126.童貞喪失=生命消失
「ふふふ……愛作くんは知ってる? 女の子の柔らかさ、暖かさ、熱さ、そして気持ちよさ……♡」
顔と顔がくっ付いてしまうほどに近づく咲畑さん。目の前には彼女の綺麗で大きな瞳、唇の前には彼女の鮮やかでどこかキラキラしている唇、そして胸の目の前には彼女の携える女の子特有の膨らみがある。
咲畑さんが息をするたびに、甘く熱い吐息が僕の顔全体にかかる。初めて嗅ぐ女の子の口臭に、僕はどう表現すればいいのかわからない複雑な感情を抱く。
「……伝わる。愛作くんがとてもドキドキしてるのが……手のひらを通して私に伝わるよ?」
そう言いながら、咲畑さんはそっと、僕の胸元に手を添えてきた。
それと同時に彼女は何故か僕の右腕を引っ張る。その直後、彼女はそれを自らの胸元へと持ってきた。
あまりに一瞬の出来事に僕は反応することができず、そのまま彼女に手を操られ──
(……ッ!? やわらか……!?)
「どう……? お揃いだね……私も今、とってもドキドキしてるんだよ……♡」
スベスベとした綺麗な肌が布越しにでも伝わってくる。初めて揉んだ、揉んでしまった女性の胸、そこから伝わる、咲畑さんの鼓動。
ドキドキと、ドキドキと伝わってくる。僕の全身に彼女の胸の鼓動が伝わってくる。やがてそれは、僕自身が鳴らしている鼓動と交わり始めた。
──沈黙。
咲畑さんは何も言わない。僕も、何も言えない。
僕たちはただただ、お互いの鼓動を静かな密室で、感じ続けた。
見つめ合う目。すぐ目の前にある唇。重なり合う身体。
もう完全にそういう雰囲気だ。もう明らかにそう言う雰囲気だ。誰がなんと言おうとそう言う雰囲気だ。
「たまらず襲いに来ないんだ……けど、抵抗もしないんだね。それじゃあもうこれは同意したって事でいいよね♡ 女の子にリードさせようだなんて……男の子失格だぞ……♡」
どうして咲畑さんは僕を襲ってきたのか、最初からこれを狙って放課後に誘い込んできたのか。色々と疑問が浮かぶが、全身で感じさせられている女の子という生き物を目の前に、僕の思考は止まっていく。
ダメだ。僕にはあまりにも刺激が強すぎる。
「ねえ愛作くん……初めて、だよね? ふふ……安心して……ちゃんと気持ちよくさせてあげるから……♡」
咲畑さんが僕の耳元で囁く。吐息がこそばゆく、出される甘い言葉が気持ちよく、僕は思わず全身をビクッと痙攣させてしまう。
「……さ、しよっか♡」
そう言うと、咲畑さんはゆっくりと起き上がった。
そして、己の身に付けているスカートの両端を人差し指と中指で軽く挟み、ゆっくりと持ち上げる。
たくし上げられたスカート。現れるのは当然、彼女が履いている下着。真っ黒な下着で、所々に可愛らしいフリルが付いている。
「私が卒業証書をあげる……よくできたね、頑張ったね、お疲れ様って……甘く優しく尊い言葉を贈りながら童貞を卒業させてあげる……♡」
童貞卒業。その言葉を聞いた瞬間、僕の脳裏に何故かクティラの顔が思い浮かんだ。
呆れた顔をしたクティラ。僕を見つめているクティラ。そんなクティラを思い浮かべ、僕は彼女の言葉を思い出す。
──いいかエイジ……私と契約中は童貞を卒業するなよ? したら契約が途中で破棄されたと見做され、私とエイジは爆発して死ぬからな。
(……そうだ! そんなことを言っていた! じゃあもしかして僕は今……貞操と命、両方が危機にあっているのか!?)
僕は思わず起き上がる。すると、咲畑さんがそんな僕を見ながらニヤリと笑みを浮かべた。
「やん……っ♡ 急にやる気満々? いいよ……愛作くんから来ても♡」
両頬を両手で押さえながら、俯きながらも上目遣いで僕を見ながら咲畑さんが言う。
僕はそんな彼女を見て思わずまたドキッとしてしまった。仕草が一々あざとくて、童貞である僕にはあまりにも効果抜群の攻撃だった。
そんな事を言っている場合じゃない。兎にも角にも、彼女とは出来ない事を伝えなければ。
もちろん命の危機云々を抜いても、僕は彼女とは出来ない。今日初めて知り合った女の子と性交できるほど、僕のメンタルは強くない。
それになんか、ロマンチックじゃなくて嫌だ。
「咲畑さん……その……僕は出来ないよ……君とは」
「ん……? なんで……?」
きょとんとした顔で、首を傾げる咲畑さん。
僕はそんな彼女から顔を逸らしながら、話を続ける。
「咲畑さんがその……僕に好意を持ってくれている? のは嬉しいけど……僕はやっぱりその……するんだったらその……段階を踏んでちゃんと好きになってからがいいんだ」
「……ぷっ」
僕が思いを伝えると、咲畑さんは口元に手を当てながら、小さく笑った。
と同時に。彼女は目にも止まらぬ速さで腕を動かし、僕の股間部分に右手で触れてきた。
「……っ!?」
「こんなに固くして……期待しちゃって……何を言ってるの? 優しい誠実な男でも演じてるつもりなのかな……♡ それとも、本番直前で緊張しちゃって恥ずかしくなって逃げようとしてるのかな……?」
「やめ──」
「本当に辞めていいの? 私はいいんだよ? 私から誘ってるんだよ? 愛作くんは黙って頷くだけでいいんだよ……そしたら最高に気持ちよくなれちゃうんだから……♡」
右手で僕のズボンを摩りながら、咲畑さんがゆっくりと近づいてくる。
その大きくて綺麗な瞳は相変わらず魅力的で吸い込まれそうになる。ずっと見つめてしまう。
(……ん?)
彼女の瞳を見つめている時、僕はどこか違和感を感じた。
この目、咲畑さんの目、以前にもどこかで見たことがある。
つい最近だ。僕はつい最近、これと同じ目を見たことがある。
(……あっ!)
──思い出した。彼女の目はそっくりなんだ。彼の目とそっくりなんだ。
暴走していた時のケイの、ぐるぐると瞳孔を渦巻かせ血走らせ、どこか悲しみと憂いを感じるあの目にそっくりなんだ。
それに気づいた僕は、思わず言葉に出してしまった。
「さ、咲畑さんっ……! もしかして……なんか……無理してる……?」
僕がそう問うと、咲畑さんは普段とは比べ物にならないほど低い声で、小さく呟いた。
「……は?」




