106.急に歌うよ
「というわけで! やってきたのはカラオケでした!」
「……なんか、久しぶりに来たな」
「私は初めてだ」
綺麗なピンク色の髪を靡かせながら、ケイが何故かドヤ顔をしながら状況説明。
彼の言う通り、僕たちはカラオケに来ていた。
ソファーが二つ合わせてL字型に置かれており、広くも狭くもない部屋。よくある普遍的な部屋だ。
僕はとりあえず奥の方に座り、真ん中に置かれたテーブルの上に持っていた飲み物を置き、一息つく。
「エイジくんエイジくん、隣いーい?」
と。ケイがニコニコしながら、僕を覗き込むように見ながら言った。
「ん? いいよ」
僕がそう答えると、ケイは嬉しそうに微笑みながら、意外と勢いよく右隣に座った。
と同時に。左隣にはクティラが座ってきた。何故かドヤ顔をしながら。
「……それでエイジ、ケイ。この機械はどうやって使うんだ?」
手に持ったコップを口に付けながら、ビシッとタブレットを指差すクティラ。
「えっとね……よいしょっと」
四つん這いになりながら、僕の膝の上をケイが跨る。
それと同時に鼻腔に来たのはとても甘くて良い匂い。恐らくケイの髪から漂ってきた匂いだ。
「これがあれでーそれがこうでー……」
「うむ。これがあれで、それがこうなのだな」
「うんうん。それでまずは採点入れてー……」
「うむうむ。色々あって意味わからんな!」
(……ケイって、確かウィッグ付けてたよな?)
とても偽物の髪には見えない綺麗なピンク髪に、僕は思わず目を奪われる。
この髪からあんなにいい匂いがするのかと考えると、少し恥ずかしくなってきた。
(友達の髪の匂いで……なにを考えてんだ僕は)
自分に呆れて、僕はケイとクティラに聞こえないように小さくため息を付いた。
「はいエイジくん! 私とクティラちゃんは入れたよ!」
「……あ、サンキュー」
隣に女の子座りをしているケイが、満面の笑みを浮かべながら僕にタブレットを渡してきた。
僕は頷きながら返事をしながらそれを受け取る。と同時にケイは僕から少し離れて、ちょこんっと普通にソファーに座った。
(……一番最初に入れる曲って、悩むな)
自分の趣味全開の曲を入れるか、みんなが知っているだろうメジャーな曲を入れるか、まずそこから迷う。
僕は正直、自分の趣味全開で行きたいが、マイナー寄りなのでいつも首を傾げられる。ので空気を読んでメジャーな曲を入れることが多いのだが──
「うむ……音がデカいな!」
僕が悩んでいると、突如爆音が部屋に鳴り響いた。
それに反応して顔を上げてモニターを見ると、曲名が大きな文字で映し出されていた。
ケイの選曲は、本当の悲しみを知った瞳が愛に溢れている感じの曲。結構有名な曲だけど、少し古い。
「さあさあまずは私! 広末ケイ! 行きます! 歌います!」
と。ケイがマイクを片手に持って立ち上がり、ビシッと僕たちを指差してきた。
次の瞬間、モニターに歌詞が二行で映し出された。それを見ながら合わせながら、ケイが歌い出す。
僕はそれを聞いて、一瞬鳥肌が立ってしまった。
全身に響くように伝わる圧倒的な声量。ハッキリとした強弱。心を動かされる感情表現。僕は素人だけどわかる。ケイはめちゃくちゃ歌がうまい。
タブレットをその場に置いて、僕はケイをじっと見つめる。彼の歌声を聴くために全集中し始めた。
「エイジ、すごいなケイは」
「……ああ」
ニヤニヤ笑みを浮かべながらケイを称賛するクティラに、僕は頷きながら同意する。
あと二時間。この歌声を聞ける機会があると考えると、めちゃくちゃ嬉しい。
「……ふう。歌い切ったー!」
少し息を切らしながら、満足そうに叫びながら、ケイが全身で倒れ込むようにソファーへと座る。
「すごかったぞケイ! 私は好きだ! お前の歌!」
「え? えへへ……ありがとクティラちゃん」
「僕も凄いと思ったよ、ケイ」
「あはは……私大絶賛じゃん。ちょっと自信つくかも」
ケイが少し照れくさそうに笑うと、それと同時にモニターに点数が表示された。
僕とクティラが大絶賛したケイの歌。その点数は──
八十二点だった。
「む……ケイの歌で八十二点なのか。厳しいな……カラオケ」
不満そうにクティラがそう言う。僕も少し不満だ。絶対に九十点を超えていると思ったのに。
「まあこんなもんだよねぇ……音程はズレまくってたし」
と。ケイが飲み物を飲みながら呟く。
僕もそれに倣い、なんとなく飲み物を一口飲んだ。
「あ、エイジくん。演奏中止押してくれる?」
「あ、わりぃ」
そういえば今は僕がタブレットを持っているんだった。僕はすぐに、横に置きっぱなしのそれを手に取り、演奏中止ボタンを押した。
「次は私だな! ふふふ……刮目せよ! 高くつくぞ私の歌は!」
ビシッと、謎のポーズを決めながら立ち上がるクティラ。
右手に持ったマイクをクルクルと回し、ニヤリと得意のドヤ顔を浮かべながら力強く立っている。
僕はクティラからモニターに視線を変え、彼女がどんな曲を選んだのかを見た。
クティラの選曲は、子供は子供のフリをして実は大人になっていくという歌。結構最近の歌だ。
「あはっ! クティラちゃんうまいうまーい!」
僕の隣に座るケイが嬉しそうに手を合わせながらクティラを賞賛する。
僕も上手いとは思う。けど、さっきのケイが凄すぎてイマイチ気持ちが昂らない。
それにしても、この二人の後に僕は歌うのか。この三人の中では一番下手な自信があるから、少し憂鬱だ。
歌う順番って大事なんだなと、思い知らされた気がする。
ケイの後じゃなくてよかった。
「……ふふふ、歌いきったぞ私は」
満足げに微笑み、クティラはマイクをくるくる回しながらソファーに戻ってくる。
そして僕の隣に勢いよく座った。その影響で、ソファー全体が少し揺れる。
と同時に。モニターに点数が表示された。クティラの点数は──
八十七点。
「……たか」
「すごいクティラちゃん!」
「うむ……! そうか! 私はケイより上手いのだな!」
これ以上ないくらいに口角を上げ、怪しく笑うクティラ。まるで悪役みたいだ。
「……む? 次の曲が始まらないぞ? エイジ、入れたのか?」
「……あ。二人の歌聴いていて忘れてた」
クティラに指摘され、僕は急いでタブレットを手に取る。
とりあえず演奏中止を押して、採点画面を閉じる。
その後に僕は、パッと思いついた曲を選んだ。
それと同時に、モニターに曲名が表示される。数秒後、より大きな文字で曲名が表示され、演奏が始まった。
「ほれエイジ。私とお前は一心同体なのだから、マイクも一緒だ」
と、言いながらクティラがマイクを渡してくる。
二つしか用意されてないから、一心同体とか関係なく使い回すことになるんだけどな。と思いながら僕はそれを受け取る。
立ち上がるかどう一瞬迷い、ケイもクティラも立って歌っていたことを思い出し、僕は立ち上がった。
僕が選んだ曲は、あの日の少年が自由を望む歌。一番好きな歌だ。
マイクを握り締め、足に力を入れ、僕は息を吸う。
歌詞が表示されると同時に、僕は歌い出した。
「おー……エイジくんカッコいい! 見た目は可愛い女の子なのにカッコイイ!」
「うむ……一見叫んでるだけのように聞こえるが、それもまた良し!」
ケイの賞賛と、褒めてるのか褒めてないのかわからないクティラの評を聴きながら、僕は歌い続ける。
ラスサビ。喉が痛むほどに叫んで、力を入れて、僕はその歌を歌いきった。
「……はぁ」
一息つく。最高だ、やっぱり好きな歌を全力で歌うのは最高だ。
そのまま僕は何も言わずに、ゆっくりとソファーへと戻った。
それとほぼ同時に、モニターに点数が表示される。
僕の点数は──
七十八点。
「おぅ……」
僕だけ八十点を超えなかったせいか、なんか微妙な空気が流れる。
「エイジ……」
と。クティラが名前を呼びながら、僕の肩をポンっと叩いた。
「私は好きだったぞ」
グッとサムズアップをするクティラ。だがその表情はどこかぎこちない。
「大丈夫大丈夫エイジくん! 私だって普段七十点台だし!」
と。ケイがニコニコしながら僕を励ましてくれる。
彼は僕の両手を取り、それを握って、大丈夫大丈夫と励ましてくれる。
なんか、そこまでフォローされると、逆に悲しくなってくる。
「それじゃあ次は私の番かな? 何入れよっかなー」
と、ケイは僕から手を離し、近くにあったタブレットを手に取った。
「……む、飲み物がなくなった。エイジ、取りに行くぞ」
「ん? おう……」
クティラが僕の肩をツンツンしながら立ち上がる。ので、僕もコップを手に取り立ち上がる。
「あ、クティラちゃんクティラちゃん! 私のもお願い!」
「オーキードーキーだ。何がいい?」
「とりあえず炭酸!」
「うむ! では行くかエイジ!」
「おう……」
両手にコップを持ち、ドヤ顔をするクティラ。
扉を開けろ、と彼女は顔だけで伝えてきたので、僕は彼女を追い越し扉を開ける。
と同時に。演奏が始まった。ケイが曲を入れたのだろう。
何を歌うんだろう。彼女の選曲が気になったまま、僕たちは部屋を出た。




