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156.姉の抱える想い

「クティラ……いるか? いるよな?」

 引きこもった居候吸血鬼の名を呼びながら、僕は自分の部屋の扉を開けた。

 するとそこには、ベッドの上に寝っ転がりながら、本を天井に向け持ち上げながら読んでいるクティラがいた。

「……エイジか。何用だ?」

 クティラはこちらを一瞥することもなく、本に視線を向けたまま僕に問う。

 僕はあえてその質問に答えはせず、そのまま部屋の中を歩き、彼女の隣へと座り込んだ。

「……直球に聞くけど、お前、ティアラちゃんの事嫌いなのか?」

「正しくストレートだな……そんなことを聞きにきたのか?」

 と。クティラは呆れるようにため息をつきながら、本をゆっくりと閉じ、両足をぴょんっと伸ばしそのまま飛び上がり、僕の隣へと座った。

 クティラはどこか不満そうな顔をしながら、俯いたまま、口を開いた。

「……嫌いというわけではない。エイジも少し関わっただけで理解できたハズだ。人懐っこく可愛い女の子……嫌いになど、なれるものか」

 頑なに僕と視線を合わせずに、いつもと違う、小さくか細い声でクティラは言う。

 全く信じられない。ここまで露骨に不機嫌そうな態度を取って、どうして嫌いではないと信じられようか。

 正直、他人の家族関係に口を出すべきではないと僕は思っている。けれど、それでも、普段のクティラとあまりにも変わりすぎていて、気になってしまう。

「……本当はどうなんだよ? もし、クティラがティアラちゃんを嫌いなら……僕たちもそれなりに配慮した動きをしないとダメなんだからさ」

「さっきも言っただろう……嫌えるはずがないと。ましてや血の繋がった妹、それも私を慕ってくれている妹だ……嫌うはずがなかろう」

 と。自身の太ももに腕を立て、頬杖をしながら、ため息をつきながらクティラが言う。

 どう見ても不機嫌な態度。だけど、嘘は言っていない感じがする。一心同体が故察せられるのかはわからないが、それでも彼女の一言一句に嘘はないと断言できるほどに、僕は彼女の言葉に嘘を感じられない。

「じゃあどうして……そんなに不機嫌なんだよ?」

「……ふふふ。今日はやけに突っ込んでくるではないか。ライトノベルの主人公気取りか? はたまた、ハーレム系ラブコメの主人公か? どちらでもいいがな……」

 僕を嘲るように笑いながらも、声色に笑みを浮かべずにクティラは言う。

 なんか最近、似たようなことを言われた気がする。自覚がないだけで、僕は少し、他人のプライベートに踏み込みすぎなのかもしれない。

「……まあ、暇だしな。たまには自を語るのも悪くはない……ましてやエイジは私と一心同体、知っておく知っておかれるのも必要なことかもしれん」

 と。ようやくクティラはいつも通りに、どこか自身ありげに口角を上げながら、僕を見つめながらそう言った。

 そして彼女は僕をじっと見つめ、一度咳払いをしてから話し始める。

「彼女は……ティアラはな、私の上位互換なのだ」

「……へ? じょ、上位互換……?」

「人懐っこく明るく可愛く才能に溢れカリスマ性にも秀で、尚且つ魔法の才能もあれば身体能力の潜在能力も高い……そして私と似た容姿、私と似た思考を持っている。これを上位互換と呼ばず、何をそう呼べばいい?」

「上位互換って……人に使う言葉なのか?」

 僕は思わず首を傾げ、そう、クティラに問う。

 すると笑みを浮かべていたクティラは、ゆっくりと僕から顔を逸らしながら、徐々に曇った表情へと変わっていった。

「……当然だ。中途半端に知恵あるものほど気づきやすいのだ。この世には自身と似た能力と才能を持ち、それを己よりも活かし成長させ、巧みに使いこなす上位互換がいるのだとな。それに敵うはずがないと諦め、自身を肯定しづらくなり、相手を恨み嫉み嫌う……それが私だ」

「……そりゃ、自分よりすごい人がいるなんて誰でも思うよ? だけどさ、だからこそ自我を保ち、それを理解して、必死に肯定して承認してやらないとダメなんじゃないのか……?」

「……ふふふ。私の言葉を否定し説得するかのように見せかけてその実、私の発した言葉を繰り返しただけだな、それは。エイジ、お前が言ったその行動を取れず、その意思を決する事ができないのが私なんだよ……」

 と。クティラは視線を定めさせずに、どこか虚な目で、どこか遠くを見るかのような目で、僕の方へ顔を向けながら話を続ける。

「だからと言って私はティアラが嫌い、というわけではない……。寧ろ好きだ……私を慕ってくれる可愛い妹なのだからな。ただ……苦手なのだ」

 そう言ったクティラの顔は、とても、悲しそうなものだった。

 自身の本心に湧き出る相反する感情。歪な気持ちに苛まれて、それに反抗することを止め、諦めが入った笑み。それらに苦しんでいるかのような表情。

──まるで、あの時のケイや咲畑さんのような目を、クティラはしている。

「……ティアラちゃんの事、ちゃんと好きなんだろ? それを素直に出しちゃっていいんじゃないか……? どうして誤魔化そうとするんだよ」

 僕は、僕の気になったことをクティラに問う。

 すると彼女は少し目を見開き、驚いたかのような表情をして僕を見るが、すぐに顔を逸らした。

「……それが出来れば苦労はせん。言っておくが無駄だぞ、お前の言葉は。私自身常にどうすればいいのか悩んでいるのだからな……この歪な気持ちとどう向き合うべきか、どう対策すべきか、な」

「……そうか。そう……なのか」

 上手い返しが見つからず、僕は彼女から顔を逸らしながら、言葉に詰まってしまった。

 どうすればいいんだろう。何を言ってあげれば、彼女の気持ちを楽にさせてあげられるんだろう。必死に考えるが、思いつかない。

「……気にするなエイジ。幸いティアラは私のことを良い姉と誤認している。よほど私が彼女に向け露骨に嫌悪感を示さなければ、何事も起きん……」

 と。クティラはわざとらしく笑みを浮かべながら、僕の背中をバシバシ叩きながらそう言った。

 直後、彼女は立ち上がり、腰に手を当てドヤ顔をしながら、僕を見つめる。

「お前はリビングに戻ってサラとリシアお姉ちゃんと共にティアラと遊んでくるがいい……私は今読んでいる本を読み終えたら、ティアラとちゃんと話をする予定だ。どうしてここがわかって、ここに来たのか……とな。わかったら出ていくがいい……読書の邪魔だ」

「……ああ、わかった」

 僕は反抗も反論も上手い返事も出来ず、彼女に言われるがまま、ベッドが立ち上がる。

 そしてゆっくりと歩き出し、扉のドアノブに手をかけ、それを引きゆっくりと扉を閉めながら、クティラを置いて自分の部屋を出ていった。

「……なんだかなぁ」

 やるせない気持ちが残る。けれど、正直今の僕に彼女たちの関係を上手く修復できそうにはない。

──修復ってなんだ? クティラとティアラの関係は、本当に拗れているのか?

 実際、側から見て嫌な雰囲気を感じるというだけで、クティラとティアラ両方は特に困っているという印象は受けないし。第三者が余計なことをするべきではないのかもしれない。

 それでも気になりはするが。よく知る友人がその関係に少なからず困っている、というのは確かなのだから。

「……どうしたものかな」

 自身の力の無さに、回らない脳みそに、クティラとティアラちゃんの複雑な関係に対し、僕は思わずため息をついた。


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