138.川の字
「ふわぁ……むにゃ……明日も学校か。エイジよ、学生とは辛いものだな。将来に備えこうも必死に生きなければならないとは……」
「お前……学校行っても寝てるだけじゃねえか」
午後十二時過ぎ。僕とクティラは同じベッドの上に座っていた。
今日も彼女は僕と一緒に寝るらしい。ミニクティラ状態の時はまだしも、通常クティラだと一々色々と配慮いなければならないから面倒臭い。
本当はサラの部屋で寝て欲しいけれど、どうせ何を言ったって聞かないから正直諦めてる。それ故、受け入れるしかない。
僕はわざとらしく、クティラにしっかりと聞こえるよう大きなため息をついてから、ゆっくりと布団の中に入る。
するとそんな僕を真似てか、クティラもほとんど同時に布団の中へと潜り始めた。
「クティラちゃん、お兄ちゃん、電気消すよー?」
「うむ。いいぞ、サラ」
「ありがとサラ……ん? サラ?」
なんか今、本来この部屋には居ないはずの妹の声が聞こえてきた気がする。
僕は思わず起き上がり、部屋の照明のスイッチがある場所を見た。
そこには、パジャマ姿の妹、愛作サラがさも当然かのように立っていた。
「ん? どうしたのお兄ちゃん。お手洗いでも行くの?」
「ちげぇよ……なんで居るんだよサラ。何でお前が今ここに、この時間に居るんだよ」
「はい、電気消しまーすっ」
「聞けよ……」
僕の言葉をガン無視して、サラはパチンっとスイッチを押して照明を消し、少し早歩きでベッドへとやって来た。
ぴょんっと、少し勢いをつけて乗り込むサラ。ゴソゴソと掛け布団をに潜り込んでいく。
「えへへ……クティラちゃんあったかいね……」
暗闇で表情はわからないが、明るい声色でサラが言う。
それと同時にクティラの小さな悲鳴が聞こえてきた。多分、サラにぎゅっと抱きつかれたのだろう。
「……で、サラ。何でお前まで僕のベッドで寝るんだよ」
「んえ? だって私一人で寂しいんだもん……なんか……今日は寂しく感じて……ね」
「だからってな……」
「私は別に、全然気にしないよ? お兄ちゃんと寝るの。でもやっぱりちょっと狭いかなぁ……お兄ちゃん、床か廊下で寝れば?」
「何で僕が……。そもそもこのベッドは僕のベッドだ。出ていくならお前かクティラのどっちかだろ」
「あーひどーい。女の子に床で寝ろって言うの? 硬くて冷たくて寝心地悪い床に?」
「それがわかっているなら人に提案するんじゃねえ」
「んー……でもさ、よく言うじゃん? 男は床で寝ろッ! って」
「言わねえよ……」
「……言わないかぁ」
そんなしょうもない会話をサラとしながら、僕はゆっくりと目を閉じる。
明日も学校があるし、正直狭くて落ち着かないし。とっとと寝て朝にしてしまう。
そう思いながら僕はサラとの会話を途中で切り、寝落ちしたと見せかけるためにわざと呼吸音を大きく出す。
「……あ、クティラちゃんもう寝てる」
サラの独り言が、静かな部屋に響く。
僕はそれに一瞬反応しかけたが、それを必死に抑え、寝たふりを続ける。
目を閉じて、何も考えないように。否、あえて羊を数えて。寝る準備に入る。
羊が一匹。羊が二匹。羊が三匹。
「ねぇお兄ちゃん……」
羊が四匹。羊が五匹。羊は六匹。
「お兄ちゃんってば」
羊が七匹。羊が八匹。羊が九匹。
「……言っておくけど。寝てるフリしてるの、バレバレだから」
と。十匹目の羊が登場する直前、少し怒ったような声色で言いながらサラが僕の頬を突いてきた。
それに反応して僕は目を開けてしまう。それと同時に、僕の脳内に羊が現れた。
僕の頭の中に出てきた十匹目の羊は柵を越えられず足をくじいてしまい、痛そうにメェーメェーと鳴き始める。なんて不憫なんだろう。
──じゃなくて。
「……何だよ、サラ」
僕はため息混じりに、僕の頬を突く妹の名を呼ぶ。
すると彼女は頬を突くのを止め、何故か上半身だけ起き上がらせる。
暗闇に目が慣れてきたからか、サラの顔がハッキリとわかる。じっと、彼女はじっと僕を見つめている。
「その……さっきはごめんね。バカ……って言っちゃたの。お兄ちゃん、何も悪いことしてないのに」
「……へ?」
突然、申し訳なさげに、顔を俯かせながらサラは僕に謝ってきた。
僕は思わず、まくらに頭を乗せたまま首を傾げてしまう。どうしてサラは今、僕に謝ったんだろうと。
「……あはは、急にごめんね。でもね……何となく謝っておかないとなって思ったの」
苦笑いをしながら、サラは話を続けていく。
「……あのさお兄ちゃん。私のこと、嫌いにならないでよね。私は……お兄ちゃんのこと、ちゃんとお兄ちゃんとして……好きだから」
「……バカ。何言ってんだよ」
恥ずかしい事を言ってきたので、僕は自分の抱いた羞恥心を隠すようにサラを罵倒した。
どう反応すればいいのかわからない。普段は生意気娘全開のくせに、たまにこうやって急に甘えてくるから困る。
でも、気持ちはわからないでもない。昔から両親は仕事で遅いことが多かったし、寂しがりやだったサラが今でも時折こうして、唯一近くにいる肉親に甘えてしまう気持ちは。
「……ほら、明日も学校あるんだからさ。早く寝ろよ」
「……うん、そだね」
僕は寝返りを打ち、彼女に背を向けた。
そのまま、ぎゅっと目を閉じる。眠るため、寝るために。
「お兄ちゃん……おやすみっ」
「……うん。おやすみ」




