魔猫の飼い方?
とりあえずネイトさんの無事は確認できたし、怪我もリューンの治癒魔術で治った。事件に巻き込まれたのかと心配しただけに拍子抜けしたが、まぁ、何か起きたよりはマシだろう。ペットが増えたけど。
「それで、この魔猫って何喰うんだ?」
飼うからには世話しなきゃいけないだろう。その辺に放っておけば勝手に餌を獲って……ならいいけど、弱くて群れから追い出されるような奴なら餌くらいは用意する必要があるかもしれない。
「さぁなぁ……」
「さぁって……」
「だって魔猫なんぞ飼うことなどなかろう?」
「……」
確かに言われてみればその通りだった。危険な山の上に住んでいる魔獣は狩る対象ではあっても飼う対象じゃない。
「まぁ、放っておけば自分で餌を獲るのではないか?」
「それが人間だったりはしないだろうな?」
「さぁ……そこは飼い主の躾次第ではないか?」
何だか思いっきり丸投げされた気がするんだが……でも今更捨てるわけにもいかないし、人を襲わないように言いつけるしかないか。誰か魔猫に詳しい人がいればいいんだけど……
「まぁ、大抵の魔獣はドラゴンに歯向かわないから心配は要らぬだろう。そなたの仲間には手を出さないだろうよ」
それは俺に敵意を持っている相手なら躊躇しないって意味じゃないよな? 今は人間として暮らしているし、社会性は保っておきたいんだけど。
暫くするとロリーヌさんが仕事に行ってしまった。急に帰ってしまったから仕事が溜まっているのだと言っていた。彼女は有能な文官で仕事人間らしい。
ネイトさんの怪我も全快したので、居間でのんびり茶を飲みながらグランクレー山のことなどを教えて貰った。こっちの世界は殆ど知らない。帝国と違ってあちこちに魔獣が住む山や森、沼があると言われた。魔獣の侵入をこれでもかというほどに拒む帝国とは大違いだ。
「帝国なんてこちらからすればほんの一部だからな」
実際、広いと思っていた帝国は、こちらの世界では一つの行政区くらいの広さしかなかった。魔獣の種類も数もけた違いだし、こっちでは独自の対処方法を持っていた。
「そう言えばルーク。お主、元の身体は見つかったのか?」
「へ?」
デルにそう聞かれて、改めてその事を話していなかったのを思い出した。デルが来てからバタバタしていたのもある。
「あ、あ~ 見つかったよ」
「そうか。それで何がどうなっていたのだ?」
デルたちには色々世話になったから話さない訳にもいかないだろう。俺は身体を見つけた経緯を二人に話した。
「なるほど……あの青緑の髪の男が……」
ガルアと面識があったデルが、そう言って顎に手を当てた。
「しかし、ドラゴンがそんな秘術を持っていたとはのう」
魔術馬鹿のデルの興味はそっちの方だった。まぁ、確かにドラゴン族が魔術を使うことも知られていなさそうだし、体を入れ替える秘術なんて人間にあるのかも不明だ。興味を持つのも仕方ないだろう。
「まぁ、無事に見つかった上、入れ替わった原因が分かったのならいいんじゃないか?」
「まぁ、そうじゃな」
ネイトさんの言葉にデルが頷いた。まぁ、そのうちガルアに直接聞いてくれれば、と思う。案外魔術に詳しいデルなら、その秘術とやらも解析しそうな気がした。
「それで、お主はいいのか?」
「何が?」
「いや、普通は元に戻りたいと思うものじゃろうが」
「まぁ、そうなんだけど……」
確かに俺の身体を返せって気持ちはなくなっていないんだが、この身体が便利なんで別にいいかな、と思わなくもないのだ。空も飛べるし、水の中に一日中いても死なないし、魔獣に襲われることもない。メリットの方がデメリットよりも多い気がする。今のところは。
「何ともお人好しじゃなぁ」
「まぁ、ルークらしいということでは?」
呆れた表情のデルに、ネイトさんが全くフォローになっていないフォローをした。
その日の夜、家に帰った俺は、一人アシーレ川の畔に寝転んで空を見上げた。ドラゴンだからこんなことをしても危険ということはない。腹の上には魔猫が丸くなって寝息を立てていた。
気が付けば帝国を追放されてから一年近くが経っていた。帝国に未練はないけど、兄さんのことは気になる。いずれは兄さんの最期の様子を……と思うが、帝国に入れないだけに実現は難しそうだった。
直ぐに動こうと思えないのは、死んだ可能性が高いからだろうか。侍女も死んだなんて信じていないと言っていたし、俺もそうだったけど、一緒にいた魔術師や騎士も死んだと聞くだけに、生存の可能性は極めて低いだろう。兄さんは騎士として出征したが、優しい性格もあって騎士として活躍するような人ではなかったから。
(気が付けば、気楽に動けなくなっているよなぁ)
全く、気が付けば街の代表的な立場になっていて、まだまだやらなきゃいけないことが山積みで、気軽に外に出ることも難しくなっていた。そりゃあ、街づくりは充実していて
楽しいんだけど。
(まぁ、焦る必要はないか……)
冴え冴えと地上を照らす月に照らされながら、俺は目を閉じた。




