100.全員集合
「リシアお姉ちゃんも食べる? ポテト」
「うん、食べる」
「私も食べるぞ」
「……帰るんじゃなかったのかよ」
サラに彼氏が出来たんじゃないかという疑惑から始まったしょうもない追跡劇が終わった後、僕たちはフードコートに来ていた。
帰る気満々だったのに何故かフードコート。そこにいる理由はウチの居候吸血鬼のクティラが何か食べて帰りたいと言ったからだ。
そして彼女たちが食べているのが、ポテトとかハンバーガーとかのジャンクフード。前来た時に僕が食べたセットに似ている。
一つのセットをみんなで分け合って食べているという感じだ。僕はあまり食べる気がないので、それを見ているだけ。
「お兄ちゃんは食べないの?」
「うん? ああ……別にいいかなって」
「一本くらい食べれば? はいっ」
「……じゃあ一本だけ」
サラがヒョイっと差し出してきたポテトを、僕は指で挟んで受けとり、そのまま口に含む。
美味しい。けどこの前と微妙に違う感じがする。揚げる人が変わったのかな。
「……む? エイジエイジ。あっちを見ろ」
と、隣に座るクティラが肩をツンツン突きながら、遠くを指差して言った。
彼女の指差す方向へと僕は視線を向ける。そこにいたのは、見覚えのある可愛い子。
「……ん? もしかして……ケイか?」
そうだ、間違いない。確かにケイだ。
初めて会った時と同じような、小学生の女の子が着そうな服を着ている。一人で遊びに来たのだろうか、周りに親しげな人はいない。
「よし……! ケイも誘うか……!」
と、クティラはニヤリと笑いながら言う。
その直後、ポンッとボールを叩いたような音が鳴ると同時に、クティラがミニクティラ状態へと変化した。
そのまま彼女は空に浮かび、僕の肩の上に乗っかってくる。
「なんで戻ったんだよ?」
「限界だったからだ、ちょうどな。ほらほら、早くケイのところに行くぞ」
(こいつ……自分で歩きたくないからミニクティラに戻ったんじゃないだろうな)
僕は小さくため息をつき、そのまま立ち上がる。
リシアとサラに友達を見かけたので話しかけてくる、と伝え、僕は席を後にした。
そのままゆっくりと、けれど追いつけるように少し早歩きで、僕はケイの元へと向かう。
どこか楽しげに歩いているケイ。両手に袋を持っており、隙間から中身が見えた。女の子の着そうな可愛い服がたくさん入っている。
「ケイ……」
僕は彼の名を呼ぶ。けれど反応はない。小さな声ではなかったと思うのだけれど、聞こえなかったのかな。
ふと、僕はケイの横顔を見る。そして気づいた。彼は両耳にイヤホンを付けていたのだ。
これじゃ話しかけても聞こえないわけだ。仕方なく僕は、彼の肩をトントンっと叩く。
驚いたように全身ビクッとさせ、素早く振り向くケイ。
「あ……エイジくん……!」
肩を叩いたのが僕だとわかると、嬉しいことに彼は笑顔を浮かべながら、イヤホンを取り外しながら僕の名前を呼んだ。
「よ、ケイ」
「偶然だね! エイジくんもお買い物? クティラちゃんもこんにちは」
「うむ! こんにちはだケイ! こんにちは、だ!」
何故か二回挨拶するクティラ。そんなクティラを見ながらケイは肩を小刻みに揺らしながら小さく笑う。
「早速だがケイ! お前も来い!」
「へ!? ど、どこに……?」
経緯を何も伝えずビシッと指で差しながらついて来いと命令するクティラ。当然それに驚き疑問を抱き、びっくりした顔をするケイ。
僕は思わず頭を抱えそうになる。誘うなら誘うで、もう少し言い方があるだろうに。
「あの……だなケイ。僕たち今フードコートで食事してるんだけど……ケイもよかったら来ないか?」
「あ、そうなんだね。うーん……いいよ! 用事はもう終わってるし、あとは帰るだけだったし」
ニコッと笑いながら僕たちの誘いに乗ってくれたケイ。いい子で助かる。
「じゃあ、行こっか」
「ケイ、お前はポテト好きか? 私は大好きだ」
「ポテト? うん、大好きだよー」
肩の上に乗るクティラを撫でながら、ケイが僕の横にやってきて歩き始める。
ので、僕も歩き始め、サラとリシアの元へと向かい始めた。
「む……? マズイな、認識阻害ッ!」
と。何故かクティラが急に立ち上がり、僕の耳元で叫んだ。
キーンと耳が痛む。耳元で叫ぶなといつも言ってるのに、全然直してくれない。
て言うか、そこは正直どうでもいい。なんでクティラは今、認識阻害を使ったんだろう。
「わぁ……結構大人数だね」
と、隣にいるケイが呟く。
大人数? リシアとサラしかいないはずなのに。僕は疑問をに思いながら、元いた席を見た。
するとそこに居たのは──
「流石アーちゃん! 私に出来ないおねだりを平然とやってのけるッ! そこに痺れちゃう憧れちゃう!」
「いや、普通にポテト一個貰っただけじゃん……」
クラスメイトの若井アムルと、その姉であるラルカなんたらかんたらうんたらが居た。
どうしてここにいるんだろう。と思ったけどなんとなく想像出来た。
「んえ? あれクティラちゃんじゃん。昨日ぶりだねー」
と、こちらに気がついたアムルが、僕をクティラと呼びながら手を振ってきた。
そう言えばアムルは女体化している僕をクティラだと誤認しているんだったっけ? 初めて会った時にエイジだとバレないように誤魔化したから。
それで確かラルカは、僕のことをエイジという女の子だと誤認していたはずだ、
面倒くさくてややこしい設定だ。把握するのがダルすぎる。
そこで気づいた。アムルとラルカが居たから、さっきクティラが認識阻害を発動させたのか、と。
クティラは一応ちゃんと設定を覚えていて、配慮してくれているんだなと感心する。一応ありがとうと、僕は心の中でお礼を言っておいた。
とりあえず僕たちはそのまま真っ直ぐに、リシア達の元へと向かった。
「やほーエイジちゃん!」
するとラルカが笑みを浮かべながら、手を振りながら僕の名前を呼ぶ。
それを聞いて僕は一瞬ビクッとなってしまった。今のをアムルに聞かれたら、また面倒なことになる。
恐る恐るアムルを一瞥。彼女はリシアと仲良さげに話しており、ラルカの言葉は聞いていない様子だった。
僕はホッと一息つく。セーフだ、ギリギリセーフ。
そのままケイと横並びになりながら移動し、僕たちはようやく席にたどり着いた。
人数が増えていたので、いつのまにか隣の席がくっつけられており、広くなっている。
とりあえず空いてる席に座る僕とケイ。チラッとケイを見ると、少し気まずそうな顔をしている。
「大丈夫だよケイ……みんな悪いやつではないから」
「う、うん……それはわかってるけど、エイジくんの友達だし。けどやっぱり……私だけ部外者感強くて……」
(そりゃそうだよな……悪いことしたな)
リシアとサラだけならともかく、アムルとラルカも居て、ケイは少し居心地が悪そうだった。
ケイはまだ僕とクティラとしか関わったとこがない故、疎外感を強く感じているのだろう。
「あー! お兄ちゃ……じゃなくてクティラちゃん! その隣にいる子ってもしかして!」
と、僕たちに気づいたサラが立ち上がりながら、ケイを指差す。
少し駆け足気味にやってくるサラ。僕を通り抜け、ケイの席の隣に立ち、その場で立ち止まる。
「えと……?」
ニコニコ笑顔にサラに対して、ケイは困惑の表情を浮かべている。僕もサラの行動の意味がいまいちよくわからず、思わず首を傾げてしまう。
するとサラは、じっとケイを見ながら、口を開いた。
「お兄ちゃんのお友達のケイさんですよね!? やばぁ……本当に可愛い! 間近で見ても可愛い! すごい可愛い!」
「へ……!? うぇ……えっと……ありがとう……?」
目を輝かせながらケイを褒めちぎるサラ。それに戸惑いながらも照れくさそうにほおを染め、俯くケイ。
「わぁすご……! 一眼見ただけでわかったけど肌やば……どうなってるのこれ……髪も私の数倍ツヤツヤだし……チートだよこれチート……顔面もマジ国宝級……!」
「あわわわわ……!」
二人で楽しげに話し始めたので、僕はなんとなく彼女たちから視線を外し、リシアたちの方を見る。
「それでね……お姉ちゃんったら酷いんだよ? 私の邪魔ばかりしてさー」
「だってアーちゃんが……アーちゃんが……」
「あはは……ラルカも攻めすぎはダメだよ。でもアムルちゃんも──」
三人で仲良さげに話していた。リシアは苦笑いをしつつも心から笑みを浮かべているのがわかるし、アムルも文句と不満を垂れつつもどこか笑顔な雰囲気、ラルカだけはガチで泣きそうだけど。
「なあエイジ……」
と、クティラが僕の頬をつねりながら話しかけてきた。
「なんだよ?」
僕はクティラの方を見て、思わず首を傾げる。
肩の上に座るクティラはどこか自信満々に、ドヤ顔をしながら遠くを見ていた。
「なんていうか……私たち、浮いてないか?」
「……あー」
クティラの言葉を聞いて、僕は辺りを見回す。
まるで憧れのアイドルに出会えたかのように全身を輝かせながら、照れくさそうにしているケイに話しかけているサラ。
ポテトをつまみながら、大きな笑いはないものの笑顔を絶やさずに会話し続けているリシアとアムルとラルカ。
その二つのグループに挟まれ、特に誰とも会話をしていない僕とクティラ。
──確かに浮いてるかも。
「ふふふ……エイジよ。ここはラノベの主人公らしく、やれやれと言った具合にヒロインたちを見守ろうではないか」
「ラノベの主人公になった覚えないけど……?」
アホなことを言うクティラに軽くツッコミ、僕は小さくため息をつく。
この吸血鬼に出会ってから色々なことが起きすぎだ。
幼馴染のリシアがヴァンパイアハンターだったり、魔女が家に突撃してきたり、その妹が魔法少女だったり、新しく出来た友達が半パイアだったり。
しかもクティラと出会ってからまだ一週間ちょいしか経っていない。もう百日はクティラと一緒にいる気分だけど、その実一ヶ月すら経っていない。
密度が高すぎる。というより時間の進みが遅すぎる。ダラダラとしょうもない日常が延々と続いている、そんな気がする。
でもまあ、そんな暮らしが嫌いかと問われたら、僕はすぐに首を振ると思う。
それこそ、前にクティラが言っていた通り。こんな毎日がずっと続けばな、と思わなくはない。
「どうしたエイジ……ボーっとして」
クティラが首を傾げながら、僕を見つめながら疑問を口にする。
そんな彼女を見ながら、僕は思わず──
「なんか色々なことがあったけどさ……お前と出会えてよかったと、僕は正直思ってるよ」
頭の中で考えていた台詞を言葉を、声に出してしまう。
我ながらクサイセリフを吐いているのはわかる。けど、雰囲気がそんな感じだったのでつい言ってしまった。
するとクティラは、少し困ったような顔で──
「なに最終回みたいなこと言ってるんだ……?」
と、彼女は呟く。
「……僕もちょっと思った」
クティラを見ながら僕は呟く。すると彼女は軽く吹き出した。
それに釣られ、僕も思わず笑ってしまう。
「さてとエイジ……ポテトのおかわりでも買いに行こうか? まだまだ解散しそうにないからな」
「……ふ、そうだな」
クティラの言葉に従い、僕は席を立ち上がる。
そして、嬉しそうに楽しげに会話をする彼女たちを傍目に、僕は歩き出した。
ポテトのおかわりを買うために──




