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131.まずは友達からっ

「……私さ、サキュバスじゃん? だからさ……幼い頃からセックスばかりの毎日だったんだ……家族みんなセックス漬け。人間の愛作くんには想像もつかないだろうけど」

 どこか遠い目をしながら、咲畑さんは僕から顔を背けながら話し始めた。

「それが気持ち悪くてさ……毎日生きるのが嫌だった。でも私はサキュバスだから、受け入れるしかなかったんだよね……。それで……こんなクソビッチ女が出来たってわけ」

 自らを嘲るように、苦笑いをしながら咲畑さんは言う。

 それだけ言うと咲畑さんは、両腕を天に向け伸ばし、座ったまま背伸びをする。

 ふぅ、と彼女は一息つくと、僕の顔をじっと見つめてきた。

「……なんだろ、思ったよりも喋りたいことないや。あはは……っ」

 ニコッと笑みを浮かべながら、咲畑さんはごめんねと伝えるように、両手を合わせて僕に頭を下げる。

「……ちょっとだけ気が楽になったかな。ありがとね愛作くん」

 それだけ言うと、咲畑さんはゆっくりと立ち上がった。

 そして机の上に慣れた様子で座り、肘を太ももに付けながら、頬杖をしながら僕を見てきた。

「愛作くんの童貞……奪わないでおいてあげる。その……私に優しくしてくれたから……」

「あ、えっと……ありがとう……?」

「ん、どういたしましてっ」

 僕が雰囲気に任せてお礼を言うと、咲畑さんは満足そうに笑った。

「……はぁ。すっかりヤる雰囲気じゃなくなっちゃったね」

 そして、ぴょんっと可愛らしく机から降りると、脱ぎ散らかされた制服を集め始めた。

 僕はそこで気づく。彼女が過激な、露出度の高い格好をしていることに今更気がついた。

 ので、急いで僕は彼女から視線を外す。着替えを見ないように、これ以上裸体を見ないように。

「……あはっ♡ 今更どうしたの愛作くん……恥ずかしがっちゃって。ずっと見てたくせに……」

「い、いや! その……ごめん……」

「……なんで謝るのかな」

 僕が謝ったと同時に、衣擦れが室内に響き始めた。

 シュルシュルと、女の子が着替える音がする。僕はそれをなるべく意識しないよう、耳をこっそり塞ぎながら目を閉じる。

(せっかく信用……してくれたかもしれないんだ。変なことを考えるな……僕……)

「……バカなの?」

 僕が目を閉じてから数秒後。咲畑さんが僕の肩をトントンと叩いきた。

 それに反応して僕は目を開き振り返る。そこには、数秒前は裸同然の姿をしていた咲畑さんが、しっかりと制服を着て立っていた。

「……じゃあ私、行くから。巻き込んでごめんね……でもまあ、愛作くんもいい気分ではあったでしょ? 私みたいな可愛い女の子とエッチなシチュを体験できて……♡」

 そう言いながら、軽く手を振りながら、咲畑さんは僕に背を向けようとする。

「ま、待って……!」

 そんな彼女の、咲畑さんの手を、僕は思わず掴んでしまった。

「……なに? もしかして……やっぱりヤリたくなったとか……♡」

 ニヤリと笑みを浮かべながら、僕を煽るように言う咲畑さん。

 そんな彼女の顔を、瞳を見て。僕は無意識に彼女の手を掴む力を強めてしまった。

「……痛いんだけど」

「咲畑さん……もしかして、もしかしてだけど──」

 嫌そうな、不快そうな顔をしながら僕を睨みつける咲畑さん。僕は僕を睨みつける彼女の瞳をじっと見て、固唾を飲んで言う。

「また……誰かとその、ヤろうとか……考えてない……?」

 僕の言葉を聞いて、咲畑さんはゆっくりと、驚くように目を見開いた。

 図星だったらしい。やっぱりだ、だってすぐにわかった。

 またあの瞳をしていたから。笑顔を浮かべて、煽るようにおちょくるように調子のいい声色で僕を誘惑するような声を出していても、瞳だけは悲しい雰囲気を纏っていた。

 それを見逃すわけにはいかない。見逃していいはずがない。ここで何も言わずに別れたらきっと、咲畑さんはまた、僕を襲うときのようになってしまうだろう。

 本心と本能の乖離に苦しむことになってしまう。それはダメだ、絶対にダメだ。あの苦しみは、僕も何回か味わったあの苦しみは本当に辛い、辛すぎるから。

「咲畑さん……僕とやりたくない、ってだけじゃないんでしょ? 君は……セ……セックス自体をしたくないんじゃないの……? 誰とヤリたいやりたくないじゃなくて、その行為自体が嫌いなんじゃないの……?」

「……っ。へぇ……何? 愛作くんって心でも読めるの……?」

「読めないよ……ただ、そんな感じがしたから」

「……アムにも似たようなこと言われた」

 と。咲畑さんは小さく呟くと、ため息をつきながら勢いよく僕の手を振り払った。

 そして一度咳払いをしてから、数分前まで彼女が座っていた椅子に、咲畑さんは戻ってきた。

 そして、咲畑さんはわざとらしく大きくため息をつくと、頬杖をつきながら僕を見てきた。

「……さっきも言ったじゃん。私サキュバスだから……セックスは毎日しないといけないの」

 己を嘲るように笑う咲畑さんの顔。今日、何度も見た顔。彼女が、強がっている時の顔。

 そんな顔を見るのが、僕は少し嫌になってきた。

 あの時のケイを、暴走している時のケイを思い出すから。

「それって……生きるために必要なことなの?」

 僕は思わず気になっていたことを聞いてしまう。デリカシーもなく、配慮もなく、直接的に、直球に。

 すると咲畑さんは、今度は僕を嘲るように笑みを浮かべた。

「そんなわけないじゃん……どういう原理? セックスしないと生きられない生き物って」

「いやその……漫画とかだとさ、精気を吸わないとダメとか……あるし」

「なるほどね……そんな事無いと思うよ? 私、精気を吸っている奪っている感覚とか無いし……今までしてきた人たちだって別に……健康そうだし」

「じゃあ……別にしなくてもいいんじゃないか? したくないと思うなら別に……」

「……っ」

 僕がそう呟くと、咲畑さんは露骨に不機嫌そうな顔になりながら僕から目を逸らし、机をトントンと人差し指で叩き始めた。

「ねぇ愛作くん……」

 と、咲畑さんはこちらを見ずに、怒りのこもった声で僕の名を呼ぶ。

「君って嫌われるよね……しつこいよ……すごくしつこいよ……! 私はサキュバスなんだから……サキュバスなんだからセックスをしなきゃって言ってるよね……! 答えが明白で明確な回答を得られているのに何回同じことを聞くのかな……!?」

 トントンっと、タンタンっと。咲畑さんの指が机を叩く音が大きくなっていく、速くなっていく。

 僕はそれには気圧されず、しっかりと彼女の目を見て言う。

「僕は……僕が聞いているのは、咲畑さんがどう思っているのか、だ……! サキュバスがどうじゃなくて、咲畑さんがどう思っているのかを……!」

「……ッ!? それは……」

「咲畑さんはさっきからずっと……サキュバスだからサキュバスだからと、サキュバスという生き物の性質しか答えてない。違うんだよ……僕が聞きたいのは……気になっているのは……! 咲畑さん自身がどう思って、どう考えているのかだ……! こういう生き物だから、というだけじゃ個人を語れやしない……生物は皆十人十色、みんな違うんだよ。抱えている気持ち、悩み、辛さ、苦しさ……戸惑い。全部が……」

「……そんな事、言わないでよ」

 咲畑さんは、小さな声で呟きながら俯く。

 俯く寸前の彼女の瞳には、うっすらと涙が浮かんでいた。

(マズイ……何かミスったかも……変なことを言ってしまったかも……)

 彼女の流す涙の理由がわからない。けど、僕の発した言葉の何かが彼女を突き刺したのは間違いない。

 謝らなければ。こんな風に、自身の脳内だけで理由を探して納得する結果を出して完結するよりも、まずは謝らなければいけない。

 咲畑さんの流す涙は間違いなく、嬉し涙ではないのだから。

「ごめん咲畑さん……! 僕……変なこと言っちゃって……!」

 両手を合わせ、彼女にしっかりと聞こえるように届くように謝罪の言葉を僕は発する。

 すると、俯いていた咲畑さんは少し顔を上げ、変わらず涙を目に浮かべながら、僕を見てきた。

 じっと。じっとじっとじっと、彼女は僕を見つめている。

「……愛作くん。ごめんね」

「……へ?」

 意外なことに、咲畑さんから謝罪され、僕は思わず首を傾げながら変な声を出してしまった。

 どうして咲畑さんが謝るんだろう。理由がわからない。

 けれどここで無理に彼女の謝罪を否定する意味はない。僕はそのまま咲畑さんの言葉を受け入れ、何も言わずにただじっと、彼女を見つめ返した。

「ちょっとビックリしちゃって……愛作くん、昔の私と同じことを言ったから」

「同じこと……?」

「うん……言ったっていうか……その、サキュバスだからの理由を聞いているわけじゃなくて、個人としての理由を聞きたいってところ。昔の私もそう思ったの……お父さんとお母さんに、どうして毎日セックスをしているの? と聞いた時に投げかけられた問いに対して……同じ疑問を抱いたの」

 目を拭いながら、瞳に浮かぶ涙を拭いきれぬまま、咲畑さんは話を続ける。

「……私、本当は誰とでもセックスなんてしたくないよ? するなら……本当に好きな人としたい。けどね……ずっと教えられてきたの、言われてきたの。サキュバスなんだから……お前はサキュバスなんだから……って。私の抱える気持ち、抱く気持ちが間違っているって……矯正されてきたんだ」

「……お父さんと、お母さんに?」

「……そ。あは……っ♡ また当たってる……愛作くん、本当は心読めるんじゃないの?」

 変わらず涙を拭いながら、ニコッと笑みを浮かべる咲畑さん。

 その顔から、瞳から僕は、嬉しそうな楽しそうな雰囲気を感じた。少し前までの、無理矢理笑っていた時と違って。

「不思議だな……なんか、愛作くんには素直に弱音、吐けちゃった。こんなの……アムにもした事ないのに」

「……咲畑さん」

「……ん?」

 僕が名前を呼ぶと、咲畑さんは首を小さく傾げた。

 そんな彼女を見て、僕は拳を握りながら、固唾を飲んで口を開く。

「さっきさ……気が楽になったって言ってたよね。僕に話した事で……」

「ん……? うん……そうだね、そんな事言ったかも」

「だからその……咲畑さん。もし咲畑さんがよかったら……これからも僕に話してよ。愚痴でも、相談でも、なんでも。そうすれば多分その……咲畑さんの気持ちも少しは軽くなるかな……って」

 咲畑さんに見えないよう、恥ずかしさを誤魔化すために指を細かに動かしながら僕は言う。

 そんな僕を見て、咲畑さんは小さく吹き出した。

「ぷっ……なにそれ♡ どれだけ自分に自信満々なの……? 女の子に悩みをぶつけてよ、なんて言えるの……相当な自信家だよ?」

「う……っ」

 ど正論を言われ、僕は思わず固まってしまう。

 そうだ、確かにそうだ。何が愚痴を言えだ、何が相談に乗るだ。調子に乗りすぎだ。

 段々と恥ずかしくなってくる。勢いと雰囲気に任せ、変にカッコつけてしまった自分が。

「……んっ」

「……へ?」

 僕が何も言えずにいると、突然咲畑さんが頭を肩に乗せてきた。

 彼女の髪が首筋に触れ、くすぐったくて恥ずかしくて、僕は思わずビクッとしてしまう。

「そんなに言うなら……私、甘えちゃおうかな。愛作くんに……」

 と、上目遣いをしながら咲畑さんは言う。

 僕を誘惑しているのか、それとも自然にした仕草なのか。どちらにしろ、僕の胸は彼女のその仕草にドキンっと高鳴ってしまった。

「まずは友達から……って事で。よろしくね、愛作くん……♡」

 ニヤリと、イタズラっぽく笑いながら咲畑さんが僕の頬を突いてくる。

 僕はなんとなく恥ずかしくて、上手く言葉が出なくて、頷くことしか出来なかった。

「……愛作くん、ありがとっ」

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