倒れていた理由
「ネイトさん、目が覚めたのか!」
翌朝、俺がネイトさんの家を訪ねると、ネイトさんは既に目を覚ましていた。ベッドの上でロリーヌさんの手ずから食事を食べさせて貰っているところだった。何と言うか仲がいい。仲がいいけど、ネイトさんのイメージには程遠くて違和感がありまくりだった。何だ、このデレデレしているおっさんは……
デルも同じ意見だったのか、凄く渋い表情をしていた。人嫌いで気難しい変人のイメージが崩壊だ。二人とももういい年なんだから籍を入れればいいのにと思うけど、二人は今の縛られない関係が心地いいのだという。何と言うか、過去に何かあった、らしい。まぁ、そこは不用意に立ち入るつもりはないけど。
「それで、何があったのじゃ?」
食事を終えて一段落ついたところで、今度は情況確認だ。普段はパートナーのロリーヌさんですら入らない部屋で殴られた上で刺されたのだ。本来なら自警団なりを呼んで捜査して貰う案件だろう。
「それが……」
ネイトさんの口から語られた内容は、別の意味で意外なものだった。
「それじゃ……あの怪我は、たまたま偶然そうなった、と?」
「す、すまない……」
話はこうだった。ネイトさんは半月ほど前から知り合いと一緒にリカーリュ魔猫を狩りに行っていた。運よく捕らえて必要な素材を手に入れた後、その魔猫を譲り受けた。というか押し付けられた。一応、捕らえた時に暴れないよう子猫の状態にまで封じたが、危険なことには変わりがなかった。
そこで以前作った「魔獣を従属させる魔道具」を使ってみようと思い、あの部屋に向かったのだが……そこでネイトさんはバランスを崩して攻撃用魔道具を発動させてしまい、魔道具が放った魔術で背中を怪我し、その拍子に頭を打って意識を失ったという。
しかも、実際に倒れていたのは半日程度だった。俺たちが様子を見に行ったその日に帰って来ていたらしい。
「何とも人騒がせな……」
「も、申し訳ございません、デルミーラ様!」
ベッドの上で土下座の勢いで謝るネイトさんだったが、事件に巻き込まれたわけじゃなかったのには安堵した。かなり呆れも感じたけど、うん、無事だったんならいい。
「それで、あの魔猫、どうする気だったのだ?」
「さすがに私では管理が難しいので、もう少し素材を手に入れたら元の場所に返そうかと思っていました」
「元の場所?」
「グランクレー山です」
「ああ、あの山か」
デルは直ぐにピンと来たらしいが、俺は初めて聞いた名だった。
「グランクレー山って?」
「ここから東にある火山だ」
グランクレー火山は東に向かって十日ほどかかる場所にある山だ。魔獣が多く、冒険者でもかなり腕が立つ者でないと行く許可すら得られないという。一緒に行ったのは冒険者でもある魔術師で、魔猫の魔力が作り出す貴重な結晶が欲しかったらしい。
「ふ~ん。それで、こいつをその山に帰しれたればいいのか?」
「あ、ああ……って! 何で懐いてるんだ?!」
ネイトさんが俺の足にすり寄って来た魔猫を見て大きな声を上げた。
「そりゃあ、ネイト。ルークはアレだからな」
「アレって……そ、そうだったな……」
俺と魔猫を交互に見ながら、二人は物凄く複雑な表情を浮かべていた。
「まぁ、これだけ懐いているなら危害を加えることもないだろうがな」
「確かに……」
「けど、こいつだって仲間もいるだろうし、山に返してやった方がいいんだろう?」
「いや、そうとは限らん。こいつは仲間に捨てられていたからな」
「仲間に?」
聞けばリカーリュ魔猫は群れを成して暮らすが、弱いものは捨てられるのだという。ネイトさんがこいつを捕まえられたのも弱い個体だったのと、かなり衰弱していたからだという。グランクレー山は過酷な環境だから、仲間に捨てられれば死を待つだけだ。今更戻しても死ぬかもしれない、だが危険だから飼うのも難しいんだとネイトさんは言った。
「ふ~ん。なぁ、お前。どうする? 山に戻るか?」
魔猫を抱き上げて目の前で顔を覗き込むようにして聞いてみた。まぁ、答えるとは思わなかったんだけど……
「ギャガガガァ!」
「うわぁっ!」
この世の終わりのような、断末魔のような声を上げた。声は凄いがプルプル震えて可愛いかもしれない。
「どうやらお主の側を離れるのは嫌らしいな」
「ええっ?」
「まぁ、拾ったからには面倒を見ないとな」
いや、拾ってきたのは俺じゃないんだが……そうは思ったが、何だか必死に俺にくっ付いてくる魔猫を捨てるのも非道な気がして、結局手元に置くことにした。




