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135.暇つぶしクロス

「ふむぅ……むぅ……むむぅ……うむぅ……」

 宿題を終え、リビングに戻って来ると、クティラがソファーの上で何やらうんうん唸っていた。

 関わるべきか無視するべきか。少し悩んで、僕は唸っている彼女の隣に腰を下ろした。

 僕がソファーと座ると同時に、クティラがこちらへ視線を向けてきた。

 見てきている。じっと見てきている。何も言わずに見てくる。

 お前から聞けとか、お前から話しかけてこいとか、早く問いただせとか、そんな雰囲気を目だけで伝えてくる。

 仕方ない。僕は心の中だけでため息をついてから、口を開いた。

「……クティラ、何してたんだ?」

「ふふふ……! よくぞ聞いてくれたエイジ!」

 僕が問うと、クティラは嬉しそうに口角を上げ、腕を組みながら、いつも通りドヤ顔をしながら僕の名を呼んだ。

 不敵に笑う彼女。意味ありげに笑みを浮かべる彼女。僕をどこか嘲るように微笑む彼女。

 早く答えろよ。シンプルにそう思った。

「実はだな……これの答えが全くわからないのだ」

 と。クティラは自分の膝の上に置いていた本を手に取り、両手でページを開きながら僕に見せつけてきた。

 クティラがやっていたのはクロスワードだった。それなりに埋められており、あと少しで完成しそうな状態だ。

「これだこれ、これがわからないのだ」

 ペチっと、人差し指で本を叩くクティラ。

 そこには「名状し難き乙女の感情」と書かれていた。

「全くわからんのだ……! なんだ名状し難き乙女の感情とは! 名状し難いものをクイズに出すな!」

「確かにな……」

 頬を膨らませながら、本をベシベシと手のひらで叩きながらクティラが叫ぶ。

 そんな彼女の主張に僕は思わず頷いてしまった。確かに、名状し難いものを答えにされてしまったら、何をどう答えればいいのか全くわからない。

「そも乙女とはなんだ……! 少女とは何が違う……!?」

「まぁ……何か違うんじゃないか?」

 変わらず怒り狂いながら本を叩くクティラ。やがて彼女は僕から目を逸らし、再び本と睨めっこ。

 うんうん唸りながら、手に持ち始めたボールペンをくるくると回しながら、クティラは本を睨み続ける。

「お風呂出たよー……んぇ? どうしたのクティラちゃん、プリプリ怒って」

 と。後ろからサラの声が聞こえてきた。

 それと同時に、クティラはソファーの上に立ち上がりながら振り返り、サラをボールペンでビシッと指差す。

「いいところに来たなサラ! 私を手伝え私をフォローしろ私を助けろ!」

「え、あ、うん……わかった……わかりました……」

 鳩が豆鉄砲を食ったように目を少し見開きながら、頭上にはてなマークを文字通り浮かべながら、さらに首を傾げながら、何が何だかわからないと言った様子でサラがクティラの元へとやって来る。

 そして、ソファーの背もたれに両腕を乗せ、覗き込むようにクティラの肩あたりに顔を出した。

「クロスワード……? あ、クティラちゃんすごい。ほとんど埋まってるじゃん」

「これだこれ、これがわからんのだ私は」

 と。クティラは僕にしたように、本を人差し指でベシベシと叩く。

「んー……?」

 目を細めながら、クティラの指差す箇所を見るサラ。

「名状……し難き乙女の感情……?」

「そうだ! 意味がわからんだろう?」

「んー……いや……」

「んぇ? サラ、もしかして心当たりがあるというのか……!?」

 意外な反応を見せたサラに、クティラが驚くように彼女の名を呼ぶ。

 僕も少しビックリした。心当たりが思いつく時点で正直すごい。

「ねえねえクティラちゃん。これって二文字かな?」

「うむ、二文字だ。名状し難きものを二文字で答えろと言うのだこの問題は」

「じゃあアレだよ、きっと……」

 と。サラは何故か僕を一瞥してから、ビシッと本を指差して言った。

「恋、だよ」

「なんと……!?」

「恋……?」

 僕とクティラが疑問の声を出すと、サラは少し呆れたようにため息をついて、ソファーを周りクティラの隣へと座る。

 そして改めて本をビシッと指差し、僕とクティラを見ながら口を開いた。

「恋ってね……ドキドキして、ワクワクして、少しだけムカムカして、意外とイライラして、それでも好き好きってなって、辛くて、楽しくて、苦しくて、嬉しくて、悲しくて、嬉しい気持ちが……すごい複雑に絡むの。一言じゃとても表せない混沌とした感情……それが恋。正しく名状し難き乙女の感情、じゃない?」

「なるほど……だがサラ」

 感心したように頷きつつも、少し怪訝そうに顔を顰めながら、クティラはサラを見て言った。

「恋なら別に……男でもするぞ? 乙女特有の感情ではないだろう?」

「わかってないなぁクティラちゃんは……男の子は単純だから簡単に言い表せるけど、女の子は繊細だから名状し難いってことだよ」

 得意げに語るサラ。すると彼女は何故か僕の方を見てきた。

「ね、お兄ちゃん♡」

 そして、サラはニコッと笑いながらそう言った。

 僕は思わず首を傾げる。なんか、バカにされてるようなそうではないような。

「まぁ……サラが言うのならばそうなのだろう。こい……っと。うむ! 助かったぞ、サラ」

「どういたしまして〜」

 ニコニコしながらクティラの頭を撫でながら、サラは立ち上がる。

 そして何故か僕の隣にやってきて、サラはその場に座った。

 じっと、じっと、じっと。サラは何故か僕を見つめてくる。

「……ぷっ」

 すると何故か彼女は突然吹き出した。そしてそのまま立ち上がり、リビングを去っていった。

「なんだったんだ……」

「乙女心は複雑なのだぞ、エイジ」

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