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13.日常崩壊の兆しっぽいようなそうでもないような

 個室トイレの中。扉に背を掛けながら、僕はため息をついた。

「……で、なんでいるんだよ。どうして小さいんだよ。平気で男子トイレに入るなよ」

 僕の肩にちょこんと座り、嘲るように笑みを浮かべているクティラに、僕は問いただす。

 すると彼女は待ってましたと言わんばかりに、一瞬で立ち上がり、腕を組んでドヤ顔をしながら喋り始めた。

「サラもエイジと一緒に朝、家を出て行っただろ」

「……まあ、同じ学校だからな」

 僕は頷きながら相槌を打つ。

「私一人で留守番することになるだろ?」

「……そうだな、そうしろよ」

 変わらず頷きながら、相槌を打つ。

「暇だしつまんなそうだろ? エイジの部屋はもう漁り終えたしな」

「漁んなよ……!?」

 僕は頷かずに、つい手が出そうになったがそれを必死に抑えた。

「それ故私はついてきたのだエイジに。ちなみに今来たんじゃなくて、朝から一緒にいたぞ? お前が気づかなかっただけで」

「んだと……!?」

 衝撃の事実。驚愕の真実。惨劇と化す現実。

 もしかして僕は今日、登校する時ずっとクティラを肩に乗せたまま歩いていたのか?

 小さい女の子のぬいぐるみを肩に乗せながら歩く男。そんなのが許されるのは幼稚園生までだ。小学校低学年ならば、まだギリギリセーフかもしれない。

 でも僕は高校生だ。それも二年生。

 側から見たら完全にヤバいやつ。関わってはいけない人。

「最悪だ……サラも言ってくれればいいのにあの野郎……!」

「くくく……完璧にカモフラージュをしていたからサラでは気づかんよ。これぞヴァンパイアの特殊能力が一つ、完全擬態だ! ちなみに完全一心同体状態でないにも関わらず私の身体が小さくなっているのも特殊能力の一つだ。すごい体力使うからあまり使いたくないんだがな……」

 耳がキーンと痛くなる。耳元に口があるんだから、急に叫ばないでほしい。

 ていうか、それより、今彼女は何と言っていた?

 カモフラージュとか、完全擬態が何たら言っていた。気がする。

 それってつまり、自分の存在を隠していたってことで。クティラが身を隠していたんだったら、僕が女の子のぬいぐるみを肩に乗せていたという事実は無かったんじゃないか?

(……よし、それならばよし!)

 僕は心の中で叫びながら、ガッツポーズをする。

 それと同時に、ある疑問が思い浮かんだ。

「……待てよ? クティラ、お前太陽の下では吸血鬼の特殊能力は使えない。みたいな事言ってなかったか?」

 僕が疑問を率直にぶつけると、笑っていたクティラは笑顔のまま硬直し、ゆっくりと僕から顔を逸らす。

 プルプルと震えている。クティラの全身が、プルプルと。

「どうなんだよ」

「……」

「……」

 しばしの沈黙。

「……そういえばそんな設定あったな」

「おいコラお前今なんて言った?」

 やけに冷静に言ったクティラに、僕は思わずツッコむ。

 するとクティラは笑みを浮かべながら、くるっと回って僕を人差し指でビシッと指してきた。

「うるさい!」

「……おう」

 叫ばれてつい、弱気に答えてしまった。

 まあいいや。都合良く設定が変わらなかったら損をしていたのは僕なんだから。

「それよりどうするんだよお前……今日一日中僕の肩にいるつもりか?」

「無論当然当たり前だ。暇潰しに来たのに暇を潰さないバカがどこにいる?」

 首を傾げながらそう言うクティラ。つい舌打ちをしそうになるが、何とか止める。

 そして僕はため息をつきながら、頭を片手で押さえた。

「……いいか、絶対姿を現すなよ? 僕のカーストが下がると同時に世間的に終わるから。お前と一緒のところを見られると」

「え……そんなことになるのか……?」

「なるなる。なるんだよ……割とマジで」

 僕は想像する。クティラが楽しげに僕の肩の上で喋る姿を。いつも通りちょこんと可愛らしく肩に座るクティラを。そんな彼女と一緒にいる僕の姿を。

 そんなところを誰かに見られたら終わりだ。多様性の時代、個性が認められる時代とか何とか言われてるけど、女の子のぬいぐるみ──正確にはぬいぐるみじゃないけど──を肩に乗せ校内を歩く男子生徒なんて許容範囲外だろう。

 ある者は変態と呼び、ある者はロリコンと呼び、ある者は見えていないフリをするルだろう。僕もそんな奴を見かけたら正直距離を取る。

 だからダメなんだ。クティラを見られたら、今の僕の状況を知られたら。

「認識阻害でも使うか……うぅ……でも疲れちゃうなあ……」

 ぶつぶつと何かを呟いているクティラ。僕は彼女を手にとり、丁寧にポケットの中に入れた。クティラを掴んだまま、ポケットの中に手を入れ続ける。

「わぷっ!? こらエイジ貴様! 何をする!」

「言ってるだろ見られたらヤバいって……あと声大きい、叫ぶな」

「私に自由はないのか……?」

「ないよ」

 クティラとしょうもないやり取りをしながら、僕は少しだけトイレットペーパーをカラカラ鳴らしながら取り、トイレの水を流した。

 これで違和感なく扉を開けられ個室トイレから出られるはず。そのまま僕は、扉に手を──

「いてっ」

 手をかけようとしたら、クティラに甘噛みをされた。

 それきっかけについ、僕は彼女から手を離してしまった。

 その瞬間、彼女は瞬時にポケットの中から脱出し、空を飛んで僕の肩の上で降りた。

「おま……! そこにいたらバレるだろ……!」

「安心しろ、安心するんだエイジ。認識阻害を使っているから私の姿はお前以外には見えん。無論声もお前以外には聞こえん」

「本当か……?」

「本当だ。私を信じろ」

 じっと僕をクティラは見つめる。真面目な顔で、マジな顔で、ガチな顔で。

 僕はため息を小さくつきながら、軽く頷いた。

 この顔のクティラは信じるに値する。初めて会った時、契約を持ちかけてきた時もこんな顔をしていたから。

「外で話しかけられても僕は応えられないからな……」

「独り言が多い人、ってことにすればよくないか?」

「それが嫌だって言ってんだよ……」

「あぅ……」

 僕はクティラの頭を軽く叩き、それと同時に個室トイレから出た。

 瞬時に辺りを見回す。誰もいない。ラッキー。

 手を洗って、ハンカチでそれを拭いてから、僕はトイレから出た。

 クティラは肩に乗ったまま。意を決して、僕は廊下一歩踏み出し、歩き始める。

 なるべく視線を悟られないように、目だけを動かして周りの反応を伺う。

 誰も僕に注目していない。誰も僕の肩に視線を向けていない。誰も振り返りはしない。

 ふう、と思わず安堵のため息をつく。どうやら本当にクティラは僕にしか見えていないらしい。

「言った通りだろエイジ。ふふん……」

 鼻息を荒げながらドヤ顔をするクティラ。見えていない彼女に話しかけるわけにはいかないので、僕は軽く頷いて彼女の問いかけに答えた。

 僕はそのまま廊下を歩き、歩き、歩きつづけた。

 そしてようやく辿り着いた教室。そこの扉に手をかけ、ゆっくりと開ける。

 扉が開いたが、誰もこちらに視線は寄越さない。静かに開けたし、当然だ。

「あ、エイジ……おはよう」

 と、後ろから誰かが話しかけてきた。

 僕は少し歩いて、教室の中に入ってから声のする方へと振り向いた。

「えへへ。エイジも今来たとこ……ろ?」

 そこにいたのは女子。僕がこのクラスで唯一仲良くしている女子。

 ミルクティーベージュの髪はポニーテールに纏められていて、活発な印象を与えてくる。本人の性格とは真反対だけど。

 目はクティラと比べたら小さいけれど、パッチリとしている。掛けているメガネは薄いグレー、もしくは薄い黒。

「……おはよう、リシア」

 いつもと変わらない僕の幼馴染、安藤リシアは僕が挨拶を返すとニコッと微笑んだ。

「日本人っぽくない名前だな……」

 クティラが呟く。僕は心の中であまり喋るな気になっちゃうから、と彼女に言った。

「……じゃあエイジ、今日も頑張ろーね学校」

 手を振りながら、そう言ってリシアは自分の席へと向かっていく。

 幼馴染といっても現実はこんなもの。ほんの少し仲良さげに話すだけで、ラノベや漫画のような夫婦漫才とかはしない。

 別に望んでいるわけではないけれど。創作上の男女の幼馴染は仲良すぎだとは思う。現実にもいたりするんだろうか? あんな感じの男女。

「……なあエイジ」

 やけに真剣な声色で僕の名前を呼ぶクティラ。それに反応して、僕はつい彼女の方を見てしまった。

 なんだよ、と心の中で僕は呟く。

「あの女の子……リシアと言ったか? 見えているぞ」

「……え?」

「私のことが見えていたぞ……あの子」

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