グランクレー山とは
「ふぅん、グランクレー山ってのは帝国の近くにあったのか」
リカーシュ魔猫のラーと会話が出来ると判明してからは、好奇心の赴くままに色々と尋ねるようになった。異界のことはあまり詳しくないが、こっちで暮らすなら知識はあった方がいい。それにラーは三百年以上生きているらしく、博識で話をするのは楽しかった。ちょっと偉そうで時々イラっとはしたけど。それでもまぁ、年寄り相手にイラっとすることはあるし、向こうの方が目上とも言えるだけにここは我慢だ。
「そうじゃな。あの結界が張られた地域を帝国と言うのか。あんな脆弱な結界だが、それでも弱い魔獣は入れないからな」
「結界が弱いだって?」
「そうじゃ。我らやドラゴンなら容易く侵入出来るであろうが?」
「え? い、いや、入った事なかったし……」
なんてこった! あの結界はそんなに簡単に入れるものだったのか。帝国ではかなり強力なものだと自負していたのに、リカーシュ魔猫やドラゴンには通用しなかったなんて。
「我らはあの地に入る理由はないからな。あんな魔素が薄い場所、体調を崩しかねん。だったらわざわざ行く必要性もないじゃろうが」
「確かに、そう、か……」
リカーシュ魔猫やドラゴンのような魔獣にとって、魔素の濃さは体調に影響する。濃ければ濃いほど調子はよくなるが、薄くなると必要な魔素が十分に得られずに弱くなるのだ。だから敢えて行かないというのは理に適っているが……
「あちらに侵入した魔獣は弱いものが多かったであろう?」
「ああ。そう、だな」
「弱きものは魔素が薄くても影響が出ぬからな。人間を餌と認識した者は気にせず侵入を試みるだろう。我らは体調を崩す故、行きたいとは思わないがな」
そうなるとこの身体で結界を超えることは可能、ということか。だが、あちらでは力が十分に出せないし、長期間魔素不足になれば命にも係わる。行くなら短期決戦か。
「何だ、お主。あちら側に行く気なのか?」
「ああ。あっちには兄がいるんだ。兄は死んだと言われてるけど、俺は信じちゃいない。本当に死んだのか自分で確かめたいんだ」
「なるほどな。肉親の情は我にも少しはわかる」
「え?」
「え、とは何だ? 我らとて親子の情くらいはあるぞ」
「そ、そうか」
凄く意外だったが、魔猫でも親子の情はあるらしい。まぁ、魔猫と言っても魔素の影響で強くなった猫と思えばわからなくもない、かもしれない。
「そう言えば、グランクレー山にはあっちから来たという人間がいたな」
「何だって?」
そう言えばこちらに来てからは、帝国出身の人間はステラくらいしか会ったことはなかった。でも、こっちに追放される人間はそれなりにいる。だったらこっちで暮らしている奴もいるのかもしれない」
「本当にか? 誰だ? 会えるのか?」
「まぁ待て。会いに行けば会えるだろうが、向こうは人嫌いらしく誰とも会おうとしないんじゃ。まぁ、あっちの人間だと言えば会えるかもしれぬが……」
「そうか。で、その人間は何て名前なんだ?」
「ええと、何と言ったかな。確か……ロー…ああ、ローリーじゃ! ローリーと言っておった」
「ローリー……」
ライリー兄さんじゃなくてがっかりしたのは否めなかった。まぁ、兄さんは帝国で死んだからそんな筈はないだろう。
「どこに行けばそのローリーとやらに会えるんだ?」
「そうじゃな。グランクレー山の麓より少し上ったところに三つ湖がある。その中で一番小さい湖の畔に住んでおったわ」
「三つの湖の……」
「まぁ、あの辺は弱い魔獣しか出ないからな。じゃが、今もいるかはわからんぞ」
「ああ、それでもいい。一度会いに行ってみたい」
兄さんじゃなくても、もしかしたら何か関わり合いがあるかもしれない。それに異界に追放された奴は何人か知っている。魔術師養成所で同期だった奴もいた筈だ。ローリーという名に心当たりはないけど、追放されたなら偽名を使っていたり、帝国での名を捨てたりしている可能性もある。
「うむ、グランクレー山に行くなら、わしも連れて行ってくれ」
「は?」
「……実はわしは方向音痴でな」
「もしかして、帰りたいのにグランクレー山の方向がわからないとか?」
「……面目ない」
なんてこった。三百年も生きているのに方向音痴で元いた山に帰れなくなっていたか。でもまぁ、どうせグランクレー山に行くなら事情に詳しい奴がいた方が断然いいだろう。
「わかったよ。じゃ、一緒に行くか」
「恩に着る」
魔猫の同行が決まった。まぁ、一人で行くのも何だし、それにこのままアシーレの街に住み続けるのは魔猫にとっても住人にとっても不便だろう。これを機に魔猫は山に帰った方がいいかもしれない。




