147.ぴえぴえ
「そうそう……こうしゃがんで……そこに手を置いて……よし! クティラちゃん完璧! ほら見て自分の影! 猫みたいでしょ! 凄いでしょ! 今流行ってるらしいんだー」
「なるほど……ぼやけているが確かに、猫に見えなくもない。初めに考えついた者は凄いな、素晴らしいな」
「外だったらもっと綺麗に見えるんだけどねー」
お昼を食べ終えた僕と咲畑さんが教室に帰ってくると、奥の方でクティラと若井さんが楽しげに遊んでいた。
そんな彼女たちを見て、僕の隣にいる咲畑さんが笑みを浮かべながらも、不満そうに静かに唸っている。
「ふーん……アム、私以外とも意外と仲良さげじゃん? ちょっと嫉妬しちゃうかな……愛作くんはどう? 愛しのクティラちゃんが他の女の子とイチャついているのを見て」
「いや、別に……」
「えー……本当に結婚してるの? クティラちゃんと愛作くん」
「……ノーコメントで」
呆れるように僕を見て、咲畑さんが大きくため息をつく。
実際、僕とクティラは婚約などしていないから、僕のこの反応は仕方がないと思う。あの日あの時、クティラがテンパってあんな事言わなければ、こんな面倒くさい設定は僕に付かなかったのに。
「さ、愛作くん。お互い所属する仲良しグループに戻ろっか♡」
腕を組みながら、何故かニヤニヤしながら咲畑さんが言う。
僕は彼女の言葉に声では返事をせずに、その場で静かに頷いて返した。
「さて……アムをどう揶揄うかな……♡」
悪戯っぽく笑いながら、咲畑さんが歩き出した。
僕もそれに続く。数秒歩いた後、僕たちはあっという間にクティラ達の元に辿り着いた。
「たっだいまーアム♡ いい子にしてた? 迷惑かけなかった? 仲良くなれた?」
「……咲は私の保護者か何かなの?」
ニコニコ笑みを浮かべながら、小さい子供をあやすように若井さんを撫でる咲畑さん。二人ともそれなりに身長差があるから、親子と言うよりは姉妹に見える。
「咲が帰ってきたと言うことは……うむ、やはりな。早かったなエイジ。やることやってきたのか?」
と。何故かドヤ顔をしながら、我が家自慢の居候吸血鬼が僕に気付き、話しかけてきた。
僕は彼女に視線を向け、ため息をつくかのように返事をする。
「誤解を生みそうな言い方するなよ……」
「ふふふ……この程度で誤解など生まれるはずがなかろう。漫画やアニメではないのだからな、現実は」
「吸血鬼がそれ言うかよ……っと、そういえばリシアは?」
クティラと会話をしている途中、僕はリシアが居ないことに気づいた。
確か彼女は、クティラたちと一緒にお昼を過ごしていたはずだ。
「リシアお姉ちゃんか? お手洗いに行っているぞ」
「あー……なるほどな」
うまい具合に入れ違ってしまったようだ。けれど、別に早退したとかではないので、ここで待っていればすぐに再会できるだろう。
僕はなんとなく手をポケットに入れてから、リシアを待つために空席状態の自分の席へと座った。
それと同時に、教室の扉が小さな音を立てながら開かれる。普段は気にならない小さな音、だけど今回は何故かそれに反応してしまい、思わず教室の扉の方を見てしまった。
そこに立っていたのは、扉を開けたのはリシアだった。どこか元気がなそうな、憂鬱そうな顔をしている。
ゆっくりと右足を動かし、リシアは教室に入ると同時に顔を上げる。そんな彼女と僕は、目がバッチシ合った。
「……エイジ……!?」
それと同時に、リシアは嬉しそうに笑顔を咲かせる。その直後、先ほどまでのゆっくりとした動きが嘘かのように、彼女は何人たりとも視認不可能であろう素早さで動き、一瞬で僕の目の前に現れた。
「エイジ! おかえり! 寂しかった……私寂しかったよ!」
と。彼女は嬉しそうな声色で叫ぶかのように声を発しながら、僕の両手を自分の両手で優しく、されど力強く握り、ぶんぶんと自分の腕ごと上下に振り始めた。
「……ッ!? リ、リシア……!」
「えへへ……エイジがいる……アムルちゃんもクティラちゃんも好きだけど……やっぱり私……エイジとサラちゃんが好き……」
「あ、あの……リシア……!」
嬉しそうにぴょんぴょん跳ねながら、変わらず両腕を上下にぶんぶん振り回すリシア。
僕の耳たぶに熱が帯びる。頬が燃えているかのように熱い。僕はそれらに耐えきれず、思わずリシアから顔を逸らしてしまう。
「ぴえ? エイジ、どうして恥ずかしがってるの? 私はこんなに嬉しいのに……!」
「えっと……その……みんな見てるから……!」
「……ぴえ。ぴぇ……!?」
と。正気に戻ったのか、リシアが顔を爆発させた。まるで茹でタコのように、猿の尻のように、誰が見てもわかるように顔を真っ赤にさせている。
途端に湧いてきた羞恥心をどうしうもないのか。リシアはぶつぶつと何かを呟きながら、僕の後ろにゆっくりそっと隠れた。
「ぴぇぇぇぇぇぇぇぇ……」
変な声を出しながら、プルプルと震える手で、リシアは僕の肩を掴む。
リシアのプルプルがこちらまで伝わり、僕も震えそうになる。て言うかもう、震えさせられている。
「……リシアちゃんって、愛作くんのことそんな好きだったんだ。幼馴染なんだっけ……幼馴染ってこんなんなんだ……」
「ふーん……そゆことね♡」
「ふむ……たまには弱気なリシアお姉ちゃんを見るのも良いな」
近くにいる三人の批評を聞き、リシアがさらに激しく小さく細かく震え始める。
僕はそんな彼女を落ち着かせるため、最低限フォローするため、とりあえず頭を撫でておいた。
「ぴぇ……いつもと立場が逆……良くないけど良かったかも……」
すると、リシアの震えが少し収まってきた。気がする。
リシアは意外と頭を撫でられるのが好きだから、条件反射で気持ちが少し落ち着いたのだろう。サラがいれば、サラに撫でてもらったんだけど。リシアもそっちの方がいいだろうし。
「それじゃあ私とアムは行くね♡ 愛作くんと安藤さん……お幸せに♡」
「ふぇ? ちょ、押さないでよ咲……! リシアちゃん、クティラちゃん! 後でまたメッセ送るからー!」
と。何故か僕たちを見ながら、ニヤニヤと嬉しそうにしながら咲畑さんが若井さんを後ろから押し、彼女たちの席へと戻っていった。
クラスメイトの関心も落ち着いたのか。辺りを見回すともう誰も、僕たちを見ていなかった。
「ほらリシア、もうみんな飽きたよ。リシアに……っていうか、僕たちに」
「……ぴぇ……ありがとエイジ……盾になってくれて……ぴぇ……」
僕が状況を報告すると、相変わらず顔を真っ赤にしたまま、リシアは立ち上がり僕の隣の席へと座る。
そんなリシアをクティラが、誰から貰ったのか買ってきたのか、いつの間にか持っていた棒アイスを齧りながら見ていた。
「……もしかして、今回のリシアお姉ちゃん、ぴえぴえ回数ランキング一位なんじゃないか?」
「……何を言ってんだお前は」
わけのわからない事を言うバカ吸血鬼に対しため息をついて、僕は何となく天井を見上げる。
「……早く学校、終わんねぇかな」
そんな事を思いながら、呟きながら。




