149.何でもない日
「……んけぇ」
「どうしたエイジ? 変な声出して」
「……ん? あ、いや、暇だなぁって」
学校が終わり、課題も終わった僕は、ソファーに座りながら何となく天井を見上げていた。
やることがない。何もすることがない。ソシャゲのデイリーも終わらせたし、録画していたアニメやドラマも見終わった。今から遊びに行くには遅い時間だし、何より相手がいない。
「本でも読んだらどうだ? そうだな……今月の私のおすすめは……うむぅ……」
と。僕の膝の上に座る吸血鬼、クティラが僕と同じく天井を見上げながら唸り始める。
クティラには悪いけど、本を読む気は今、あまり起きない。大体長いし、文字だらけだと疲れるし。ギャグ漫画をテキトーに読み流す程度の体力しか今はない。
「お兄ちゃーん?」
「……ん?」
突然、後ろから僕を呼ぶ声。僕をお兄ちゃんと呼ぶ人間は一人しかいないので、誰が僕を呼んだかはわかっている。
とりあえず身体を動かして、振り返って確認する。案の定そこにいたのは、僕の妹のサラだった。
「ちょ……エイジ勝手に動くな……落ちるだろうが……!」
「あー……ごめんごめん」
不満を述べるクティラをテキトーに受け流し、僕はサラに話しかける。
「で、なんだよ? サラ」
僕が話しかけると、サラは何故かポケットの中を探り始める。
数秒後、彼女は己の掌に紙に包まれたもの何かを二つ乗せながら、僕に見せてきた。
「このチョコ飽きちゃったんだけど……一つ食べる? クティラちゃんもどう?」
「食うぞ! 寄越せ! 早く!」
「……僕も貰っておこうかな」
「りょーかい! 投げるよー……えいっ」
僕たちが返事をすると同時に、サラがチョコを一つずつ手に取り、ポイポイっと投げてきた。
かなりコントロールがいい。サラの投げたチョコはしっかりと僕たちの元に辿り着いた。
隣のクティラが片手でバシッと格好良く受け取る。僕もそれを真似しようと片手で取ろうとしたが、普通に失敗して地面に落としてしまった。
「えー……お兄ちゃんダサっ」
「……うるせぇよ」
僕は膝の上に乗っているクティラを落とさないように、慎重に屈みながら地面に落ちたチョコを取る。
無理な動き、無理な格好をしたからか、腰が一瞬痛む。バキッてなった気もする。
「んじゃ、バイバイお兄ちゃん。ご飯できたら呼んでね〜」
と。サラは僕たちに手を振りながら、リビングを出て廊下を歩き、自分の部屋へと戻っていった。
僕とクティラはそれを何となく見送る。共に彼女に貰ったチョコを食べながら。
「……エイジ、苦いなこのチョコ」
「ん? そうだな……僕は好きだけど」
「これはこれで良いのだが……やはり、チョコは甘い方が好きだ、私は」
「どっちかと言われたら……僕も甘い方が好きかな」
などと話しながら、僕たちは暇な時間を過ごす。
何も起きず、何も目立った事のない、チョコを食べるだけの時間を。
「……うむ。食べ終えたので、本の続きを読むとしようかな」
と。何故かわざわざ報告をしながら、クティラは持っていた本を持ち直し、僕の膝の上に座り直し、読書を再開する。
(僕に何かおすすめしてくれるんじゃなかったのか……)
そんな風に思いながら、正直どうでも良いので口には出さずに、僕もチョコを食べ終えた。
何となく座り心地が悪いので、クティラの邪魔にならないよう細かに静かに動き、僕は座り直す。
配慮したおかげか、クティラは特に不満も何も述べず、僕の行動には気付かぬまま、本を読み続けている。
何も起きない。静かな時間。ただただ、暇な時間。
(……たまには、こういうのもまあ、悪くないかな)
僕は心の中でそう呟いてから、また、何となく天井を見上げた。




