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124.二人っきり

 とても狭い部屋。ダンボールが沢山積み重なっていたり、丸められたポスターのようなものが無造作にその辺に置かれたりしている部屋。所謂資料室。

 そこに僕は、咲畑さんと二人っきりでいた。

「えー……っと。確かこれと……」

 慣れた手つきでダンボールを漁ったり、箪笥を開けたりする咲畑さん。

 僕はそんな彼女を何も言わず何も声に発さず、ただただじっと見つめている。

 こんな時に何か会話を出来たら、いい男なんだろうなぁと何となく思う。

 でも僕にはそんな事できない。女子と会話だなんて基本、幼馴染であるリシアと妹のサラとしかしないから。どんな声色でどんな調子でどんな話題を振ればいいのか、皆目見当がつかない。

「もうちょっと待っててね愛作くん……」

 と、沈黙に耐えかねたのか。咲畑さんが申し訳程度に話しかけてきた。

「あ、うん……」

 だけど僕は突然話しかけられたが故、上手く返事をすることができなかった。

(何がうん、だよバカ……はぁ……)

 自分の情けなさとコミュニケーション能力の低さにうんざりして、僕はついため息をついてしまう。

 だけど仕方ないと思う。咲畑さんみたいな可愛い子と狭い部屋に二人っきりで緊張するなと言う方が無理だ。

 仲の良い女子とかならまだしも、咲畑さんとはあまり関わった事がことないし。多分、それが余計に緊張感を増している。

「ん……届かない……ごめん愛作くん、ちょっと来てくれる?」

「え、あ……はい」

 つい敬語になりながら、僕は急いで立ち上がり咲畑さんの元へと向かう。

 彼女の元にやってくると同時に、ふわりと甘いいい香りが漂ってきた。多分、咲畑さんの髪の匂いだ。

(気持ち悪いな……近づいただけで、いい匂いがするって思うなんて)

 僕は思わずため息をつきそうになるが、それを必死に抑えた。

 咲畑さんに聞かれて変に思われたら嫌だし。

「ちょっと私を……持ち上げてくれないかな♡」

「へぇえ!?」

「……ぷっ。変な声」

 咲畑さんが人差し指を立てながら、変なことを提案してきたので僕はつい、変な声を出してしまった。

 それに気づいて、自分が変な声を出したのに気づいて、羞恥心が一気に溢れてくる。

 耳たぶが、頬が熱い。今、きっと僕は顔が真っ赤だ。

 恥ずかしい。恥ずかしさで真っ赤になった顔を見られるのが恥ずかしい。ので、僕は急いで彼女から顔を逸らした。

「ほら、あそこにある資料を取りたいんだけど結構高いところにあるでしょ? 踏み台も無いし探すにしても時間かかっちゃうだろうし……」

 可愛らしくわざとらしくあざとく、咲畑さんは唇に人差し指を添えながら、話し続ける。

「愛作くんも男の子だし、女の子一人持ち上げるくらい造作もないよね? お願い……♡」

 ニコッと笑いながら、両手を合わせてパンッと音を鳴らしながら、お願いのポーズをしながら咲畑さんが頼み込んでくる。

 その可愛らしい仕草に、僕が抱える羞恥心がより増していく。

「ぼ、僕が取ればいいんじゃないかな!? 咲畑さんよりも背は高いし!」

「そうかな? 私と愛作くん、大して変わらないと思うけど……ていうかワンチャン私の方が高いような?」

 僕はこれ以上咲畑さんを直視しないよう、急いで彼女の背を向け、お目当ての資料へと手を伸ばす。

 しかし、それに僕の手は届かなかった。惜しいとかあと少しとかじゃなく、シンプルに届かなかった。

「ほら届かない。私が愛作くんを持ち上げてもいいんだけど……私、力無いしなぁ」

 必死に手を伸ばす僕を見ながら、ニコニコと笑みを浮かべながら、物欲しそうに咲畑さんが言う。

 そして、何故か僕の脇腹をツンツンッと人差し指で突き始めた。少しこそばゆく、思わず笑いそうになるが、僕はそれを必死に抑えた。

「愛作くん……お願い♡」

 と。咲畑さんが僕を覗き込むように見ながら、子供のような無邪気な笑顔を浮かべながら懇願してきた。

 その仕草と表情にまた、僕の胸が大きく高鳴る。ドキドキと、緊張と緊迫を心臓を通して全身に伝えてくる。

 ダメだ、何かがおかしい。さっきからずっと、ドキドキが止まらない。

「はい愛作くん。私両手を上げたよ? さ、持って持って……♡」

 と。バンザイをしながら咲畑さんが言う。

 ズレた制服の間から一瞬、彼女の脇が見えてしまったので、僕は急いで顔を逸らす。

「はーやーくー。いつまで経っても終わらないよ?」

 咲畑さんが軽い調子で、ほんの少しだけ嘲るように、僕にお願いをする。

 確かにそうだ。このまま恥ずかしがっていてはいつまで経っても終わらない帰れない。

 この胸のドキドキを止めるには。あまりにも童貞に刺激の強いシチュエーションを止めるには、素直に彼女の言うことを聞くしかない。

 意を決するように。僕は両手をギュッと握ってから、手を開く。

 そしてバンザイをしたまま待機する咲畑さんの後ろに行き、彼女の腰の辺りに向け手を伸ばす。

 密着する。すぐ目の前に、咲畑さんの綺麗な髪の毛とどこか艶やかなうなじが見える。さっきよりも強く、甘い香りが僕の鼻を襲う。

 胸が高鳴っていく。ドキドキと、咲畑さんに聞こえてしまうのではないかと不安になる程、大きな音で鳴り響く。

(……やれエイジ、やるんだエイジ。僕だって男だ、男なんだ。だったら女の子一人くらい軽く持ち上げなくては。そうだ、持ち上げるだけだ。それ以上でもそれ以下でもそれ以外でもない。ただただ持ち上げるだけだ。幼い頃によくサラを持ち上げてあげた事がよくあったじゃないか。それと何ら変わりはない。ただ目的のために、高いところにある物を取るためだけに、僕は咲畑さんに触れ彼女を持ち上げるんだ。それだけだ、他意なんてない。手伝うため、手伝うが為、僕は彼女を持ち上げるんだ)

「……まだ?」

「へ!? あ、うん! 今やるよ!」

 と、咲畑さんに急かされ、僕は思わず思いっきり力を込めて彼女の脇腹部分を掴んでしまった。

「んっ……やだ愛作くん……力強い……激しいよ……♡」

「あ! ご、ごめん咲畑さん!」

 消えてしまいそうなほどに細く小さな声で呟く咲畑さんの言葉を聞き、僕はすぐに彼女から手を離す。

 それと同時に僕は瞬時に頭を下げ、彼女に謝った。

「ふふ……別に謝らなくてもいいよ♡」

 ニコニコと笑みを浮かべながら、優しく微笑みながら咲畑さんは僕を許し、何故か頭に手を添えてきた。

 そして、彼女はその柔らかい手のひらで僕の頭をゆっくりと撫でていく。

「さ、もう一回……早く取らないとね、資料」

「う、うん……」

 咲畑さんが言うと同時に僕は頭を上げて、姿勢を正す。

 再びバンザイをし、僕に持ち上げられるのを待つ咲畑さん。

 僕はそんな彼女の脇腹付近に再び、手を伸ばした。

(クソ……。こんなんじゃ持たないよ……僕のメンタル)

 ドキドキと五月蝿い心臓の鼓動を感じながら、僕は意を決して、彼女の脇腹付近に優しく触れた。

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