尋ねた先では
叩いたドアはかなり傷んでいる上に建付けが悪いのだろう。叩く度にギシギシと音がして戸が揺れた。これじゃ戸締りなんて意味がないようにも思える。本当に人が住んでいるのだろうか。これでは作業小屋にしか見えなかった。
「ごめんください。どなたかいらっしゃいませんか?」
念のために物理と魔術に対する防御魔術を展開し、俺はその小屋のドアを叩いて呼びかけた。誰が出てくるのか不安を感じたが、若い男女が住んでいるのは間違いないというので、出来るだけ丁寧に問いかけた。家にいるのが女性だけだったら怖がらせる可能性もあるし。ラーが子猫の姿で俺の肩の上に乗っていた。
「出てこない、な」
「うむ……」
暫く粘ったけれど、小屋の中からは物音一つしなかった。ドラゴンの耳で聞きとれなかったということは不在だろうか。
「家の中から人の気配もないし、誰もいないのかもしれぬな」
ラーも同じ意見だったので留守で間違いないだろう。相手が出かける前にと思って早い時間帯に来たつもりだったけれど、向こうは更に早かった。こうなると夜に来た方がいいだろうか。
「あの、何か?」
出直すかと思っていたら、後ろから声をかけられた。振り返るとそこにいたのは若い女で、手には果物や木の実が入った籠があった。どうやら採取に出ていたらしい。女は二十代前半くらいだろうか。薄茶の髪に薄紅の瞳を持ち、顔にはそばかすが目立った。少々きつめに見える顔立ちはつり目のせいだろうか。シミが所々に見える薄緑色の質素なワンピースとエプロン姿は、街でよく見かける庶民のスタイルだった。
「え、っと……」
急に声をかけられ、また相手が女だったせいか咄嗟に何を言っていいのかわからなくなった。帝国から逃げて来た人を訪ねて来たと言っていいのだろうか。この女性の様子からして帝国人には見えない。となれば男の方がそうなのだろうし。
「いや、ここに若い男が住んでいると聞いて訪ねて来たんだ。ちょっと人探しをしているので手がかりがないかと思って」
「人探し?」
「ああ。兄を探しているんだけど、似たような背格好の男をこの辺で見かけたという噂を聞いたんだ」
「兄?」
「兄だ。水色の髪に薄茶の目をした男なんだ。怪我をしていたって話もあって心配で……」
そこまで言うと女の表情が固くなった。何かを知っているのだと言わんばかりだ。
「あ、あの……うちの人じゃありません。あの人はあなたが探している人じゃありません!」
相手の名前も言っていないうちから拒否されて驚いた。ろくに話も聞かずにこれだと、水色の髪と茶の瞳の男を知っていると言っているようなものだろうに。
「では、会わせて頂けませんか? どんな小さなことでも言い。手掛かりが欲しいのです」
「あ、あの人は……い、今は出かけています」
「じゃ、いつ戻ってこられますか」
「そ、それは……し、暫く戻ってきません!」
「じゃ、いつごろなら……」
「か、帰って下さい! 帰って!」
そう叫ぶ女性の顔には怒りに似た強い感情が見えたが、その理由がわからなかった。そこまで拒絶する理由が思いつかなかったからだ。となれば、何か手掛かりになるものに心当たりがあるのか、よほど人と会わせたくない何かがあるのだろうか。
「とにかく帰って下さい! お話することはありません!」
そう言うと女性は俺を睨みながら小屋に入ろうとした。その時だった。
「サビー、どうした? 客人か?」
女が否定し始めたところで別の声が重なった。その女の後ろからこちらに向かってゆっくり近づく男の姿があった。杖をついているところを見ると足が悪いのだろうか。その歩き方は歪だったが、それ以上に驚いたのは男の姿だった。髪はない上に頭から顔の左側が酷い火傷の跡で覆われていた。杖を持つ手も同じことから、もしかすると服の下もそうなのかもしれない。背も曲がり、歩き方もやっとといった体で歩みは酷く遅かった。
「ローリー!」
その男の姿を目にした女性は籠を放り出して一目散に男の元に走り寄ると、その体を支えるように開いている方の腕をとった。
「ローリー。また勝手に外に出たのね。ダメじゃない、また転んだりしたら……」
「そうは言うけど、サビー。少しは歩く練習くらいしないと。いつも君にばかり負担をかけるわけにはいかないよ」
「そんなこと気にしないでって、いつも言っているでしょう?」
どうやらサビーと呼ばれた女性は、ローリーと呼ぶこの男を支えながら暮らしているらしい。このような場ではそれはかなりの負担だろうに。そう思いながら二人を眺めていると、男がゆっくりとこちらに視線を向けた。
「どちら様、かな?」
歩き方は老人のようだったが、声には張りがあって生気を感じた。声の感じから俺と同じか少し上くらい、だろうか。髪がないし、目も半分潰れたようになっているのではっきり色が見えない。
「は、初めまして。ルーカスと申します。ちょっと人探しをしていて……」
「……ル、ルーカス?」
最後まで言い切る前に、男が俺の名を呼んだ。




