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145.二人っきりの昼休み

「いい天気……空が澄み渡ってると気持ちが何だか軽くなるよね。悩みとか、辛さとか、太陽が照らしてくれて……優しい風が吹き飛ばしてくれて……どうにでもよくなっちゃいそう」

 彼女の言う通りに、僕と咲畑さんは太陽に照らされ、心地よい風に吹かれていた。

 二人っきりで。校庭ではなく、屋上で。

「咲畑さん……思いっきり立ち入り禁止って書いてあったけど、いいの?」

「んー? 案外細かいこと気にするんだね愛作くん……大丈夫大丈夫♡ 見つかって怒られても、老若男女問わずここに勤務する大人の弱みは……私、ちゃーんと握っているから♡」

「……へぇ」

 自信満々に笑みを浮かべる咲畑さんに、僕は何も言えなかった。

 どうして弱みを握っているのか。少し気になったけど、本能で聞かない方がいいと察した。

「ほら……こっちおいでよ。一緒に食べよっ、お昼」

 と。スカートをひらひらはためかせながら、先ほどとは打って変わって、優しい雰囲気を纏いながら可愛らしく微笑みながら、咲畑さんは言った。

 彼女はそのままその場に座り込み、こっち来いこっち来いとアピールするように地面を叩く。僕は返事はせずに、その場で頷いてから彼女の元へと向かう。

「座って座って♡」

「……うん」

 彼女に言われるがまま、僕はその場に座り込む。と同時に、咲畑さんは僕に寄っ掛かるように、自分の肩を僕の肩に乗せてきた。

 それと同時に、彼女の綺麗な茶髪が揺れ、甘い香りを鼻腔へとただ寄せてくる。サラやリシアとはまた違って匂いに、僕は思わず心臓を高鳴らせてしまう。

 すぐに、咲畑さんに気づかれないように深呼吸をして、僕は自分を落ち着かせる。

「……バレてるからね、ドキッとしたの♡」

「……ッ!?」

 上目遣いをしながら、僕を嘲るように笑みを浮かべる咲畑さん。

 僕は恥ずかしくなって、申し訳なくって、つい彼女から顔を逸らしてしまう。

「恥ずかしがらなくてもいいよ? 私、男の子をドキドキさせるプロなんだから♡ 正常な反応、当然のときめき。誤魔化す必要なんてないよ……寧ろ、ドキドキしろーって思いながらやってるんだから、私は嬉しいよ♡」

「いやでも……咲畑さんってさ……本当はこういうの嫌いって──」

「それはそれ、これはこれ♡」

 と。僕が喋っている途中に咲畑さんは、白魚のように綺麗な細い人差し指で僕の口を塞いできた。

 それに、その行為にまた、僕は意識せずともドキドキしてしまう。

「ほら。そろそろ食べよ? いただきまーす♡」

 咲畑さんはニコッと笑みを浮かべると、僕の口から人差し指を離し、それと同時に両手を合わせて「いただきます」をした。

 僕もそれに倣い合わせて、両手を合わせて「いただきます」と呟く。

「へぇ……愛作くん、自前のお弁当なんだ。誰が作ったの? 愛作さ……えっと、お嫁さんのクティラちゃんにでも作ってもらったのかな♡」

「いや僕が……テキトーに冷凍食品を詰め込んだだけだよ」

「ふーん……案外家庭的なんだね」

「そう……かな……?」

「そうだよそうだよ♡ いいなー……今度私にも作ってもらおうかな……」

 咲畑さんはコンビニ弁当を、僕は自前の弁当を食べながら、お互い顔は見合わせずに、僕たちは会話を続けていく。

「はぁ……午後の授業、憂鬱だなぁ。面倒くさいなぁ……愛作くんもそう思わない?」

「まぁ……楽しみではないかな」

「だよねー……。ていうか学校自体面倒で嫌いっていうか……私、アムが居なかったら絶対不登校になってたと思う」

「仲、いいんだね」

「うん……めちゃくちゃね♡ 愛作くんも仲良い子いるよね? クティラちゃんはお嫁さんだからノーカンで……そう! 安藤さん! すごい仲良いよね二人とも」

「リシアはまあ……幼馴染だからかな。小さい頃からずっと一緒だから……」

「へぇ……男女の幼馴染関係とか本当にあるんだ、実在するんだ。私、リアルでは初めて聞いたかも……いつか伝説の木の下で告白とかしたりするのかな?」

 世間話が続く。毒にも薬にもならない、他愛ない世間話が。

 僕はそれに、少し違和感を感じていた。世間話は嫌いではないけれど、それ目的で僕たちは屋上へ来たわけではない。

 けれどそれをわざわざ指摘するほど、僕は空気を読めない男ではない。つもりでいる。咲畑さんが切り出してくれるのを大人しく待つことにしよう。

「……ねぇ愛作くん、気になってるよね? 私の言う相談ってなんだろーって♡」

「……っ!?」

 ニヤニヤと笑みを浮かべながら、悪戯っぽく笑いながら、僕の頬を突きながら煽るように言う咲畑さん。

 あまりにもタイミングが良すぎる。僕が表情に出やすいのか、あるいは咲畑さんが実は心を読めたりするのか。

 どちらにしろ図星なので、僕は何も言わずに、ほんの少し顔を逸らしながら頷く。

「……あれね、実は嘘♡ 今は別に……愛作くんに相談したいような悩みは抱えてないんだぁ……♡」

「え……? じゃあなんで……?」

 僕は思わず、首を傾げながら問う。すると咲畑さんはゆっくりと僕から視線を逸らし、どこか儚げな表情で遠くを見つめ始めた。

「……ちゃんと、謝っておきたいなぁって思ったから」

 手に持っていた弁当を床に置き、咲畑さんが僕をじっと見つめてくる。

 どこか濡れたような瞳、大きく可愛らしい吸い込まれそうな瞳で、彼女は僕をじっと見つめてくる。

 そんな彼女に見つめられるのが恥ずかしくて、僕は思わず顔を背けそうになる。だが、羞恥心を必死に抑え、僕は彼女を見つめ返す。

 とても真面目な雰囲気。とてもシリアスな声色。そんな雰囲気の中で、僕の持つくだらない羞恥心で、咲畑さんから目を逸らすわけにはいかないから。

「……言い訳がましいけど、私、優しい言葉とか全然信じらなくてね。何度も何度も聞いてきたけど……結局上辺だけでさ、誰も本気で私のことなんて……多分、考えてくれてなかった。けどね、愛作くんはさ……あはっ♡ 口に出すと笑っちゃうくらい馬鹿らしいけど……必死に勃起するの、我慢してくれたじゃん?」

「……っ」

 確かに、彼女の言う通り、昨日の僕の行動はあまりにもバカバカしすぎる。

 咲畑さんも珍しく、恥ずかしそうに頬を赤く染めている。それを見て、僕は余計に恥ずかしくなってくる。

「……嬉しかったよ? 本当に嬉しかった。勃っちゃうのを我慢する行為がじゃなくて、私のことを考えてくれてそれを実行してくれた、あなたの優しい気持ちが……」

「……咲畑さん」

「改めて……ごめんね愛作くん。クズとか、最低とか、あなたのことをよく知りもしないで罵倒しちゃって……気持ちに任せてあなたの事を叩いちゃったりして……本当に、ごめんなさい」

 普段の明るさ、妖艶さとは正反対に。大人しい雰囲気で、奥ゆかしいで感じで咲畑さんは頭を下げる。

 人生で初めて、された気がする。本気の謝罪、誠意ある謝罪、気持ちが込められた本気の謝罪を。

「……えっと、僕は別に気にしてないよ。だからその……咲畑さんもそんなに気にしないで」

 僕はすぐに返事をした。咲畑さんが本音で謝罪してくれたのならば、こちらもしっかりと本音で伝えなければ。彼女の行為に対する僕の気持ち、謝罪を受けて沸いた僕の気持ちを。

「……愛作くんって優しいって言うか……ううん、なんでもない……」

「へ?」

「……本当に何でもない。あはっ♡ ありがとね愛作くん……こんな私を許してくれて、こんな私を……認めてくれて」

 と。咲畑さんはいつも通りの笑顔を浮かべながら、ほんの少し目元に涙を携えながら、元気よく言った。

 そんな彼女の表情や仕草を見て、僕も嬉しい気持ちになる。だって昨日のような、側から見ていても辛そうな姿とは全くの正反対で、とても嬉しそうな姿をしているから。

「……愛作くん。またここでお昼、二人っきりで食べようね」

 と。咲畑さんは立ち上がりながら言う。

 優しい風に吹かれ、髪と制服を緩やかに静かに揺らす彼女の姿を見ながら、僕は頷いて言った。

「……うん。咲畑さんがいいなら僕は……いつでも」

「……あはっ♡ 改めて、お友達としてよろしくね♡」

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