120.邂逅
「ね! お兄ちゃんって酷いでしょ!? もう少し私のこと大切にしてくれてもよくない!?」
「まだ続く? お兄ちゃん話」
「当たり前だよ! もっとあるからね!」
お昼休み。私は友達と一緒に色々話ながら歩いていた。
リシアお姉ちゃんには言えないお兄ちゃんへの不満をぶつけられる貴重な相手だから、私はここぞとばかりに彼女に愚痴りまくっている。
お兄ちゃんの話を聞いてる時の彼女は、私の話に心底興味なさそうだけど。
「ん? あ、おーい! サラちゃーん!」
「それでね! この前なんかお兄ちゃ──」
「サラ? 誰かに呼ばれたよ?」
「え? 誰誰どこどこ?」
友達に指摘され、私は私の名前を呼んだ人を探す。
あっちをキョロキョロ、そっちをキョロキョロ。一体全体誰が私を呼んだんだろう。
「あはは……こっちこっち」
と。後ろから居場所を伝える声。
それを聞いた私はすぐに振り返る。するとそこには──
「若井先輩……」
お兄ちゃんのクラスメイト、若井アムル先輩が立っていた。
彼女の隣には私の知らない人が立っている。多分若井先輩の友達だと思う。
「購買の帰りに偶然見かけちゃって話しかけちゃった。迷惑だった……かな?」
「いえいえ! 若井先輩、会えて嬉しいです!」
少し申し訳なさそうに言う若井先輩の言葉を否定しながら、私は拳を握りしめがらそう言う。
若井先輩とはもっと仲良くなりたかったし、いい機会かも。
そう思いお兄ちゃんの話題を出そうとした時、隣から鋭い視線を感じた。
「……じー」
「あ……」
そこで思い出した。そういえば私、友達と一緒にお手洗いに行こうとしていたんだった。
しかも彼女は若干人見知りなところがあるからか、早く行こう早く行こうと目で訴えてきている。気がする。
「あー……っと。すみません若井先輩、私たちお手洗いに行く途中で……」
「あ、そうなの? こちらこそごめんね、無理に引き留めちゃって」
私と若井先輩は同時に頭を下げる。そして次も同時に顔を上げ、同時に笑みを浮かべた。
「それじゃまたね! サラちゃん」
「はいっ!」
手を振りながら歩き出す若井先輩。それに合わせ、彼女の隣に立つ綺麗な女性も歩き出した。
私は若井先輩たちに向け、手を振──
「……へ?」
手を振ろうとした瞬間、全身がビクッと跳ね、背中を何か冷たいものが走った。
背筋が凍った、という表現が正しい感覚。全身に鳥肌が立って、全身が恐怖を感じていて、全身が怯えている。
天敵に会った時のような、蛇に睨まれたカエルのような気分だ。
(な……に? え? なに……?)
「ん……? どうしたのサラ?」
私は思わず辺りを見回す。何か原因があるんじゃないかと、自分が恐怖を感じる何かがあるんじゃないかと見回す。
けれど何も見つからない。何も変なものはない。強いて気になったものを言うならば──
若井先輩の友達がこちらに振り返って、小さく笑みを浮かべていた。という事くらい。
「サラ?」
「……あ、うんごめん。行こっか」
*
「可愛い後輩じゃない……いつ知り合ったの? アム」
ニコニコと笑みを浮かべながら、隣に立つ咲が話しかけてくる。
隠す意味もないし、私は素直に彼女に伝える。
「あの子は愛作くんの妹さん。この前一緒にお昼した時に仲良くなったの。ほら、咲が委員会に行っていなかった時」
「あー……先週? なになにアムも愛作くん狙ってたの? まずは妹から懐柔するのかな? やらしい強かな子だね♡」
「冗談言わないで。咲には何回も言ってるでしょ? 私にはあの人以外あり得ないって。サラちゃんと仲良くなったのはたまたまだよ」
購買で買ったお菓子を一口食べながら、私は咲にそう言う。
彼女は変わらず笑みを浮かべながら、何故か私の頭を撫でてきた。
「はいはい。アムは一途でいい子だね……私、一途な女の子大好き♡」
「撫でないでよ……頭」
おちょくるように言う咲に、私は思わずため息をつく。
咲のことは好きだけど、時折私をバカにしてくる態度はあの子を思い出して少しムカつく。
「あーん……っ。わっ、中々美味しい! アムも食べてみ?」
「ん? どれどれ」
咲に言われ、私は彼女の持つお菓子の袋へと手を伸ばす。
すると何故か彼女は、自ら提案してきたくせにお菓子の袋を私から遠ざけた。
私は思わず咲を睨みつける。相も変わらずニコニコとした笑顔で、彼女は私を見ていた。
「ふふふ……私があーんしてあげるから、ちょっと待ってねアム」
そう言うと、咲は空いている手でお菓子を一つ手に取り、私に差し出してきた。
「えー……」
私は思わず周りを見回しながら、不満を口に出してしまった。
「恥ずかしいんだけど……廊下だし、周りに人いるし」
「いーじゃんいーじゃん♡ ほらアム、あーん……♡」
「やだ」
「……あーん?」
「やだって」
「……えー、つまんないの」
と、頬を膨らませながら咲が言葉通りつまらなそうに呟く。
しょうがないじゃん。教室ならまだしも、廊下のど真ん中でイチャついたら目立つんだから。咲はいいかもだけど、私はあまり目立ちたくない性分だし。
「……えい隙ありッ!」
「んむ!?」
私が油断した一瞬、その一瞬で咲が無理矢理私の口にお菓子を押し付けてきた。
突然の事態に上手く対応することができない。私は、口を開けてお菓子を食べることしかできなかった。
仕方なく咲の押し付けてきたお菓子を口に含み、口を動かし食べてみた。
舌がヒリヒリとし始めてきた。全身が徐々に暑くなっていく感覚。
「……辛い」
私は一言、そう呟く。
すると咲は満足そうに口角を上げながら、私の頭を撫でてきた。
「アム、辛いの好きだったでしょ? どう?」
「別に……好きでも嫌いでもないんだけど」
食べ終えたのにまだ舌がヒリヒリして痛い。無理矢理突っ込まれたのもあって。
「辛いものっていいよねぇ……絶対に求めている物を得られるから。ね、アム」
パリパリと心地よい音を鳴らしながら、咲がそう呟く。
「そーだね」
私はとりあえずテキトーに返事をしておいた。上手い返し方が思いつかなかったから。
「アムー、午後の一発目何だっけ?」
「えーと……月曜だから……確か数学だよ」
「えー……つまんないなぁ」
楽しそうに話す咲。嬉しそうに笑う咲。満足そうで何より。
「はぁ……午後の授業面倒くさいなぁ。サボりたいなぁ……トイレに引き篭もろうかな? 保健の授業だったらいいのになぁ……いや……大体わかるし逆に一番つまらないか……」
私と会話をすることなく、しようともせず、咲は一人で呟き続ける。
「……もっとちゃんと性教育はするべきだと思うんだよねぇ。今の子、男女問わず貞操観念ぶっ壊れてる子多いし……それはそれでいいけど、せめて責任感は強くあってほしいなぁ」
そんな彼女はどこか、遠い目をしていた。




