ネイトさんの行方
「それにしても、どうして魔猫がネイトさんの家に……」
すっかり俺に懐いて子猫姿で俺の膝の上で寛ぐ魔猫を撫でながら、俺たちはこの状況について考えていた。魔猫なんて滅多に手に入るものではないし、そもそもネイトさんの魔力では従わせるのも難しいだろう。魔獣を従わせるには相手よりも物理的にも魔力的にも強いことが条件なのだ。
「まぁ、お前。ここの住人がどこに行ったか知らないか?」
言葉が通じるわけはないと思ったが、八方塞だった俺はつい魔猫にそう尋ねてしまった。それくらい手詰まり感が酷く、身動きがとれなかった。魔猫が絡めば心身の安全にも不安が過る。
「ギャルググゥ」
俺の言葉に呼応するかのように、魔猫が俺を見上げて鳴いた。見た目は可愛いのに、この濁声の鳴き声は頂けない。そう思いながら立ち上がった魔猫を見ていると、俺の膝から飛び降りて部屋の奥へと向かっていった。
「なんじゃ?」
「おい、どこに行くんだ?」
何だか着いて来いと言わんばかりの様子に、俺たちは魔猫の後を追いかけた。向かった先はネイトさんの家の中でも、今まで入ったことのない部屋だ。魔猫は僅かに開きかけたドアの隙間から中に入っていった。
「ここは?」
「わしもこの部屋は入ったことがないが……」
「入ってはダメだと言っていた部屋ですね」
ロリーヌさんの話では、この部屋には魔術に関する物がたくさんあって、中には危険なものもあるから、絶対に入らないように言われていたらしい。普段は鍵がかかっているのに変ですねぇ、と首を傾げた。
「ルーク、入るのは一人だけにしよう。何が起きるかわからん」
「そうだな。じゃ、俺が入ってみる」
「頼んだぞ」
魔猫がいる以上、俺が入った方がいいだろう。デルには何かあった時に動いて貰いたいし。ステラはまだこっちの世界に疎いし、ロリーヌさんは魔術に関しては素人だ。一歩間違えれば死ぬ可能性もある。
「おい、どこにいるんだ?」
ドアを開けると、そこは物置だった。たくさんの棚があって、そこには何かは分からないけどたくさんの道具が置いてある。多分魔道具だろう。薄暗い部屋の中を、俺はゆっくりと、魔道具に触れないようにゆっくりと中に入っていった。何の道具かわからないだけに、触っただけでも何か起きそうで怖いし。
「おい、どこだ?」
「ギャルググゥ」
声のする方に少しずつ進むと、奥にはカーテンで仕切られた空間があった。何だろう、ここは。そう思いながらも慎重にカーテンに触れてそっと中を窺って目を瞠った。
「ネイトさん?!」
思わず大きな声が上がった。カーテンの向こうに倒れていたのは、血を流して倒れているネイトさんと、その側に佇む魔猫だったからだ。
それから俺は、デルに手伝って貰ってネイトさんをベッドまで運んだ。怪我は頭に殴られたような傷が、また背中には鋭利な何かで刺されたような傷があった。幸い息はしているし、出血もそれほどの量ではないように見える。荒らされた形跡はないけど、襲われたのは確かだろう。自分で背中を刺すなんて事はしないだろう。そもそも自作自演をする理由も思いつかないし。
「一旦戻ってリューンを連れてくるよ」
「うむ、頼んだ。さすがに治療は聖属性でないと効果がないからな」
俺もかすり傷くらいなら何とかなるけど、これだけの傷を治すのは無理だ。フィンが近くにいれば頼むが、今はリューンの方が早い。俺は早速街に戻ってリューンに同行を頼んだ。
「リューンが行くなら、我も行く」
リューンべったりのガルアが引かないので、仕方なく連れて行く事にした。説得する時間が勿体なかったからだ。連れて行けば邪魔をすることはないが、一緒に行けないとなるとすごくごねるのだ、この男は。
「どうだ、リューン?」
「ええ。傷の方は殆ど治ったと思います」
「そうか、ありがとう」
「いえ、これくらいならお安い御用です」
魔術の基礎を習い、毎日街人に治癒魔法をかけていたリューンは、格段に治癒力を上げていた。今じゃ大抵の傷は治してしまえるようになっていた。このままいけば瀕死の怪我も治せるんじゃないだろうか。リューンが凄いのは術の精度で、魔力を無駄なく傷の修復に注げる点にあった。これは訓練でも中々上達が難しいから、天性のものだろう。
「さすがに……直ぐには目覚めぬか」
「そうだな」
いつ襲われたのか、襲った相手は誰なのかが気になるが、まずはネイトさんが目覚めてくれるのが大事だ。今夜はロリーヌさんが側に付いてくれると言う。デルは一旦自分の家に帰り、俺はリューンとガルア、ステラを街に送り届けて、明日の朝再び訪問することにした。




