魔猫が喋った?
「おい、ルーク! なんてものを連れてるんだ?!」
翌朝、朝食の時間になったので居間に下りるとガルアに声をかけられた。徐に彼は怪訝な表情を浮かべていた。何の事かと思ったら、彼の視線の先にいるのは……リカーリュ魔猫だった。
「ああ、これ?」
「これというか、どこからそんなものを手に入れた?」
ガルアの態度が徐に警戒モードに入った。ドラゴンだったガルアがそんな態度をとるのを見たのは、俺と対面したあの時以来だろう。
「ネイトさんの家で拾ったんだ。なんか、懐いてくるから俺が面倒見ろって押し付けられた」
「拾ったって……その、ネイトの家は街中だろう?」
「いや、街外れの森ん中だけど……」
「街と大して変わらぬだろうが。その猫は火山の近くにしかいないであろうに」
「ああ。元々はグランクレー山にいたらしい」
「な! グランクレー山だと?」
ガルアがまたしても驚きの声を上げた。
「どうしたんだよ?」
「い、いや。グランクレー山は、昔、我も住んでいたことがあったのだ」
「ガルアが? あの山に?」
「うむ。もう二百年以上前のことだが……」
二百年前なら、はっきり言って今とは相当様子が変わっているだろう。っていうか、本当にドラゴンだったんだな。
「おい、お主、ラーではないか?」
ガルアが遠慮がちにそう尋ねると、魔猫の輪郭がゆらめいた。次の瞬間、そこにいたのは、短く艶のある茶色の毛並みに赤い瞳をした、本来の魔猫だった。
「……いかにも。わしはラーじゃ。我の名を知るそなたは何者じゃ」
「は?」
(ま、魔猫が、喋った?)
思いもしなかった状況に、呆気に取られた。確かに喋った。あのガラ声は鳴き声と一緒だった。
「わしはガルア。ロゼレ谷のガルアだ」
「ロゼレ谷の? では、あの山一つを崩したという?」
「ああ。そのガルアだ」
二人は普通に話をしていたが、俺は話の内容に疑問符を飛ばしていた。山一つを崩したって、ガルアが? そりゃあ、ドラゴンならそういうことも可能……な筈ないだろう! それよりも、どうして会話が成立しているんだ? あの魔猫、喋れたのか?
「ルーク、こいつはラーと言って、グランクレー山の主だ」
「……は?」
たっぷり十を数えるくらいには俺の思考は止まっていた。だってネイトさんは……
「主? いや、でも、ネイトさんは弱っていて群れから追い出されただろうって……」
「追い出されてなどおらぬわ。失礼な」
「す、すみません。でも、じゃぁどうして……」
「あれはわ……しも油断したのじゃ」
「油断?」
「うむ。山の中腹に酒樽が積み上がっていてな」
「酒樽?」
いや、魔獣が住む山に酒樽が積み上がっているなんて、不自然だろう。それって……
「いやぁ、あれが罠だったと気付いたのは捕まった後でな」
そう言って魔猫がガラ声で笑ったけど……もしかして酒が好きなのか、魔猫は。
「魔猫は酒が好きじゃからなぁ」
「何を言う、ドラゴンとて同じであろうが。違うか?」
「違わぬな」
何だか意気投合しているらしい二人が信じられなかった。魔猫とドラゴンが酒の話で盛り上がっているけど、この二人って昔からの知り合いとかなのか?
「にしても、ガルアよ。どうしてそなたは人間の臭いを放っておるのだ?」
「ああ、それは我が、人間の身体を手に入れたからだ」
「何じゃと!」
ラーと名乗る魔猫が驚きの声を上げた。まぁ、気持ちはわかる。俺も最初に気付いた時は驚いたし、何なら軽く絶望したりもした。とうとう気がふれて幻覚が見えるようになったのか、という方向で。
「それはドラゴン族の秘術のお陰じゃ」
「なんじゃ。誰でも使えるものじゃないのか?」
「ああ。我は我の愛する乙女のために人間になりたかったのじゃ」
「なるほど。それでこの者と?」
「ああ。ちょうど入れ替わる身体を探していたら、こいつが川を流れていたのじゃ」
「何と。まさにジャストタイミングだったのじゃな」
「そうよ。半分死にかけておったのだ。それを我が乙女が、癒しの力を使って命を繋ぎ止めて、その上でわしが秘術で入れ替わったのじゃ」
「何と、乙女は癒しの力を持っておるのか」
すっかり世間話レベルで打ち解けている二人だったが、俺、やっぱり死にかけていたのか。どんな状況だったかまでは具体的に聞いていなかったが、そうなると、ガルアとリューンは命の恩人って事になるんだが……
(なんか、素直にありがとうとは、言いたくないかも……)
都合よく利用されたとまでは言わないけど、やっぱり恩人というには向こうが身勝手だよな、と思った。




