこか覇気がない。普段だったらもっと堂々としていて、ドヤ顔をしているのに、今日はどこか俯きがちだ。
絶対私たちのせいだ。そう思うと胸が痛くなる。大変なことをしちゃったと実感して。
「クティラ……いつの間に」
先に口を開いたのはエイジ。少し目を見開いて、驚いたかのような表情でクティラちゃんを見て、彼女の名を呼ぶ。
「クティラちゃん……その……ごめんなさい……」
エイジに続いて、私もクティラちゃんの名を呼んで、それと同時に彼女に謝罪をした。
許されるか否か、タイミングはどうか、雰囲気は合っているか。そんな事一切考えずに、兎にも角にも謝りたいと言う気持ちが強くて、それが先行しすぎて、つい謝ってしまった。
「ぼ……僕もごめんクティラ……調子に乗りすぎた」
私のそれを聞いて自分もするべきだと思ったのか。エイジはクティラちゃんの返事を待たずに私に続いて謝罪をした。
そんな私たちを、頭を下げながら謝る私たち二人を、クティラちゃんはどこか呆れた顔で見ている。
「……気にすることはない。結果、私がミスをしたのに違いはないのだからな。リシアお姉ちゃんは許そう……!」
と。クティラちゃんはいつもの感じで、どこか自信ありげに笑みを浮かべながら、私の頭を撫でてくれた。
そんな私を、クティラちゃんを、私の隣に座るエイジが何とも言えない瞳で見つめてきた。私はその視線に気づき、思わずエイジの方を見てしまう。
「リシアお姉ちゃんは……って。その……僕は……?」
「……リシアお姉ちゃんは許すッ!」
「……僕は?」
「……アウトだッ!」
「なんでだよ……」
クティラちゃんが両腕でバツを作りながら言うと、エイジは残念そうに俯きながら呟く。
自分に過失があるからか、自分が加害者という自覚があるからか、いつもより弱気に不満を呟くエイジ。ちょっと可哀想に見える。
「ふふふ……冗談だエイジ。安心しろ、安心しろよエイジ……」
と。クティラちゃんは不敵な雰囲気を纏っ、腕を組みながら、小刻みに肩を上下に動かしながら笑った。
そんなクティラちゃんを見てエイジはため息をつく。きっと安堵のため息だ。クティラちゃんがそんなに怒っていないことを確認できて、安心しちゃったのだろう。
「さて……というわけでエイジ。お前は部屋に帰れ」
と。クティラちゃんがビシッと人差し指でエイジを差しながら、小さく低く冷静な声で言った。
「へ? なんで僕が? え? なんで僕だけ?」
それを聞いたエイジは首を傾げ、頭上にはてなマークを浮かべながr
ら疑問符の付いた声を発する。
そんなエイジを見てクティラちゃんは少しニヤリと口角を上げると、ソファーの背もたれの上部を右手で掴み、そのままぴょんっと可愛く飛び上がって、私の膝の上にストンっと降り立った。
意外と衝撃が来てビックリした。痛くないから全然気にならないけど。
「私とリシアお姉ちゃんはこれから大事な話をするのだ……故に邪魔だ、エイジ」
「そうなの? クティラちゃん」
「うむ、そうだ」
「……え? 僕だけ仲間はずれ?」
ニヤニヤと笑みを浮かべるクティラちゃん。少し悲しげな目で私たちを見つめるエイジ。思わず首を傾げてしまう私。正しく三者三様なこの状況、どうなるんだろう。
「ふふふ……エイジは乙女ではないからな。時折乙女ではあるが今は誰が見ても立派な中性的男子。これから乙女心について談義する私たちの仲には入れないだろう……?」
「……えっと、その、そうなんだって。だからあの……ごめんね? エイジ」
私はとりあえずクティラちゃんの味方をする。多分この感じ。クティラちゃんはエイジに聞かれたくない話を私としたいと思っているからだ。
エイジがちょっと可哀想だけど、私はクティラちゃんの事も好きだから。彼女が私を選んで、何かしらの相談に乗ってほしいと言うならば、喜んで受け入れたい。
「……うん、まあそうだな。僕には乙女心はわからないな……うん……無理だな、乙女心」
それだけ言うと、どこか不満を持ちながら呟きながら、エイジはゆっくりとリビングを出て行く。
そしてエイジがリビングを出ていった瞬間、クティラちゃんは勢いよく全身を振り返らせ、私をじっと、間近で見つめてきた。
「リシアお姉ちゃん……実は相談したいことがあるのだ」
いつもと違って、表情が曇っていてどこか弱気なクティラちゃん。私はそんな彼女を思わず可愛いと思ってしまい、ゆっくり優しく丁寧に、彼女の頭を撫でてあげる。
「うん……いいよクティラちゃん。なんでも相談して?」
私が了承の意を伝えると、クティラちゃんは少しだけ笑みを浮かべて私にぎゅっと抱きついてきた。サラサラの銀髪で私の全身をくすぐりながら、胸元に顔を埋めてくる。
温かい。温もりがすごい。あと柔らかい。
(……なんで抱きついてきたんだろう)
私が思わず首を傾げると、クティラちゃんが顔を上げて──
「実はだな……」
と。珍しく弱気なまま、彼女は俯きながら話を始めた。




