144.相談事……♡
キンコンカンコーンと鐘が鳴る。それと同時に、私の前に座るアムが腕を下に伸ばしながら背伸びをした。
小さな声で、持ち前のカワボを駆使して、アムは唸る。プルプルと震えているのが小動物みたいで可愛らしい。
「お前ら。授業中に言った課題、ちゃんとやってくるんだぞ」
と。授業をしていた教師が教室を出る寸前、最後に一言何かを呟いた。
どうでもいいから聞いてない。ごめんね、私悪い子だから。
「……ん……っ……!」
私は目の前に座るアムに倣って背伸びをした。私がそれを終えるとほぼ同時に、タイミングを見計らっていたのか、アムが私の方にちょうど良いタイミングで振り返った。
「お昼だよ咲、一緒に食べよっ」
手に持ったお弁当箱をこれみよがしに持ち上げ、ニコッとアムが笑う。
それを見た私は鞄からコンビニ弁当を取り出す。そして、アムに向かって首を振りながら立ち上がった。
「ごめんアム……今日、先約がいるんだ♡」
「え……えー!? なんでなんで!? え、ちょっと待って……咲って私以外に友達いたっけ……?」
「ちょっと……何気に失礼じゃない? アム?」
「だって……!」
と。少し怒ったような口調で不満を漏らしながら、アムが立ち上がった。
そして彼女は、手に持っていた弁当をその場に置き、ガシっと勢いよく私の空いている手を取る。
「うぅ……! 私より優先する相手って誰!? 誰なの!?」
頬を少し膨らませながら、握っている私の手を上下にブンブンっと振るアム。勢いが結構強くて、下手したら私の手、取れちゃいそう。
私は暴走しかけているアムの頭を優しく撫でてから、私の言う先約先客選択した生徒を指差す。
「あそこにいる男の子……愛作くん♡」
「ふぇ……? ふぇぇえええええええ!?」
*
「くくく……エイジよ! ついに始まった気分だなッ! 私たちの学校生活が……ッ!」
弁当箱を片手に持ち、空いている手を腰に当てながら、我が家名物のバカ吸血鬼が高らかに宣言する。
そんなクティラを見ながら、僕は思わずため息をついてしまった。
「お前……食うか寝るかしかないのか?」
「うむ、三大欲求だからな。私は存外欲には忠実なのだ」
「……そっか」
ツッコむ気力も指摘する気力もない僕は、テキトーに返事をした。これ以上会話が続かないように。
変に踏み込むとクティラがまた五月蝿くなるからだ。無視はせずに、それなりに構ってやって、しれっと会話を終わらせる。これがクティラへの対応として一番だと最近気づいた。
「えへへ……エイジ、お邪魔します。お邪魔します、エイジ」
と。ドヤ顔で立つクティラの背後から、笑みを浮かべながらリシアがそう言った。
両手でお弁当箱を持ち、言葉にはせずに彼女はお昼ご飯を一緒に食べようとアピールしてくる。
(なんでお邪魔しますを二回言ったんだろう……)
抱いた疑問を口には出さずに、僕はリシアを見ながら頷いた。
僕の意を汲んだリシアはニコッと笑いながら、何故かクティラを一回撫でてから空いている席に座る。
「……愛作くん♡」
「へ!?」
リシアが座ったと同時に、僕の耳元で甘い声が囁かれた。
淫靡さを感じさせる声、ふわっと触れた吐息。その全てに驚き、僕は思わず悲鳴を上げてしまう。
すぐに振り返る。何が起きたのかを知るため、誰がしたのか正体を知るために。
「あはっ♡ そんなに驚かなくてもいいじゃん……♡」
そこにいたのは、コンビニ弁当片手にニヤつく咲畑さんだった。
「咲畑さん……!?」
「む! 咲か! 何の用だ?」
「……ぴぇ」
「あはは……反応が三者三様」
僕たちの反応を見ながら、楽しそうに、けれどどこか困惑したように。咲畑さんは笑みを浮かべる。
すると、彼女は細く綺麗な腕を何故かこちらに伸ばしてきた。
そしてそのままそれは、僕の肩の上を通り、まるで蛇のように指を動かしながら、彼女は僕の顎に指を添えた。
「……ッ!?」
突然触れられ、僕は思わず全身をビクッとさせてしまう。
そんな僕をクティラは特に表情を変えずに、リシアはどこか怒っているかのような顔で見つめている。
「ごめん愛作くん……私に付き合ってくれないかな?」
ニコニコ笑みを絶やさずに、静かに小さくされどハッキリと彼女は言う。
直後。彼女は僕の耳元に近づき、今度はリシアとクティラに聞こえないよう、本当に小さな声で呟いた。
「相談……乗って欲しいんだ」
(……っ!)
それを聞いて、僕は彼女との先日の出来事を思い出す。
追い詰められていた咲畑さん。あの顔を思い出すと、僕は彼女の頼みを断れなかった。
僕は了承の意を咲畑さんに伝えるために、その場で力強く頷く。
「あは……♡ やっぱ優しいね愛作くん……正直それだけだと魅力不足だけどね……」
と。彼女は僕だけに聞こえる声量でどこか嘲るように、されど嬉しそうに言った。
直後。咲畑さんは僕の顎から手を離し、何故かポンっと今度は頭の上に手を置いた。
「と言うわけで愛作さん、安藤さん。申し訳ないけど愛作くん、借りていくね」
「うむ。まあいいだろう。利子は取らないから安心するといい」
「ぴぇ……! クティラちゃん……!? うぇぇ……うぅ……エイジが行きたいなら……うん……行ってらっしゃいエイジ……ぴぇ……」
ドヤ顔で自身の所有物であるかのように貸出を許可するクティラ。それに対して、リシアは露骨に嫌そうに俯きながら僕との別れを惜しんでくれた。
(ごめんリシア……先に約束してたのに)
ズキンっと心が痛む。本当は咲畑さんの誘いを断るべきなのだろうけど、昨日の彼女の様子を思うと、僕にはそれはできなかった。
「ごめんリシア……マジごめん……」
「なんか謝罪が軽いけど……いいよ……私、気にしてないから……ぴぇ……」
(ぜ……絶対気にしてる! クソ……! 本当にごめんリシア!)
僕は心の中でも必死に謝る。全力で謝る。咲畑さんとの話が終わったら、ちゃんと改めて口に出してしっかりと謝ろう。
「さてと……愛作さん、安藤さん。愛作くんがいなくなって寂しいよね? というわけでその代わりに! 私の親友親友大親友のアムを置いてくね! ほらアム、自己紹介自己紹介♡」
と。突然、咲畑さんの隣にアムルが現れた。
じーっと。目を細めて、ジト目で咲畑さんを睨みつけている。
「アムでーす……はぁ……恥ずかしい……」
わざとらしく大きくため息をつくアムル。そんな彼女を、咲畑さんはニヤニヤしながら撫でた。
「ふむ……アーちゃんか。悪くない、しっかりと等価交換だ」
「アーちゃん言うなしっ」
「あいたっ」
アムルがクティラを叩くと同時に、咲畑さんは僕の背に手を当て、くるりと回転させクティラ達に背を向けさせる。
「じゃあ行こっか……別の場所。ここで相談とか流石に無理だしね……♡」
「う、うん……」




