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10.葛藤困惑ヴァンパイア

「どうするエイジ……サラの血を吸うか否か、お前が決めろ」

 いつになく真面目な顔で言うクティラ。僕は、すぐに首を左右に振り言う。

「そんなの……吸わないに決まってるだろ」

 人の血を吸うだなんて、それも実の妹の血を吸うだなんて、僕にはできない。できるわけがない。

 脳裏に思い浮かぶのはサラの綺麗な首筋。そこに己の歯を立て、噛みつき、そこから彼女の血を吸うだなんてありえない。悪くはないけど──

 いや違う。絶対にあり得ないんだ。悪くはない? そんなわけがない。

 どうしてダメのか、その理由ははっきりと言えない。わかっているはずなのにはっきりと言い切れない。だけどダメなものはダメなんだ。

 僕は人間だから。身体は吸血鬼になりつつあるのかもだけど、それでも心は人間の僕のままなんだ。

「ほう……」

 すると、何故かクティラはニヤリと笑い、僕の肩の上に乗ってきた。

 そして優しく僕の頬に触れ、顔をクイッと動かしてくる。

 視線が向けられる。いまだ怪訝な顔をしたサラへと。

「素直になれエイジ……了承さえ得れば罪悪感は得ないさ。サラは優しいからな……なんだかんだと言って、お前の頼みを聞いてくれると思うぞ」

 耳元で囁くクティラ。時折拭きかかる息がこそばゆい。

 僕は視線だけを動かしてクティラを一瞥し、呟く。

「もしかしてお前……僕に血を吸わせたいのか?」

 すると、クティラは笑みを浮かべたままコクンと頷いた。

「な……なんで?」

「お前が満たされると言うことは、私もまた満たされるのだ。一心同体……だからな」

 変わらず耳元で囁くクティラ。熱い吐息が、僕の耳を紅潮させる。

「見ろエイジ……白く滑らかな美しい肌、水の滴るうなじ、綺麗なピンク色で花を思わせる艶やかな唇。大きくぱっちりと開いた目、伸びた眉毛がよりそれを美しく

強調している……香る匂いはシャンプーの爽やかな匂いと、ボディソープのミルクを思わせる香り」

 クティラが呟く。サラの身体的特徴を一つ一つ、丁寧に語っていく。

 僕はそれに合わせて、無意識に視線をそこへと動かしている。

「チラッと見える胸は触らずともわかる豊満でふわふわな母性の象徴……ズボンからわずかに覗く太ももは太すぎず細すぎず、されど女の子らしさを強調するハリがある……そして見よ秘部の辺りを。ズボン越しに形がほんの少しだけ、浮かび上がっているだろう……?」

「……ッ!?」

 僕はすぐに目を閉じた。何故だ、何故僕の目はクティラに最もたやすく誘導されるんだ。

 見てはいけない場所。抱いてはいけない劣情。感じてはいけない興奮。収まらない欲求。

 吸いたい。吸いたい。吸いたい。

 頭の中のもう一人の僕。吸血鬼になった僕が、脳に直接語りかけてくる。

 吸え。吸え。吸え。吸え。

 吸え。吸えよ。吸っちゃえよ。

「さあエイジ頼み込め! サラに吸わせてと! 処女の血を寄越せと乞え!」

 その言葉に反応して、僕の身体は自然と立ち上がった。

 少し首を動かして、首を一度ゴキっと鳴らしてから、サラを見る。

「……あのさお兄ちゃん。さっきからなんか変じゃない?」

 サラが首を傾げる。まるで、僕にそこへ牙を立ててと、伝えるかのように。

 僕は軽く舌なめずり。

 そして、彼女の元へ向かうために、ゆっくりと歩を進める。

(はあ……はあ……あと少し……少しであそこに……吸え……少しで……吸え……)

 確実に、着実に、的確に、簡潔に、冷徹に。僕はサラの元へと向かう。

「……お兄ちゃん?」

 サラがもう一度首を傾げる。それと同時に僕は口を開き彼女の首元へ──

「ぐっ!」

「は!? なんで急に自分殴ってるの!?」

 サラの首元へ向かう前に、僕は自分で自分を殴り自分を止め自分を戒め自分を助けた。

「……無駄なことを」

「……はあ……はあ……うるさいよ。人間には人間の意地があるんだ」

 もしもサラの血を吸ったら僕は、人間ではなく、半パイアでもなく、正真正銘の吸血鬼になってしまう。そう思ったから僕は、自分を止めた。

 正直に言うと違和感を感じている。どうしてそこまで必死になって血を吸わないのかと、自分の持つ本能に呆れらている感覚がある。

 僕もどうしてかわからない。今の僕に流れる吸血鬼の血が強いからなのか知らないが、必死になって止めた今この瞬間でも、僕はサラの血を吸いたいと思っている。

 本能も、頭も、身体も。全部が全部、サラの血を求めている。

 けれど心が、人間の頃から変わらない心だけが、それを拒んでいる。

 どうしてかはわからない。けれどきっと、怖いんだと思う。

 いきなり女の子になって、しかも吸血鬼にされて。そんな急な変化にきっと、怯えているんだと思う。

 もしかして、僕が男に戻りたいと思う気持ちが、人間のままでいたいと思わせているのだろうか。

 僕は僕のままでいたい。変わりたくない。そんな気持ちが、明確に自分を変えてしまうきっかけを拒んでいるのだろうか。

 わからない。わからないけれど──

 僕は、絶対にサラの血を吸わない。心にそう決めた。

「はあ……血の味を知らないとは可哀想に」

 耳元でクティラがため息をつく。すると彼女はゆっくりと浮かび上がり、空を移動してサラの元へと向かった。

 そして、クティラはサラの肩にちょこんと座り、彼女をじっと見つめ──

「サラ、喉乾いたから血を吸わせてくれ」

 と、真顔であっけらかんと言った。

「おま……!?」

 僕は思わず目を見開く。突然そんなことを言っても、受け入れてもらえるわけがないだろうに。何を言ってるんだこいつは。

「ん、いいよクティラちゃん」

「わーい」

「はあ!?」

 ニコッと笑うサラ。サラが首をクイッと動かし首筋をクティラに見せると。クティラは嬉しそうにカプっと噛み付いた。

「ちょ……おまサラ!? そんな簡単に……!?」

「ん? 何びっくりしてんのお兄ちゃん。ヴァンパイアが血を吸うのは当たり前じゃない?」

 首にクティラをぶら下げたまま、器用にそれを傾げるサラ。

 なんだこの反応。僕か、おかしいのは僕なのか?

「サラには昨日了承を得ておいたんだ。少量だから吸ってもいいかー? ってな」

「試しに噛まれたら痛くなかったから別にいいかなーって。血を吸われる感覚はちょっとキモいけどね……」

照れくさそうに笑うサラ。噛みついたまま器用に喋るクティラ。

 二人の、のほほんとした空気に、僕は思わずため息をつく。

(なんか真面目に考えてた僕がバカみたいじゃないか……)

 僕はソファーに力を抜いたまま倒れ、もう一度ため息をついた。

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