15.フラグっぽい何か
「……あ、ねえエイジ」
こちらに視線を寄越さずに、卵焼きを口に運びながらリシアが僕の名前を呼ぶ。
パクり、と卵焼きを一口食べてから、彼女はじっと見つめてきた。
「……ん」
すると、彼女は何も言わずに、ゆっくりと手を伸ばしてきた。
僕は思わずビクッとなりかける。リシアは一体、どこに手を伸ばそうとしているのだろうか。
まさか、もしかして、僕の肩に向けて、彼女は手を伸ばしている?
徐々に、徐々に近づいてくる。細長く、透き通るような肌をしたリシアの手が、腕が。
変にドキドキする。ここでもし、彼女がクティラを手に取ったら、僕はどう反応すればいいんだろう。
「え……」
と、思わず僕は声を出してしまった。リシアが触れたのは僕の肩ではなく、そこに乗っているクティラでもなく、僕の口元。
滑らかな指がそっと触れる。やけにスベスベしていて、奇妙な感覚。
「ほら、お米ついてたよ?」
ビシッと、自身の人差し指を見せつけてくるリシア。そこには確かに、米粒が一つ付いていた。
「あ、ありがと……」
とりあえずお礼を言う。言ってくれれば自分で取ったのに。
「なるほど……ふふふ……面白い面白い……」
と、クティラが嘲るように、ぶつぶつと呟き始めた。声が小さすぎて、耳元で喋られているにも関わらず、聞き取れない。
とりあえずクティラは無視して、僕は机の中に手を突っ込み、奥にあるティッシュに触れて一枚抜き取った。
「ほら、これで拭けよ」
と言いながら、僕はリシアにティッシュを渡す。
すると何故かリシアは驚いたような顔をして、少し頬を赤く染め、それを受け取った。
「あ、ありがと……エイジ」
「バカエイジ……さっきのリシアの行動を見ていなかったな?」
クティラが軽くクイクイと耳たぶを引っ張ってくる。こそばゆくて笑いそうになるが、僕はそれを必死に堪える。
とりあえず早く弁当を食べて、隙を見てクティラを机の中にしまおう。そう決めて、僕は弁当箱を手に取り、勢いよく中身を食べ始めた。
「わあ……急にがっつくねエイジ。さっき好きなものはちょっとずつ食べるーって言ってたのに……」
そんなリシアの呟きを聞いて、僕は一瞬固まる。
そういえば、そんな設定あったっけ。言ったような気がする、言ってしまった気がする。
とりあえず僕はここで変な反応はせずに、勢いそのままに弁当を食べ終え、ふぅとため息をついた後弁明を始めた。
「途中まではちまちま食べて……最後に一気に食べるのが好きなんだ」
「へえ……そんな変な食べ方だったっけエイジって」
「……そうです。そう言う変な食べ方です」
「なんで敬語……?」
やっぱり違和感を持たれたか、持たれていたか。当然だ、幼馴染で仲がいいんだから何回か共に食事をしたことがある。それ故、彼女は普段の僕の食事ペースを知っているのだ。
クティラの存在をなるべく悟られないよう、カモフラージュをしようとしたのが失敗だった。特に誤魔化そうとせず、言い訳みたいなことも言わず、これが当たり前と言わんばかりにそのまま弁当を食べ続けるべきだった。
「あ、そうだエイジ。言い忘れてた」
少し目を見開いて、今思い出したかのような反応をするリシア。
じっと僕の目を見つめて、少し笑みを浮かべて、人差し指を真っ直ぐに立てながら、リシアは口を開いた。
「今日エイジの家行くことになったから、よろしくね」
「……えぇえ?」
「な、何その変な声……」
あまりにも急で、あまりにもタイミングが良くて、あまりにも衝撃で。僕はつい変な声を出してしまった。
リシアがウチに来たのなんて中学生の頃、いや、小学生が最後だし。今現在彼女にはヴァンパイアハンター、もしくは吸血鬼かもしれない疑いがかかっている──向けている──このタイミングでのお宅訪問。
あまりにも都合が良すぎて、あまりにもフラグが立ちすぎていて、心配になる。
漫画とかアニメだとこの後判明するんだ。リシアがヴァンパイアハンターなのか、吸血鬼なのか、それとも普通の人間なのか。
判明するからには何かしらのイベントが起こると言うわけで、それ即ち面倒ごとが起きると言うこと。
僕は固唾を飲んで、じっとリシアの目を見つめながら、力強く小さく頷いた。
「わかったよリシア……今日来るんだな、僕のウチに」
「きゅ、急に真面目なトーン……?」
オロオロと、わかりやすく動揺するリシア。それは演技か、あるいは天然か。
どちらにしろ、リシア関係で何か起こるのは確定だ。まさか幼馴染のリシアまで巻き込まれるとは思っていなかった。僕の身に起きている不思議な出来事に。
覚悟しなければ。備えなければ。面倒ごとに対してしっかりと──
「何カッコつけてるんだエイジ」
(……今いいところなんだから静かにしててくれ)
せっかく盛り上がっていたのに、クティラに水をさされた。
僕は心の中でだけため息をつく。クティラに聞こえるように、大きく。




