136.1タップに全てを込めて
「じー」
「……サラ」
「……じー」
「サラ……?」
「じー……」
「……サラさん?」
クティラが珍しく一人で風呂に入っている時間。ソファーに座っている僕は、何故か妹のサラに睨みつけられていた。
彼女はじっと僕を睨みつけている。スマホをいじるフリをしながら僕を見つめてくる。わざわざじーっと擬音を声に出しながら見てくるので、バレバレだが。
「……ねえお兄ちゃん」
と。沈黙を貫いていたサラが声を発した。
どこか真剣な、少し不機嫌そうな、そんな声色で彼女は僕の名を呼ぶ。
「なんだよ……」
僕は座りながら少し移動して、サラからほんの少しだけ距離を取ってから返事をした。
するとサラは避けた僕に近づいてきて、再び何も言わずにじっと見つめてくる。
じっと。じっと。じっと。サラは見つめてくる、サラが見つめてくる。
「お兄ちゃんってさ……運、良い?」
「は……?」
「いいから答えて、早く答えて。ハリーハリーハリーハリーハリーハリーハリーハリーハリーハリーハリーハリーハリー!」
顔全体を黒い影で覆いながら、目だけを光らせ、人差し指で僕を差しながら物凄い早口で答えを催促するサラ。
それに気圧され、僕はしどろもどろに答える。
「えっと、えー……その……知らんけど……?」
すると、彼女は目にも止まらぬ速さで左手を動かし、僕の目の前に自分のスマホを差し出した。
「お兄ちゃん……私ね、今ね、全然運が無いの。この子を当てられる気がしないの。わかる? それが怖いんだよ私。だからお兄ちゃんに頼るの。唯一無二の血が繋がったお兄ちゃんに、私の運命を託そうと思ったの」
儚げな表情で、どこか幼さを感じさせる顔で、サラは変わらず物凄い早口で言う。
聞き取れた部分だけで推測するならば、恐らく彼女はソシャゲのガチャを僕に引いてもらいたいのだろう。
それくらい自分で引けよ。とは思ったけれど、なんとなく他人に頼りたくなる気持ちは少しだけわかる。最悪の結果だったら引いた本人に責任を押し付けて自分のメンタルを守る、なんて最低な責任転嫁もできるし。流石のサラでもそれはしないと思うけれど。
「と、とりあえず引けばいいんだろ……」
僕はサラからスマホを受け取り、それを膝の上に乗せる。
それと同時にサラは移動し、僕の顔の目の前に頭を置きながら、じっとスマホの画面を見つめる。
鼻のすぐ近くにあるからか、サラの髪からいい香りが漂ってきた。いつも使っているあのシャンプーの匂いだろう。香りが少し強くて近づかなくとも同じ部屋にいるだけで割と匂いがするので、僕は少し苦手だ。
「今はね……十連二回分の石が貯まっているの。つまり、二回も十連を引けるってこと。要するに、二十連分の石が貯まっているって事なんだよ」
「……言い換えているだけで全く同じ事を三回くら言わなかったか?」
「さあお兄ちゃん……! 覚悟を決める時間だよ! 生きるか死ぬか! デッドオアアライブ!」
「大袈裟すぎるだろ……とりあえず、この女の子を当てればいいんだな?」
「イェスイェスイェス!」
うんうんと、力強く何回も頷くサラを傍目に、僕はサラのスマホの上に指を置く。
どこかで見たことがある。ガチャはタイミングが重要なのだと。特にソシャゲのガチャは「はい」を押すタイミング次第で結果が大きく変わるのだと。
正直、サラがやっているこのソシャゲ、僕は今日初めて見た。それ故、タイミングとかは一切わからない。
ならば勘だ。勘頼りで行くしかない。
(──今だッ!)
サラの目当ての女の子が画面に映り、自己紹介をした瞬間、僕は画面に表示される「はい」を押した。
それと同時に始まるのはガチャ演出。なんか、虹色のエフェクトがいっぱい出ていて豪華だ。
「お、これ、確定演出ってやつなんじゃないか? なあサラ」
僕はウキウキ気分でサラに視線をやる。しかし僕の気分とは正反対に、サラは死んだ顔をしていた。
「時飛ばししようお兄ちゃん……スキップを押そうよお兄ちゃん……こんな演出じゃダメ……ハズレ確定……萎え……」
「え? こんなにいっぱい虹色があるのに」
「むぅ……」
僕が思わず首を傾げると、サラは明らかに苛立った様子でスマホの画面を連打した。
すると画面が一度暗転し、ガチャ結果が出された。
そこには、サラのお目当ての子は映っていなかった。
「はぁ……やっぱりね。うん、なんとなくわかってた。お兄ちゃんに頼らなきゃよかった……」
大きなため息をつきながら、スマホを回収し、ソファーから立ち上がるクティラ。
千鳥足でふらふらと、彼女はリビングを出て行こうとする。
「……どこ行くんだ?」
「お風呂……クティラちゃんに引いてもらう……」
そう言うと、彼女は僕を一瞥もせずに、リビングを出て行った。
「……よっぽどハマってるんだな、あのソシャゲに」
彼女の姿が見えなくなると同時に、僕はため息をつく。
僕も二、三個ソシャゲをやってはいるが、あそこまで一喜一憂するほどにはハマってない。
少し羨ましいと、僕は思った。あそこまで熱中できるものを僕は、あまり持っていないから。
「わー! わーわーわー!」
「……ん?」
と。突然、風呂場の方からサラの叫び声が聞こえてきた。
絶望の声ではない。落胆した声でもない。正しく黄色い歓声、勘高く女の子らしい少し耳がキーンとする叫び声。
僕が思わず、風呂場の方へ振り向くと、それと同時に五月蝿い足音が聞こえてきた。
数秒後、廊下に現れたのはサラ。満面の笑みを浮かべながら、スマホ片手に僕の元へとやってくる。
「見て見てお兄ちゃん! クティラちゃん当てちゃった! 私とお兄ちゃんの苦労も知らずにごくあっさりと当てちゃった!」
「……よかったな」
「うんうん! クティラ大好きー!」
スマホを両手に持ち、その場でくるくると回り始めるサラ。
楽しそうでなによりだ。それしか言えないし、それしか思わなかった。
*
「なあエイジ……」
風呂から出たクティラが、困惑した声色で僕の名を呼んだ。
僕はそれに反応し振り返る。振り返った先に居たのは当然クティラ。ピンクのふわふわとしたタオルを頭に乗っけながら、片手にパジャマを持って、下着姿でリビングを歩いている。
「なんか……サラに告白されたんだが、なんなのだ?」
「……乙女心は複雑なんだよ、クティラ」
僕はクティラの疑問にテキトーな答えを出してから、彼女に背を向けた。




