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108.溢れる井戸の水

「それでケイ……私たちに相談したい事とはなんだ?」

 ポテトを食べながら、クティラがケイを見ながら言う。

(当たり前のように自分を含めてるな……)

 そう思ったけど余計なことは言わずに、僕はケイが話してくれるのを待つ。

 数秒経って、ハンバーグを一口食べてから、ケイは話し始めた。

「うん……実はね。その……言いづらいんだけど……」

 彼は俯きながら、言葉を濁しながら小さく呟く。

 あまりに小さな声で何も聞き取れなかった。けれど、暗い表情で俯く彼を見ると安易に聞き返せなかった。

「うむぅ……忘れていたな。私としたことがすっかりだ」

(クティラは聞き取れたのか……)

 ますます聞き返しづらい雰囲気だ。仕方がない。本当は聞き返したほうがいいと言うのはわかっているけど、クティラとケイの会話を聞いて概要を知るしかない。

「エイジはどう思う? と聞いてもお前では思いつかんか……」

 と、クティラが僕に聞いてきたかと思えばすぐに自分で結論を出して僕の意見を聞くのをやめた。

 助かったと言う気持ちと、なんかムカつく気持ちが混在する。前者の方が強いから我慢できるけど。

「むむぅ……私では半パイアのその気持ちがわからないが故、事の重大さがいまいち把握できん。吸いたい時に吸えばいいと思うのだがなぁ」

(……そうか! その話題か!)

 クティラのぼやきでわかった。ケイの相談とは、数日前に彼に起きた、血を吸いたい衝動についての相談だったのだ。

 人間としての血を吸いたくないと言う気持ち、吸血鬼としての血を吸いたくてたまらないと言う気持ち。その二つが複雑に入り混じって起きる自己矛盾、その苦しさについて彼は相談を持ちかけたのだ。

 悔しいが先刻クティラが言った通りだ。何を隠そう僕もその気持ちに苦しんでいる立場なのだ。それ故、どうすればいいのか問いかけられても答えは出せない。

「エイジくんはさ……なったことあるんだっけ? 血を吸いたくて吸いたくてたまらないあの気持ちに……」

 相変わらず俯きながら、けれど目だけはこちらを見ながら、ハンバーグを食べながらケイが問いかけてくる。

 僕はそんな彼の質問に、ポテトを一つ食べながら頷く。

「……どうやって抑えてるの? どうやって解消してるの? 教えてくれないかな……?」

 先程までの元気の良さはどこに行ったのか、やけにしおらしく彼は僕に聞いてくる。

 それだけ彼にとって、いや、僕たちにとって大事な問題なのだろう。半パイアの持つ人間である自分と吸血鬼である自分の、相反する本能から生まれるこの葛藤は。

「僕の場合は……だな」

 僕は思い出す。自分がどうやって血を吸いたい衝動を抑えているのか。思い出したくない記憶を記録として思い出す。

(……あれ? 僕ってどうやって無くしてるんだ?)

 改めて思い出すと、僕の欲求は精一杯我慢しているといつのまにか無くなっている、というパターンが多い気がする。

 いや違う。明確な理由があったはずだ。けれど何故かそれをイマイチハッキリと思い出せない。

「エイジの場合は私が代わりに血を吸うことで満たしているのだ。この童貞は欲はあるものの、それに従わず必死になって己を戒めるからな……正当化できる理由作りは楽だと言うのに」

 僕が何も言わずにいると、クティラが呆れたように僕を見ながら、理由を説明してくれた。

 そうだ。確かにそうだ。以前クティラが言っていた気がする。私が吸ったから満たされた、と。

 曰く、一心同体だから。

「……そっか。クティラちゃんとエイジくんって一心同体なんだもんね」

 と、少し寂しげにケイが言う。

 そんな彼を見て、僕は思わず目を逸らしてしまった。

 多分ケイは僕と自分の境遇が、抱える悩みが全く同じだと思っていたのだろう。事実同じだ、全く同じだと思う。あの気持ち悪くて苦しくて辛い気持ちを僕たちは分かち合えるはずだ。

 けれど、僕とケイには決定的な違いがある。

 それはクティラの存在だ。クティラは生まれ持っての吸血鬼、人から血を吸う事に嫌悪感なんて覚えはしない。

 そして僕と彼女は一心同体。僕の欲求はクティラの欲求、クティラの欲求は僕の欲求。僕が満たされればクティラも満たされ、クティラが満たされるならば僕も満たされる。

 僕はケイと違って、自分の持つ欲求はクティラが代わりに満たすことで解消されるのだ。自分の欲求は自分だけで、どうにかしなければいけないケイと違って。

 他人に苦しみを代わってもらえる、消してもらえる僕とは違って。

「……あはは。ごめんねエイジくん」

 と、何故かケイは苦笑いをしながら謝ってくる。

 そして小さな声で、恐らく僕たちには聞こえないようにとても小さな声で──

「……そっか。私だけなんだ」

 と、彼は呟いた。

「……ッ! ケイッ!」

「へ!? わわっ!?」

 それを聞いた、聞いてしまった僕は思わず彼の両腕を握ってしまった。

「エ、エイジくん!? 危ないよ!?」

 彼が両手に持つフォークとナイフがプルプルと震えているからか、彼は僕に急いで注意喚起。

 それでも僕は離さない、離せなかった。どうしても離せなかった。

 握っていたかった。一人で抱え込もうとするケイに僕が居ると、僕も一緒だとどうしても伝えたくて、僕は彼の両腕を握り続けてしまう。

「……ケイ、もっと僕を頼ってくれよ」

 震える声で僕は思わず、心からの本音を呟いてしまった。

 何も知らないし、何もできないかもしれない。それでも、ケイの苦しみはわかる。それだけは絶対に、絶対だ。

 あの苦しみを一人で抱え込もうとするなんて間違っている。それも絶対だ。

「……あはっ。エイジくん……本当に優しいんだね、君は」

 と、彼が微笑みながら僕の名前を呼ぶ。

 そんな彼の笑顔と、声を聞いて。僕はゆっくりと彼の両腕から手を離した。

「……えへへ。本気で心配してくれてありがとうエイジくん。私、嬉しいよ」

「……ケイ」

「だからね……今はその気持ちだけで十分かな。最悪……誰かの血を吸えば収まるしね、衝動」

 と、悲しげに憂いを帯びた雰囲気でケイは言う。

 そんな彼を見て、僕は小さく呟いた。

「……結局血を吸わないといけないんだったら、僕の血を吸わせてあげられればよかったのにな」

「……む! それだエイジ!」

「……は?」

 僕の呟きを聞いて、珍しく静かでいたクティラが急に立ち上がり、僕をビシッと指差した。

 ニヤリと、広角を最大限まで上げ、口が裂けそうなほどに笑みを浮かべ、ドヤ顔をするクティラ。

 そんな彼女を見て、僕とケイは同時に首を傾げた。

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