襲撃?
それから一月が過ぎた。
兄さんの怪我はすっかり良く……はならなかった。残念ながら怪我をしてからの時間がかなり経っていたようで、あちこちに後遺症が残った。歩けるようにはなったけれど走れないし、山道などの悪路を歩くのも難しそうだ。
それでも兄さんは落ち込むことはなく穏やかに笑っていた。出来ることをやるだけだと言って、今は小物を作ったり刺繍をしたりして小銭を稼ぐようになっていた。何でもサビーアが服の繕い物などをしているのを見て、だったら家にいる自分がした方がいいんじゃないかと手伝い始めたのが始まりだったとか。
最近ではちょっとした服なども作れるようになって、道具屋のおばちゃんの依頼を受けて小物作りをしているという。そういうのって女性がする仕事だと思っていたけれど、おばちゃん曰く兄さんはセンスがいいらしくて若い女性に人気だという。うん、まぁ、兄さんも楽しんでいるみたいだからよしとしよう。生活の糧を得るためならこの際仕事は何でもいいだろう。
サビーアは相変わらず周りから一線を引いているけれど、リューンやステラ、マイラさんなど仲良くなった者とはそれなりに話をするようになった。兄さんを四六時中看ている必要がなくなったのも大きいし、生活が落ち着いて気分的にも余裕ができたんじゃないかと思う。多分。相変わらず過去のことにはだんまりだしオドオドしているのは変わらないけれど、兄さんとは仲良く暮らしているからいいんじゃないかと思う。
兄さんが見つかったお陰で自分に関する懸念は解決した。まだまだ街造りは先が長いし解決しなきゃいけない課題も多いけれど、それは俺一人でやるものじゃない。
「平和だなぁ…………」
久しぶりにドラゴン姿になってアシーレ側の上流にある湖でのんびりしていた。ブルードラゴンになったせいかやっぱり水の中が落ち着く。ここは気を付けないとホボが大量発生するから、こうしてドラゴンになって定期的に潜っているのも大事な役目だ。ついでにそこに転がっている魔石を拾い、今後の生活の足しにするのも忘れない。
「あれ、何だ……?」
きらっと空が光ったと思ったら、途轍もない衝撃が襲ってきた。
「……は?!」
何事かと思ったけど、幸い怪我はなかった。物理攻撃も魔術攻撃も防ぐ結界を張っていたせいだろう。ただ……
「げ! 水が……!!」
今の衝撃で水面が大いに揺れて、それが一気に下流に向かっていた。それに気を取られたせいか、次の衝撃が来るのに気付かなかった。
「何だ?!」
誰かが俺を狙っていた。この衝撃は魔術じゃなかった。これは……
(ドラゴンのブレスか?)
僅かに魔力を含むが風魔術ではない。今まで経験したことがない衝撃は、空を見て合点がいった。
「げ!! グリーンドラゴン……!!」
空に浮いてこちらを見下ろしていたのはグリーンドラゴンだった。俺よりもずっと身体が大きい。倍はあるだろうか。ドラゴンは生きている限り成長するらしいから俺というかガルアの倍は生きているんだろう。
「ああっ!! もう!!」
これ以上ブレスを受けたら水が洪水のように下流に流れて行ってしまう。下流には街があるんだ。洪水が起きた時のためにと川から少し離れているが、あまりに高い波だと巻き込まれる奴が出るかもしれない。それにここは街に近い。もっと離れないと街にブレスが放たれたら怪我人が出るかもしれない。
「ルーク!!」
川岸からラーの声が聞こえた。俺が水に潜っている間はラーが見張りをしてくれていた。だがマズい。ドラゴンの中には魔猫を食っちまう奴もいる。グランクレー山にいたレッドドラゴンはそうだった。
「ラー! 逃げろ!!」
「じゃがお主は……!!」
「俺は大丈夫だ。それよりも街へ行ってガルアに伝えてくれ。街に水が押しかけるかもしれない!!」
「承知した!!」
そう言うとラーは魔猫の姿に戻ると一気に走り出した。魔猫は本気で走ればかなり速い。それをグリーンドラゴンが目ざとく見つけた。
「させるかっ!!」
グリーンドラゴンはブレスしか使わなかった。だったら魔術の方が利くだろう。とにかく動きを封じないと危ない。拘束魔術をぶつけた。このまま地上に落ちるしかないが、死ぬことはないだろう。それにいきなり襲ってくるような奴にそこまで配慮する気もない。
「当たったか?」
一瞬グリーンドラゴンが白く光った。光が薄れると全身を縛られた状態のグリーンドラゴンが見えた。動きを封じられたせいで飛べなくなってそのまま森へと一直線に落ちていくのが見えた。
「よし!」
動きを封じればブレスも出来ないだろう。口もしっかり閉じたからな。念のため警戒しながら近付いた。森の中に落ちたが奴がぶつかったのか木が折れている。そこから覗き込むと木と木の間に転がってもがくグリーンドラゴンがいた。暴れている。あの高さから落ちてもあれだけ動けるなんて随分頑丈だな。話が出来るタイプなのか? 出来るなら話し合いで何とかなるといいんだけど……
「動くな!」
奴に姿が見える場所を飛びながら声をかけた。途端に動きが止まって俺を見上げた。言葉が理解出来るのか?
「何故いきなり襲った?」
少し声を低くして問いかけた。深緑の瞳がこっちをじっと見上げている。やっぱり言葉が理解出来ないか? だったらどうする? また襲ってくるなら殺すしかないんだよな。同族殺しは罪悪感が湧くからあんまりしたくないんだけど。




