151.それぞれの放課後
「ふふふ……あっという間だったな一週間。待ちに待ち侘びたぞ金曜日! 明日からは即ち土曜日日曜日! 要するにみんな大好き休日! ならばと遊びに出かけるのが私たちだ!」
「……どこにだよ」
午後のホームルームが終わり、今は放課後。それも金曜日の放課後。
いつもより教室が盛り上がっている気がする。ウチの居候吸血鬼も元気だし、それほど学生達にとって土日は魅力的なのだろう。
「お待たせエイジ。帰ろっか」
「お……リシアお姉ちゃんも来たか!」
と。カバン片手にリシアがやってきた。
それとほぼ同時に、クティラが彼女にがっしりガッチリ抱きつく。その行動にリシアは顔を赤くして恥ずかしそうに俯くが、満更でもなさそうに微笑みながらクティラの頭を撫でる。
(なんかこの二人……いつの間にかすごい仲良くなってるよな)
口には出さずに仲良し姉妹を見ながら、僕は自分のカバンを手に持ち立ち上がった。
「そうだ……エイジ、サラはどうする? 迎えに行くか?」
「いや……いいよ。実の兄が迎えに来るとか流石に嫌だろ」
「この前迎えに行った時も少し嫌そうだったもんね……」
「そうか? ならば致し方ない……三人で帰るか」
と。少し不満げに呟きながらも、クティラはリシアから離れる。
そのまま軽い動きでその場でくるりと一回転。それと同時に彼女は自分のカバンを手に取り、いつも通りドヤ顔をしながら肩にかけた。
「ところでリシアお姉ちゃん。もちろん当然当たり前だが、今日は泊まるのだろう? 私たちの家に」
「ん? うん……クティラちゃんに言われた通り、ちゃんとお泊まりセット、持ってきたよ」
「流石リシアお姉ちゃんだ! 完璧だな!」
「えへへ……そんなに褒めないでよぅ……」
(……週末になるとリシアが泊まりに来るのも、なんか当たり前になってきたな)
仲良さげに話す二人を後ろから見ながら、疎外感を感じながら僕はそう思った。
ていうかいいのだろうか? 年頃の男女が同じ屋根の下暮らす時間が多くて。いくら幼い頃から知っている身とはいえ、リシアの両親は心配したりしないのだろうか?
毎回許可を出してくれていると言うのならば、それほど安藤家が僕を信頼してくれていると思えて少し嬉しいけど。
そういえばここ数年、一度もリシアの両親に会っていない気がする。元気だろうか、リシアのお父さんとお母さん。
「む……? どうしたエイジ、やけに真剣な顔をして」
「……いや、なんでもない」
*
「アームー! 一緒に帰ろっ♡ 今日部活休みでしょ? しかも金曜日! ついでに遊びに行こ……ね……っ♡」
元気よく軽やかな声で私の名を呼びながら、咲が後ろから抱きついてきた。席に座ったまま。
首元に彼女の白くて綺麗な両腕が回される。制汗剤の匂いがふわっと香り、私の鼻をそれがくすぐってきた。
「……離してくれないと、帰る準備出来ないんだけど?」
「それはそれでよくない……? 私、アムと二人っきりで教室にいる時間、好きだよ?」
「私も嫌いじゃないけどさ……咲、遊びに行きたいんでしょ?」
「あはっ♡ そうでしたそうでした……♡」
私が指摘すると同時に、咲は私の首元を撫でながら、ゆっくりと手を離した。
先日の彼女の宣言通り、咲は以前よりも私に甘えてくるようになった。スキンシップも激しくなったし、なんて言うか、昔の私みたいに人目を憚らずイチャついてくるようになった。
嫌いじゃない、嫌いじゃないけれど。やっぱりもう少し抑えて欲しいなと思う。咲は男子に人気だから、ただでさえ一緒にいるだけで視線を感じるのに、イチャついてるとそれが増える。それだけは正直少し嫌。見せ物みたいで。
ていうかこの子、この前登校する時に教室でイチャつくのは恥ずかしいとか言ってたのに、平気でイチャついてくる。あれってもしかして嘘だったのかな?
「アームっ♡ 私は準備出来たよ? 早く帰ろ♡ とっとと離れようよ学校から」
「……あ、うんごめん。ちょっとボーっとしてた」
いつの間にか、カバンを携えた咲が私の目の前にいた。ニコニコと笑みを浮かべながら、私の顔と全身をじっと見つめている。
「……そんなじっと見つめても、私の行動は早くならないよ?」
「んー……? 別にいいよ、暇だから見てるだけだしっ♡」
「……そっ」
私はなんとなくため息をついてから、持って帰る教科書と置いて帰る教科書を瞬時に分け、それぞれカバンの中と机の中にしまった。
本当は置き勉はダメと言われているけれど、みんなやってるし別にいいよね。
「お待たせ咲。帰ろっか」
「よしよし帰ろー♡」
と。甘えるように、咲は普段よりも少し高い声を発しながら、私の右腕に抱きついてきた。
「……恥ずかしいから、抱きつくのは外に出てからにして」
「へ? へぇ……外なら抱きついてもいいんだ♡」
「……やっぱり、内外問わずやめて」
「でもアム、私に抱き付かれるの好きでしょ?」
「……ふぇ……ノ、ノーコメント!」
「……あはっ♡ 今日はそれで我慢してあげる……♡」
*
(今日は金曜日かぁ……先生に呼ばれて遅くなっちゃった。多分今から行ってももう、エイジくんたちは帰ってるだろうなぁ)
みんなが騒がしい放課後。行き交う生徒達の間を、私は一人で歩いていた。
誰とも視線が合わないように。誰かに見られないように。私は極力影を薄くしながら歩き続ける。
(早く学校を出てお買い物に行きたいな……今日は確か新作の発売日だったし)
と。私は空想しながら歩き続ける。
(この時間だと駅にウチの生徒多いけど……まあ、誰も私の顔なんてわからないだろうし気にしなくてもいいか。問題はトイレから出る時だけど……そこは運次第かな)
そんな感じで、私はこれからの予定を再確認しながら歩き続ける。
(よし……今月はバイト頑張ったし。たくさん買っちゃおう、可愛い服。自分へのご褒美ご褒美……)
*
「サラー? 帰ろー?」
「ん? うんっ」
友達に呼ばれ、私はカバンを手に持ち立ち上がった。
(多分お兄ちゃんとリシアお姉ちゃんとクティラちゃん……一緒に帰ってるんだろうなぁ。羨ましい……)
「どうしたのサラ? なんか浮かない顔してるけど……」
「そりゃあ顔だからね……それだけ浮いてたら怖いでしょ?」
「ん……? んー……? どう言う事……?」
「……何でもない。ちょっと変な事言ってみたかっただけ」
冗談が通じなかったので、私は急いで発言を無かったことにする。
私こういうの下手だなぁ。と、心の中だけでため息。なんかこう、洋画のゴツいおじさんが気楽に言うようなジョークが言えるようになりたい。
「あ、わかった! またお兄さんのことで悩んでたんでしょ?」
と。友達が私の頬をプニプニ突きながら、ニヤニヤしながら言ってきた。
彼女の指は結構長いから、押された頬の肉が歯に当たって気持ち悪い。
「素直になっちゃえばいいのにさ……サラは。サラの話聞いてる限り、お兄さん絶対サラの事好きだよ? 私もお兄ちゃんいるし、わかるよ」
「それはわかってるよ……隠そうとしてるけどお兄ちゃんが結構シスコンだって事は。でもその……お兄ちゃん、シンプルにバカだから」
「バカはサラも同じだと思うけど?」
「……血が繋がってるからね」
私は友達の指から逃れようと、彼女から顔を逸らしながらそう呟く。
すると友達は私の隣にやってきて、こちらを見てニコリと微笑んだ。
「さ、帰ろうサラ。サラも早く帰ってお兄さんと一緒になりたいでしょ?」
「サラもって……自分もそうだよ、って言ってるのも同じだよ?」
「んふふ……私、サラと同じでお兄ちゃんの事大好きだもん。しっかり目を見て本人の目の前で言えるくらい、素直にね」
「……ふーん。中学生の頃はそんなんじゃなかったのにね」
「それはまぁ……思春期だったから。サラも思春期真っ盛りだから、きっとお兄さんに素直になれないんだと思うよ? 恥ずかしがって気持ち隠して変に誤解させるから、素直に仲良し兄妹やれないんだよ?」
「……いーの、私は。それでいいの」
それだけ言って、私はニヤニヤしている友達を置いて歩き出した。
「あ! 待ってよサラ! 一緒に帰ろうって!」
「ほらほら、早く来ないと置いてっちゃうよー?」
「……言うほど離れてないし足も早くないけどね。でも待ってー!」




