16.下校帰宅帰路通行
キンコンカンコンと、大きな鐘の音が校内に響いた。
帰れと訴えてくる音。部活に行けと催促する音。人によって捉え方は違うと思う。
ちなみに僕は前者だ。部活は面倒だから入らなかった。そのせいで周りと比べて友達が少なく、入らなかったことを少し後悔している。
「じゃーなーエイジ」
「おう、また明日な」
友達と別れを告げながら、僕はゆっくりと立ち上がる。
「……スー……すー……」
耳元で聞こえるのはクティラの寝息。僕の肩にしがみつきながら彼女は今、幸せそうに寝ている。
なるべく起こさないように動かないといけないのでめちゃくちゃ面倒くさい。早く起きてくれないかな。
「お待たせエイジ。帰ろっか」
「……おう」
僕が立ち上がるとほぼ同時に、カバンを肩にかけたリシアが急ぎ足でやってきた。
ニコッと笑うリシア。僕はそんな彼女から何となく目を逸らしてから、歩き始めた。
「サラちゃん迎えに行かないとね。何組だったっけ?」
「……覚えてない」
今日、リシアが数年ぶりにウチに来る理由は妹のサラにあった。
何やら相談したいことがあってリシアを誘ったらしい。一体どんな話をするんだろう。
「一年生は四階で合ってるよね? エイジ」
「……多分な。あんまり行く機会ないから覚えてない」
「……私も。部活入ってないと後輩との繋がりできないよねぇ……」
僕とリシアは会話を交わしながら、階段を登り始めた。
一段一段丁寧に踏み締めるリシア。僕はそれとは対照的に二段飛ばしで登っていく。
「え、エイジ……ちょっと早い……」
「あ、ごめ」
そのまま僕たちは階段を登り続け、四階に到着した。
廊下を歩くと、見たことのない生徒でいっぱいだった。中学生から上がりたてだからか、同級生と比べると少し子供っぽく見える。
「あ! 安藤先輩……とお兄ちゃん!? なんでいるの!?」
と、後ろから僕たちに話しかけてくる声。
聞き覚えのある声。間違えるわけがない声。僕とリシアはほぼ同時に、後ろへ振り返る。
そこには、驚きと怒りが入り混じった顔をしたサラがいた。リシアを見つめて、僕を睨みつけている。
「お前……学校だと安藤先輩って言ってるんだな。リシアのこと」
確かサラはリシアのことをリシアお姉ちゃんと呼んでいたはずだ。
小学生の頃、よくリシアがウチに遊びに来ていた時に、サラは彼女にとても可愛がってもらっていた。それ故、かなりリシアに懐いていたはず。
「学校なんだから当たり前でしょ! 外でもお姉ちゃん呼びしたら勘違いされて迷惑かかっちゃうじゃん……それに安藤先輩は年上だしね! 先輩呼びするの当たり前!」
「別に迷惑じゃないけどなぁ私は……」
ビシッと僕を指差しながら、サラはビービー喚き始める。
僕は軽くため息をついて、生意気な妹に言ってやった。
「じゃあ僕のことも先輩呼びしろよ。愛作先輩ってな。年上は先輩呼びするんだろ?」
「はあ? お兄ちゃんはお兄ちゃんじゃん……何言ってんの?」
「……ああ、まあ、そうか」
言い返せなかった。リシアを安藤先輩呼びするのは本当のお姉ちゃんだと勘違いされないため、とサラは言っていた。
本当の兄である僕をお兄ちゃん呼びして、兄弟だと思われても別に問題はないのだ。
負けた。あっけなく負けた。
僕はコホンと喉をならしてから、サラに背を向ける。
「ほら、いいから帰るぞ」
「えぇ……お兄ちゃんと一緒に帰るの? 変な噂とかされたらヤダなぁ……ブラコン疑惑かけられたらどうしよう
「私はエイジと帰りたいかな……もちろんサラちゃんとも」
「安藤先輩がそう言うなら……はぁ」
わざとらしく肩を落としながら、僕の方を一瞥してからため息をつくサラ。
めちゃくちゃムカついたが、大人な僕はそんな彼女を華麗にスルーして、歩き始めた。
*
「なんだか三人で歩くの久しぶりだね……」
「そうだな……高校生になってからは以前ほど遊ばなくなったしな」
「お兄ちゃんとリシアお姉ちゃんと私で遊びに行ったのってどれくらい前だろ……私が中学一年の頃かな?」
「多分そうかも……サラちゃんが中学生になった記念に三人で遊園地に行ったんだよね」
「まあ保護者ありだったけどな……」
「……お兄ちゃんって余計なことすぐ言うよね」
「……うん。今のは私も余計な一言だと思った」
「……えと。ごめんなさい……」
「……そういえば最近リシアお姉ちゃんの家に遊びに行ってないや。お兄ちゃんはどう?」
「お前が行ってないのに僕が行くわけないだろ……」
「あー……お兄ちゃん恥ずかしがっていつも来なかったもんね! 私が一緒に行こって誘ってもいつもいつも行かない! って!」
「バカお前……それはアレだよ、アレ」
「アレ……って何? エイジ?」
「……それだよ。その……アレ」
「ふふ……ねえねえエイジ。なんで私の部屋に来るのが恥ずかしかったのかな?」
「……ッ! 指で突いてくるなバカ……」
「ねえねえ……ふふ」
「……妹の前で彼女とイチャつかないでよねお兄ちゃん」
「か!? 彼女じゃねえよ! 友達……ってか幼馴染だ! 仲がいいだけの!」
「私はエイジの彼女になら……なってもいいよ? なんて……」
「リ、リシアまで僕を揶揄うなよ……」
「まあリシアお姉ちゃんはお兄ちゃんには勿体無いよねー」
「うるさいなお前は……」
「……エイジって、彼女さんいるの?」
「え!? い、いや……いないけど……」
「お兄ちゃんに彼女が出来たら、それは地球の終わりを告げているも同然だしね」
「んだと……?」
「そーかな……エイジ、いいところ沢山あるけどなぁ」
「違うよリシアお姉ちゃん。お兄ちゃん確かにいいところあるけど、自分から行動しない人間だから……ね」
「……確かにそうだね。うん……確かに」
「そんなに僕を揶揄って楽しいか……二人とも」
「ん? お兄ちゃんは喜ぶべきだと思うよ? 美少女二人が自分を話題にしているんだからさっ」
「リシアはともかく……お前は……なぁ?」
「え、何その「なぁ?」は」
「へ……? エイジ、私のこと美少女だと思ってくれてるの……?」
「え!? いやその……えと……え……とな……」
「リシアお姉ちゃんは可愛いよ! ねえ……お兄ちゃん?」
「……ッ! んとな……えー……」
「あ、おウチ着いたよ」
*
「たっだいまー!」
「誰もいないのにか……?」
「お邪魔しまーす」
扉を開け、僕たち三人は順に靴を脱いで廊下へと上がった。
まずはサラ、次はリシア、最後に僕だ。
「……っと」
リシアの靴を踏みそうになり、僕はそれを避けようとして、一瞬、姿勢が崩れた。
「んにゅ……? ふわぁ……着いたのか」
その時、僕の耳元で可愛らしい声が聞こえた。
寝起きの女の子の声。ふにゃふにゃとしている声。何度か聞いたことのある声。
クティラだ。クティラの声だ。
すっかり忘れていた。彼女は今、僕の肩にしがみついているんだった。
その時だった。僕の頬を、一滴の冷や汗が滴った。
嫌な予感がする──
「よっと……!」
クティラの意気込む声。彼女は僕の肩の上で立ち、ぴょんと飛び降りた。
それと同時に、彼女の身体は徐々に大きくなり──
「ふぅ……疲れた疲れた。魔力が尽きそうだったぞ!」
元の大きさに戻って、彼女は笑みを浮かべながら腰に手を当て、そう言った。
「え……? だ、誰……?」
「クティラちゃん……!?」
(くそ……! 油断したなクティラ……!)
身体を縮める魔法を解いたと同時に認識阻害の魔法も解いたのか、クティラの声にサラとリシアが反応した。
サラはとても驚いた顔で、リシアはビックリした顔で、クティラを見つめている。
「……やるっきゃない!」
「うわ!? 何をするんだエイジ!」
僕はクティラを瞬時に抱え、廊下へ足を踏み入れ、リシアとサラをうまく避けながら移動し、叫んだ。
「サラ! 来い!」
「え!? あ! うん! ごめんリシアお姉ちゃんちょっと待ってて!」
「……えと? うん……わかった」
サラがクティラの足を持つ。僕とサラはそのままクティラを抱え、急いで僕の部屋へと向かっていった。




