帝国人に会いに行く
一夜明けた。ラーの眷属が用意してくれた寝床はドラゴン姿の俺でも十分に寛げる広さがあり、たくさんの藁が敷き詰められて寝心地がよかった。それだけでも彼らの気遣いを感じられて来てよかったと思う。
昨夜は再会を祝した宴会が夜通し続いていた。宴会のメインは近くの湖に生えているナバの実で、魔猫はそれを食べると酔ったようになるという。特にあの湖では魔素を大量に含んだ実が成るらしく、それはアルコール度数が高い酒と変わらないのだとか。ラーが酒を囮に捕まったのは、ナバの実に飽きたラーが酒の香りに惹かれて手を出したせいだった。
そのラーは何だかんだで三十年も行方不明になっていたらしく、ラーの帰還に皆が心から喜んでいる姿に胸が熱くなった。魔猫は猫族にしては眷属の結束が固いらしく、伴侶がいなくなっても別の相手と番うことはないらしい。群れで暮らすので伴侶がいなくなっても生活が成り立つから、その必要がないのだとラーは言った。それは幸いだったろう。もし相手を代える種族だったら、今頃ラーの居場所はなくなっていただろうから。
翌朝、俺はラーに聞いた帝国からの追放者に会いに麓の湖に向かった。念のために子猫に擬したラーが付いてきてくれるというので有難く動向を頼んだ。慣れない土地では案内役があった方が心強いからだ。
「何じゃ、ガルアの姿をとって」
帝国の者に会いに行くなら元の姿がいいだろうと思った俺が本来の姿になると、ラーが訝しげな声を出した。
「ガルアの身体は元々俺のものだったんだ」
「はぁ?」
「あいつがドラゴンの秘術で入れ替わったのは俺なんだよ」
「なんと!」
道中の語らいは俺の過去に始終した。帝国を追放された直後にレーレ川に落ちて死にかけていたこと、それを拾ったガルアが人間の身体を欲したので秘術で身体を入れ替えたことなどだ。さすがに同じ姿が二人も入ると目立つし不審がられるからと、あり触れた茶の髪と目の人型で暮らしているのだと話すと、ラーは小さく唸りながら考え込んだ。
「何と言うか、それではお主が不憫ではないか?」
考えた末にラーが出した答えは俺を案じるものだった。何と言うか、ラーは魔猫なのに妙に人がいいらしい。デルもネイトさんも、最終的にはドラゴンの身体の方が便利だからいいんじゃないかとの結論になっただけに、まさか魔獣から労わられるとは思わなかった。
「まぁ、ドラゴンの身体の方が好都合なことが多いからなぁ。人型がとれるようになったから今は困っていないし」
「それはそうじゃろうが……」
「こっちで生活する分にはメリットの方が勝るし。元の身体だったらもう死んでいたかもしれないだろう?」
「それは、確かにそうじゃが……」
まだ納得し難そうなラーだったが、もしガルアが助けてくれなかったら死んでいたのは間違いない。そりゃあ、あの時にどっちの身体を選ぶかと問われたら間違いなく自分の身体を選んだけど。
「何とも不思議な奴よなぁ、お主も」
「そうかな? でも、戻る方法はないみたいだし、どうしようもないことを嘆いても時間の無駄だろう。だったら有効活用させてもらった方がいいんじゃないか?」
「なるほどな。お主は若いせいか前向きで頭が柔らかいのう」
もう二十八なんだけどなぁと思ったけど、齢三百年を優に超えているというラーからすると子どもにしか見えないのかもしれない。ラーの曾孫でも俺よりも年上らしいし。
麓の湖の側には、人が住めそうな小屋が建っていた。素人が自力で作ったのだろうか。雑で形も歪だし、ところどころ補修したような跡もあるが、周りの草も綺麗に刈られてさっぱりした風情に、人が住んでいるのだと伺わせた。
「それで、どんな奴が住んでいるんだ?」
気になるのは相手の境遇というか出方だ。同じ帝国人だとわかって好意的になるか、逆に敵意を向けられるか見当もつかないだけに、凡そのことは知っておきたかった。
「住んでいるのは若いオスとメスじゃ」
「って事は、夫婦か何かか」
「さぁ、詳しい関係は知らぬ。時折人間が訪ねて来るようじゃが、それ以上のことは知らぬ。交流があるわけではないからな」
「まぁ、確かに」
「こちらに危害を加えないし、一応魔獣除けを使っておるのでこちらも干渉しないことにしている。下手に人間を襲えば狩人が来るからな」
確かに人を襲う魔獣が出たとなれば、騎士や冒険者が討伐にやって来る。魔猫は知性があるからそう言う愚は犯さなかったらしい。まぁ、魔猫は雑食で肉以外にも木の実や木の葉も食べるし、人間を襲う手間とデメリットを思えば手を出そうと思わないのだろう。
「どういう態度をとるかはわしにもわからん」
「じゃ、当たって砕けるしかないか」
どんな人がいるのかわからないが、幸いにも仮に拒絶されても困ることもないから気を負う必要はないだろう。俺は小さく息を吐くと、小屋のドアをノックした。




