98.無駄な時間
どの店にも入らず、楽しげに会話をするサラと男。
その二人の後を僕とリシアとクティラは、彼女達にバレないよう追いかけている。
「そろそろデートも終わりだよね……サラちゃんお昼頃に帰るって言ってたし……もうお昼頃だし……」
「ああ……とっととサラを取り戻さないとな」
「うんうん、早くサラちゃんを引き離そう」
「本音が出てるぞシスコン夫婦……サラも可哀想に」
と、クティラがため息をついたと同時に、サラ達の足も止まった。
ので。僕とリシアもその場で止まり、壁に身を隠しながら彼女達の様子を探る。
楽しげに会話をしている二人。サラは猫を被っており普段と違い女の子らしい可愛い表情をしながら、男は少し照れくさそうに頬を薄く赤く染めながら会話をしている。
と、次の瞬間。男の方が軽く頭を下げながら、意を決したように気合を入れて真面目な顔で声で何かをサラに言った。
もしかしてこれ、こくは──
「ダメに決まってるじゃん……サラちゃんにはまだ早いよ……」
と、その時。隣に居たリシアが何かをボソッと呟いた瞬間、姿を消した。
そして僕が瞬きをした直後、リシアは男の後ろに立っていた。
見たこともない怒りの表情を浮かべながら、彼女は男を睨みつけている。
「へ!? リシアお姉ちゃんなんで!?」
「うわぁ!? なんだこの人!?」
鬼と化したリシアに気づいた二人が悲鳴にも似た驚きの声をあげる。
それと同時に僕も走り出し、サラ達の元へと向かう。
「バカエイジ……! リシアお姉ちゃんも……!」
クティラも文句を言いながらも付いてくる。そんな僕たちに気づいたサラは、目を見開きながら驚いた表情を見せた。
「お兄ちゃんとクティラちゃんも!?」
「今度は銀髪赤眼美少女姉妹!? 何が起こっているんだ!?」
キョロキョロと、僕たちとリシアを交互に見る二人。
次の瞬間。リシアが全身から力を抜いたかのようにぐにゃりと体を動かしながら、いつもの武器を取り出した。
両手に携える剣を何度も何度も重ね合わせ金属音を響かせるリシア。ゆらゆらと全身を動かしながら、サラ達に近づいていく。
「大丈夫安心してそこの男の子……私よりも強いと証明できたらサラちゃんは任せるから……だから今すぐ確認しよ……ほら……私本気で行くから……」
瞳孔をぐるぐると回しながら、低く冷たい声で言うリシア。
「なあエイジ……止めるよな?」
「ん? なんで?」
「エイジお前……!」
ここはとりあえずリシアに任せよう。最強格のリシアと戦える男なら確かに、サラを任せてもいいかもしれない可能性がほんの少しだけ出来る可能性がちょっとだけあるし。
「……あーもうっ! リシアお姉ちゃん落ち着いて! えいビシィッ!」
「ぴぇえ!?」
と、次の瞬間。意外なことが起きた。
サラが頬を膨らませながら、リシアの頭にチョップを喰らわせたのだ。
あまりに突然だったからなのか、予想外の攻撃だったからか。リシアは情けない変な鳴き声を上げながら両手に持つ剣を落とし、その場にゆっくりと倒れ女の子座りをした。
「あうぅ……サラちゃんなんで?」
涙目で、見上げるようにサラを見るリシア。
するとサラは深くため息をついて、ビシッと隣にいる男を指差した。
「ただの友達だから! どうせまた彼氏かもって勘違いしたんでしょ……もうっ」
「ぴぇ……ほ、本当?」
可愛らしく首を傾げながら問うリシア。するとサラは無言で頷き、リシアの頭を優しく撫でた。
「あの……なんか解決したなら俺、帰ってもいいかな?」
「ん? うん、いいよー」
「んじゃ……今日はありがとな、愛作」
「あ……?」
やけにあっさりと帰っていく男に、僕は疑問を抱き首を傾げてしまう。
結局アイツは、なんだったんだ?
「それで……なんでお兄ちゃんまでいるの?」
と、僕をキッと鋭い目つきで睨みつけながらサラが言う。
僕は思わず全身をビクッとさせ、そっぽを向いた。
「お兄ちゃん……? 私は……通りすがりの銀髪赤眼美少女だよ……?」
「誤魔化せるわけないじゃん。バカなの?」
ゆっくりとこちらに歩いてきて、サラは僕の頭を叩く。
あまりの正論に、自分のバカさに、僕は何も言い返せないし何も言えなかった。
「あー、もしかしてお兄ちゃんまで私に彼氏ができたと勘違いしたの? それで? へぇ……?」
と、サラが人差し指を立てながらニヤニヤとした顔で、僕を上目遣いで見ながら煽ってくる。
「へーへーへー!? お兄ちゃん普段私のことバカにしたりテキトーに遇らうくせにぃー? あはは!」
ちょんちょんっと、サラが僕の頬を突いてくる。
笑みを浮かべながら、バカにするように鼻で笑いながら、サラは僕を煽り続ける。
何か言い返したかったが、やはり僕は何も言い返せなかった。あまりにも図星だからだ。
ので。僕は精一杯の抵抗として彼女から顔を背ける。だが、背けると同時に彼女はすぐに目の前へとやってくる。
「嫉妬しちゃったのかな? 心配しちゃったのかなお兄ちゃん? 大事な妹に、可愛い妹に、大好きな妹にお兄ちゃん以外の男が出来たのかもーって!」
「……うるせぇな」
「あっはは! 否定しないんだお兄ちゃん! へぇ……お兄ちゃん私のこと大好きじゃん!」
「別にそういうのじゃねえよ……僕はサラがバカだから心配になって、悪い男に騙されてないか一応確認を……」
「バカって……勝手に色々勘違いしてストーカー行為するお兄ちゃんに言われたくないんだけど?」
「ぐ……っ」
ダメだ。今の状況、僕が圧倒的に不利すぎる。
何を言っても言い返されるし、ついでに煽られる。ぶっちゃけ詰んでる。
ので。僕は、はぁと大きなため息をついて、何も喋らないことにした。
もう黙るしかない。ていうか、今の状況は黙るのがベストだ。
と、次の瞬間。何故かサラは僕の右腕にぎゅっと、全身を押し付けながら抱きついてきた。
「……心配してくれたの、そこだけはありがとうね。お兄ちゃんっ」
サラは、彼女は上目遣いで僕を見ながら、小さな声で言う。
僕はそんなサラに一瞬、ドキッとしてしまった。いつもよりメイクが気合入っているからなのか、いつも以上に彼女が可愛く見えて、思わず胸が高まってしまった。
だが、そんなサラの目を見て、やっぱりコイツはいつもの生意気な妹だと改めて認識し、胸の激しい鼓動は収まった。
「でもストーカーとかマジキモイから今度からはやめてよね?」
「……わかってるよ」
「えっへへ……じゃあ私たちも帰ろうかお兄ちゃん、リシアお姉ちゃん、そしてクティラちゃん!」
パッと両手を離し、僕から離れ、その場で一回転してから僕たちを見てニコリと微笑みながら、サラは言う。
僕は、特に何も言わずに、ただ頷いた。
「そういえばサラちゃん……結局あの男の子とはなんでお出かけしてたの?」
「んぇ? えっとね……名前は言わなくてもいっか。あのね、あの人今度同じクラスの私の友達にデート申し込むんだって。それで受け入れられたらどうすればいいのかって、一番仲の良い私に聞いてきたってわけ。要するに予行練習かな?」
「なんだそりゃ……」
「くだらない終わり方だな。伏線も無く山場も作られず納得のいく終わりでもない、しょうもない勘違いから発生したどうしようもない茶番劇だ。時間の無駄だったなエイジ、リシアお姉ちゃん」
「元はと言えばクティラちゃんが変なこと言わなければこんなことにはならなかったんだけどね……」
「確かにそうだな。反省しろよ? クティラ」
「……え? 私が悪いのか? え?」




