兄さんの保護
無事に兄さんを見つけ出したけれど、やはり詳しく話を聞くと兄さんは記憶が所々欠けていて、時々不安定になるのだとサビーアさんが言った。その為人が多いところでは混乱するだろうとも。実際、この近くの街にいた時も、人に何か言われるたびに困惑し、急に叫び出したり暴れたりしたらしい。その理由も本人はよくわかっていないようで、その為に街から離れたここに移動したのだという。
「そうか。じゃ、街に行くのは難しいか……」
「街の近くならいいと思います。どこか街外れの小屋でもあれば、そこで……」
「でも、それじゃサビーアさんが大変じゃないか?」
兄さんは男だからいいとしても、女性には街外れでの生活は苦しくないだろうか。通うにも住むにも危険度も上がるのは間違いないし。
「大丈夫です。子供の頃からずっとそうだったので……」
「え?」
「あ、なんでもないです。気にしないで下さい」
俯きながらスカートを握る姿に、彼女も訳ありなのだと感じた。だったら何も聞かない方がいいのだろう。彼女が聞いて欲しいというまでは。
「街外れの小屋か。ないなら作ればいいか」
そう、ないなら作ればいいだけだ。幸いにも街のみんなは協力してくれるだろうし、二人が住むくらいの小屋なら時間もかからないだろう。それに、結界を張っておけば危険度は大きく下がる。何なら人に気付かれないような目くらましもしておけばいいし。
「小屋で悪いけど、それなら用意出来ると思う。でも、数日は待ってくれ」
「そ、そんな……お世話になるわけには……」
「兄さんのためだと思ってくれ。俺は兄さんのお陰で何とか育ったんだ。その恩返しだ」
「でも……」
「それに、街に戻れば治癒魔術使いがいる。彼女なら今よりもマシな状態になるだろう」
「それは……」
どうやら治癒魔術には興味があるらしい。確かに兄さんが歩けるくらいになってくれれば、彼女だって安心だし生活も楽になるだろう。
「でも、お、お金が……」
「ああ、お金なんかいらないよ。彼らには十分に恩を着せてあるからな。断ったりしないって」
そう、彼らがいちゃいちゃした生活を送っていられるのは、ひとえに俺のお陰だろう。俺の身体を奪ったんだから、治癒魔術で兄さんを癒すくらいはして欲しい。それでなくても思えば衣食住って全部俺持ちじゃないか? そりゃあ、ガルアは最近は街の人の手伝いをするようにはなったけど。 リューンも食堂の手伝いなんかは行っているけど、あの二人から生活費を貰っていない。だったら兄さんを治すくらいはして貰おう。
「うん、全然大丈夫。むしろそれくらいして貰わなきゃ、俺の割に合わない」
こうして兄さんの引っ越しに憂いはなくなった。
その後、俺は兄さんをアシーナの街に連れ帰ることにした。暫くはアンザさんの宿に泊まって貰って、その間に小屋なり家を建てればいいだろう。原資は魔石でいいだろうし。幸いにもグランクレー山の湖にも良質な魔石がたくさん沈んでいた。これがあれば生活に困ることはない。
兄さんを連れて帰る方法をどうしようかと思ったが、馬車などの移動に耐えられる状態じゃないし時間がかかるのも困るので、あの二人には眠って貰ってその間にドラゴンになって戻ることにした。意外にもラーが一緒に行くと言うので、俺は二人と一匹を連れてアシーナの街に向かった。
「ルーク、帰ったか!」
出迎えてくれたのはガルアとリューンだったけれど、問題がまだあった。ガルアの姿だ。兄さん似合いに行った時、ガルアの姿をとったのは失敗だったかもしれない。そう思うが後の祭りだ。暫くはガルアに合わせないようにして、その間に対策を考えよう。
そう思ったのだけど、問題が発生した。兄さんの治療をリューンに頼んだはいいのだけど、独占欲が強くて心配性のガルアが同席すると言って聞かないのだ。事情を話してもリューンが心配だからの一点張り。こんなに強情な奴だとは思わなかった、と身体を奪われたことをこうも後悔したことはなかった。
だが、兄さんに事情を話すのはまだ早い。余計に混乱して負担をかける可能性がある。思案した俺は、暫くの間自分で治癒魔術をかけることにして、その間にネイトさんに相談することにした。魔道具でこの問題が解決できないかと思ったからだ。




