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158.いつかは切れる緒

「……ここがエイジお兄ちゃんのお部屋かぁ」

 誰もいない廊下に、一人佇むティアラは誰かに聞かせるように聞こえるように、そこそこの声量でそう呟いた。

 首を傾げながら扉を見つめるティアラ。彼女はなんとなく髪を整えてから、ドアノブを掴み捻り、ゆっくりと扉を開けた。

「お姉ちゃーん? エイジお兄ちゃんが言ってたから来たよー?」

 尊敬し、親愛する姉の名を呼びながらティアラは部屋に足を踏み入れる。

「……来たのか、ティアラ」

「あ……! お姉ちゃん……!」

 ティアラの視線が向く先。愛作エイジの使うベッドの上。そこに、ティアラの姉であるクティラが座っていた。

 室内に風は吹いていないのに、ゆらゆらとサラサラの銀髪を揺らしながら、クティラはティアラに背を向けたまま、顔だけを振り返らせ、彼女の名を呼ぶ。

「お姉ちゃん。あのね、エイジお兄ちゃんが何かね、お姉ちゃんからお話があるから行ってこいーって。だから来たの」

「……その会話は聞こえていた。エイジめ……余計なことを」

 ティアラに後ろ姿だけを見せたまま、クティラはため息をつきながら彼女との会話を続ける。

 そんな姉を見てティアラは、しっかり目と目を合わせてお話ししたいと思い、軽く小走りをし、クティラの座るベッドへと向かった。

 飛び乗るように勢いよく、ベッドの上へと上がるティアラ。その衝撃でベッドは大きく揺れ、そこに座っていたクティラも全身を揺らされる。

 それでもクティラは微動だにせず。ただただ真っ直ぐに前を向いていた。隣に座る妹の視線に気づきつつも、それと目線を合わせないように。

「えへへ……二人っきりなんて久しぶりだねお姉ちゃん。ずっと会いたかった……大好きだから……お姉ちゃんのこと……」

「……そうか」

 感情の入り混じった言葉を発するティアラに対し、クティラは一切の感情を無くした声色で返事をした。

 嬉しくなさそう。楽しくなさそう。自身の気持ちと乖離する姉の感情を声色から感じ取ったティアラは思わず、首を傾げる。

「……お姉ちゃん。もしかして……怒ってる……?」

「……私がか? 何に苛立ちを覚えると?」

「……その……ううん……なんでもない……」

 相変わらず視線を合わせてくれない姉を見て、悲しい感情が湧いたティアラは思わず、クティラから視線を逸らしてしまう。

 しかし彼女はすぐにそれを戻し、再び、クティラをじっと見つめた。

「ねえお姉ちゃん……お姉ちゃん……あのね……その……えっとね……」

「……言いたいことがあるのならばハッキリと口にしろ。声に出さなければ相手に己の気持ちを伝えるなぞ、少しばかりも出来ん」

「……うん……お姉ちゃん。どうして……家出なんてしたの……?」

 ティアラは目に涙を浮かべながら姉に問う。その直後、自身が涙を流していることに気付いたティアラはすぐに腕で目を拭い、再びクティラを見つめる。

「私ね……凄く悲しかった……寂しかった……お姉ちゃん……私……本当に……辛かったんだよ……?」

 じっと見つめる。ティアラがクティラをじっと見つめる。だが乞うようなティアラの視線に気づきつつも、クティラは彼女と目線を合わせようとしない。

(どうして……何も答えてくれないの……!?)

 返事をせず、身振り素振りも見せないクティラに苛立ち、ティアラは心の中で怒号を上げながら、全力でクティラへと抱きついた。

「な……ティアラ……!?」

 予想外の行動にクティラは驚き、思わずティアラの目を見てしまう。

(やっと見てくれた……!)

 姉が目線を合わせてくれた嬉しさと、それまで全く自身と目を合わせてくれなかった寂しさ悲しさが入り混じり、ティアラの感情が昂り始めた。

 両腕に全力を込め、全身に力を入れて。ティアラはぎゅっと、ぎゅっっっっとクティラを抱きしめ続ける。

「お姉ちゃんっていつもそう……いつもそうだよ……!」

「ティアラ……?」

「私……お姉ちゃんのこと大好きなのに! お姉ちゃんも私のこと大好きなのに……! どうして時折そうやって意地悪するの……!?」

「……ッ!? それは……だな……いや、それは……誤解だ……」

「……誤解? そんなわけない……私だって成長してるもん……大きくなってるもん……察せられるもん……! お姉ちゃん……私のこと……避けてるよね……?」

「……気のせいだ。この私が、可愛い妹であるお前を……ティアラを避けるわけがなかろう……」

「……信じたいけど、信じられないよ」

 鼻を一度啜り、クティラの服に顔を押し付けるティアラ。

 一度顔を押し付け、ぎゅっとクティラを抱きしめた後、ティアラは彼女からゆっくりと離れた。

 腕で目を拭いながら、大好きな姉に自身の顔を見られないよう俯きながら、ティアラはクティラに背を向ける。

「お姉ちゃん……私、お姉ちゃんのこと大好きだよ……。だけどね……お姉ちゃんのそういうところ……私に隠し事するところ……大っ嫌い」

 それだけ小さく呟くと、ティアラはわざとらしく大きく足音を立てながら、部屋の出口へと向かう。

 彼女はそのままドアノブを捻り、勢いよく、されど優しく、音を立てずに扉を閉め、部屋を出て行く。

 直後。そんなティアラの背中を見ていたクティラは、己の手のひらで己の頬を弾いた。

「……ティアラ……流石は私の妹だ……言いたいことをはっきりと言う……素晴らしいヴァンパイアだ……」

 小さく、誰かに告げるかのように呟くクティラ。

 それだけ呟くと、彼女は次に、自身の乗るベッドの布団へ拳を打つ。

 ぎゅっと拳を握りしめ、唇をギュッと噛み締め、クティラは全身を震えさせる。

「……己のくだらないプライドでティアラを傷つけた愚か者め……否……自己嫌悪に陥っている場合ではない……解かねば……誤解を……」

 誰かに表明するように、自分自身に言い聞かせるように、クティラは小さな声で呟く。

 直後、彼女はベッドを飛び降り、瞬時に部屋の扉へと向かった。

 辿り着いた扉。それに備え付けられたドアノブ。ぎゅっとそれを握り、捻り、クティラは俯きながら、その場に佇む。

「……ふふふ……このクティラ・ウェイト・ギルマン・マーシュ・エリオット・スマス・イン・ヤラ・イププトが恐れているとはな……だが行かねば、行かねばならぬ……」

 そう小さく呟きながら、クティラはドアノブを掴んだまま引き、扉をゆっくりと開いた。

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