133.友人との帰り道
夕焼けが辺りを照らす、どこか寂しい雰囲気を纏った街。その道を私は、友達のアムと一緒に歩いている。
会話はない。もうたくさん話したし、そろそろ分かれ道だし。
二人で並んで、真っ直ぐと前を見て、私たちは歩き続ける。
私は今日の出来事を思い出していた。愛作くんとの会話、アムとの会話、二人に見せてしまった私の弱さ。
今までずっと隠してきたのに、どうして今日は出してしまったのだろう。誰にも知られないように、悲しくなって心が痛むから意識しないようにしていた、私の弱さを。
愛作くんの優しさが原因? それとも、ずっと耐えてきた心がたまたま今日限界を迎えたから? ハッキリとした理由はわからない。自分のことなのに、全然わからない。
私は、なんとなく愛作くんの顔を思い出した。私が襲って誘ったのに、それに負けないよう我慢する彼の顔を。
次に思い浮かべたのはアムの顔。咲のことならなんでもわかる、私はずっと咲の友達、と言ってくれた彼女の頼もしい顔。
すごく印象に残っている。彼女らの行動、言葉、表情、その全てが印象に残っている。
私の胸の内に、それらが凄い存在感を放つ。ずっと、私の心を優しく温めてくれる。
(アムはともかく……愛作くんとは今日、初めて話したようなものなのにね)
隣にいるアムに聞こえないように、私は小さくため息をついた。
愛作くんの言葉を改めて思い出す。アムの言葉を改めて思い出す。
二人の言葉は、私が抱えている辛さを言語化した言葉。私の気持ちを代弁してくれた言葉。
私をわかってくれている、私のことを考えてくれている。そんな印象を抱く、優しくて厳しい言葉。
だからなのかもしれない。今日、私が彼女たちに弱さを見せてしまったのは。
自分だけで抱え続けた闇、それを照らそうとしてくれる光。だから私は、闇を彼女たちに見せてしまったのかもしれない。一筋の光に満遍なく自分を照らしてもらいたくて、深く暗い闇を私から祓って欲しくて、縋ってしまったからなのかもしれない。
今まではダメな事だと思っていた。私が抱えている問題、サキュバスなのにセックスが嫌いという問題。それに苦しんで、辛くなって誰かに助けを求めることが。
だって否定されてきたから。お父さんとお母さんに、世間に、本能に。
だから私は必死になって、誰彼構わず抱いたり抱かれたりしてきた。これが正しいんだ、これが正解なんだ、こうしなきゃいけないんだって。自分の心を押し殺して、毎日毎日必死に。
そうすることで私はようやく、自分がこの世界に居てもいいと、アイデンティティを得られていた。
だけど愛作くんとアムは、自己を確立させるための私のその行動を否定してきた。私の必死な存在証明を、二人は嘘だと否定してきた。
愛作くんが扉を開けて、扉の前でアムが待っていて、引きこもっていた私を外に出してくれた。そんな感じで、彼女たちは私を、本当の私を知ろうと受け入れようとしてくれた。
手を差し出してくれた。私の手を握ってくれた。私が嫌だと言っても、首を振っても、虚勢を張っても、彼女たちは無理矢理私の手を自分たちの手と重ねてきた、重ねてくれた。
(なんて……あはっ……ちょっと大袈裟に考えすぎかな)
だけど、彼女たちに弱音を、本音を吐露したことで気持ちが幾分楽になったのは事実だ。
なんて言うんだろう、メンタルに余裕がある感じがする。頼れる人がいる、甘えられる人がいる、愚痴を言える相手がいる、相談しようと思える信頼できる人がいる。そう思うだけで、すごく気持ちが軽くなる。
いつものように。自分一人で苦しみを抱えて、それを逃さないよう必死に押さえつけて、自分の中で増殖させて、徐々に心を蝕ませる必要はもうないんだ。そう思えるだけでも全然違う。
「……アム」
私は、隣を歩くアムを一瞥する。すると彼女は私の視線に気付いたからか、私の目を見ながら軽く首を傾げた。
「どうしたの咲? 私の顔に何かついてる?」
いつもと変わらない声色。だけどどこか、優しい印象を覚える聞き心地の良い声。
私は、そんなアムの声を聞けたのがなんだか嬉しくて、つい吹き出してしまった。
「え? え? もしかして本当に何か変なの付いてるの? 鏡鏡……」
と。アムは自分の額部分に手のひらを当てた後、急ぐ様子でカバンを漁り始めた。
彼女がカバンの中から取り出したのは、彼女の呟き通り小さな折りたたみ式の鏡。アムはその鏡を見ながら、自分の顔をチェックし始める。
「んー……? なんも付いてなくない……?」
首を傾げながら、目を細め鏡に映る自分を睨みつけながら、小さな声でアムが呟く。
私はそんなアムの一連の動きが可愛くて面白くて。もう一度、小さく吹き出してしまった。
「もぅ……なんなの? 咲ったら」
頬を膨らませながら、むすっとするアム。
私はそんな彼女を見ながら、だけどゆっくりと視線を逸らしながら、言った。
「ねぇアム……なんで私と友達になってくれたの?」
「へ? 何今更……」
「なんとなく気になったの……♡ 確かアムから話しかけてきてくれたよね」
私は思い出す。新学期新学年が始まったあの日を。
どうせ私がしている事を知ったら、友達になってくれた人はみんな離れていく。そう思っていた私は人を寄せ付けないよう、必死に存在を隠して殺していた。
そんな私にたった一人だけ話しかけてきた子がいた。それが、今私の隣にいる友人のアムだ。
初めて話して、一言二言交わして。なんとなくこの子と仲良くなれる、私はそう思った。
だから彼女と友達になった。私の予想通り、アムは私がついしてしまう、エッチな女の子アピールをあまり嫌がらずに受け入れてくれた。どうして受け入れてくれると思っていたのかはわからない。けど、なんとなくそう感じていた。
アムが居なかったら私の心はもっと早く、修復不可能なほどに壊れていたと思う。なるべく出さないようにはしていたけど、確かに私はアムに甘えている時があって、それで申し訳程度にメンタルを回復させていたのだから。
「んーっとね……こういうこと、咲は言われるのあまり好きじゃないと思うんだけど……」
「……別にいいよ。教えて、アム♡」
「そう? んじゃあ、えっとね……なんとなく似てるなぁって思ったからなの。私の大好きなあの人に、ね」
「あの人って……アムがいつも大好き大好き言ってる、あの人?」
「そ、あの人だよ。私がいつも言ってるあの人……」
照れくさそうに笑いながら、それを誤魔化すように頬を人差し指で掻きながら、アムは申し訳程度に私に視線を向けながら、話し続ける。
「咲とあの人……二人とも、どこか悲しくて寂しい雰囲気を纏っていたの。本当の気持ちを隠しながら、必死に違う自分を演じながら、他人にそういう人間だと認識してもらおうって虚勢を張っている感じを……」
「……へぇ」
私はそれを聞いて、思わず感心するように相槌を打ちながら頷いてしまう。
本当にそっくりなんだ。私と、アムの言うあの人って。アムが言っていることが正しかったらの話だけど。
「昔の話だけどね、あの人も色々な人とエッチをしてたんだよ? 私はやめてー! 私だけ見てー! って必死に言ってたんだけど……あまり聞いてくれなくて……」
「アム……エッチな女の子と仲良くなるの得意なの?」
「ふぇ!? そんな事ないと思うよ!? リシアちゃんとクティラちゃんはエッチじゃないし……多分」
顔を真っ赤にしながら、両手を振って、過剰なほどに私の問いを否定するアム。
そんなアムが可愛くて、私はまた、小さく吹き出してしまった。
その後、私は一度咳払いをしてから。アムをじっと見つめ、ゆっくりと口を動かし──
「ね、アム……」
「ふぇ……な、何? 真面目な顔しちゃって……」
「……改めて、私と友達になってくれて、ありがとね……っ♡」
私は、自分に出来る最大限の敬意と感謝を込めて、アムにお礼を伝えた。
「……なんか、雰囲気がシリアスすぎて、あんまり咲っぽくない」
「あは……っ♡ 私もちょっと思った」




