猫?子猫?それとも……?
「この猫がネイトさんなのか?」
手のひらに乗りそうなくらいに小さい子猫が、あの厳ついネイトさんだとはどうしても思えなかった。魔術師の寮に住み着いていた、でっかくてふてぶてしい猫ならともかく、この小さな子猫がネイトさん? あり得ないだろう……
「あの、ルークさん……」
「何だ?」
「この猫はネイトさんじゃないと思いますが……」
「え? 違うのか?!」
「え、ええ……」
どうやら俺の早とちりだったらしい。いや、確かにそう言われてみればその通りだ。この子猫から発する魔力はネイトさんのそれとは違う。ちょっと想定外の事過ぎて、動揺していたのかもしれない。
「あ~すまない。確かに言われてみればその通りだな。じゃ、この子猫って、何だ?」
「そこまでは私にも……」
ステラにもそこまでのことは分からなかったらしい。確かにこの子猫の魔力は弱くて、誰のものかを特定するのは難しそうだ。そもそもただの猫の可能性もあるし……
「ふむ。これは……リカーリュ魔猫ではないか?」
「え?」
「リカーリュ魔猫って……あの大型で凶暴な?」
「うむ。もしかしたら生まれたばかりかもしれぬ」
「生まれたばかりって……なんでそんなのがここに……」
動物嫌いのネイトさんが、凶暴で有名なリカーリュ魔猫を飼うとは思えない。となると、誰かから預かった、とかだろうか。
「……リカーリュ魔猫は素材としても重宝がられる。だが、そう簡単には手に入らないんだが……」
デルはリカーリュ魔猫のことを知っていたが、だからと言って使ったことがあるかといえばなかった。凶暴だから捕らえるのは簡単じゃない。それに生息地も高い山の上の方で、冒険者でも簡単には近づけない場所だ。
どうしたものかと魔猫を見ながら考えていたら、眠っていた魔猫が目を覚ました。
「うわぁあっ?!」
目を覚ました途端、魔猫が一気に大型化して臨戦態勢に入った。大きさは大型犬くらいの大きさだろうか。毛を逆立てて威嚇しながらこちらに牙をむいていた。
「いかん! 逃げるのじゃ!」
そういうよりも早く、魔猫が一気に跳躍すると、ステラに襲い掛かった。
「きゃぁあああ!」
「ステラ!」
魔猫は人を食い殺すこともある凶暴な魔獣だ。眠っている間に結界を張るべきだったと後悔したが遅かった。それよりも今はステラだ。
「いやぁ、来ないで!」
「ぐぎゃぁあああ!」
そう叫んだステラに咆哮を上げた魔猫が襲い掛かろうとしたが、それは何かにはじき返された。ステラが無意識に自身に結界を張ったのだろう。光属性に特化して結界を張るのが仕事だったというだけある。魔猫は結界に弾かれて体勢を崩したが、直ぐに立て直して今度は俺に向かってきた。鋭くて長い牙が目に入った。
「ルーク!」
「ルークさん?!」
次の瞬間、俺は魔猫の喉元を掴んでいた。後ろ足で立てば人間の身体と同じくらいの大きさの魔猫は、苦しそうに顔を歪めながら牙を剥き出しにして威嚇してきたが、目が合った瞬間、途端に大人しくなった。
「え?」
「ほぉ……」
さすがに首を絞めているのも可哀そうになって、手を離すと、魔猫がそのまま俺の前に蹲った。えっと?
「ルークを、自分より上だと認めたよう、じゃな……」
「は?」
「魔猫たち魔獣は、自分より強い者には基本逆らわん」
「あ~ そういうこと、か」
「そういうことじゃ」
なるほど、つまり俺がドラゴンだから魔猫は抵抗を辞めたということか。まぁ、魔獣は魔力を感じるというし、見た目は人間でも中身はドラゴンだから、ドラゴンのオーラかなんかを感じているのかもしれない。魔獣は本能で相手を見極めるんだろうし。
「えっと……あの、どうしてこうなっているんですか?」
俺とデルが納得したが、ステラには伝わっていなかった。そう言えば、俺がドラゴンだってことはステラには話していなかった……
「案ずるな、ステラ。ルークは魔獣を従わせる術も心得ているのじゃ。どうやら魔猫にも有効だったみたいだ」
「ええっ?! そ、そんな術があるんですか?」
「え? いや、あの……それは……」
「凄いです、ルークさん! そっかぁ~じゃ、私も訓練したら出来るかしら?」
「あの、ステラ。そんなに簡単なことじゃ……」
「私、いつか空を飛びたかったんですよ。ルークさん! ドラゴンも手懐けられませんか?」
何か、もの凄い事言われた気がするんだが……まさかドラゴンに乗って空を飛びたいと言い出すとは思わなかった。
「いや、さすがに、ドラゴンは……」
「そう、ですよね。やっぱり無理かぁ~」
あっさりと引き下がったステラだったが、何か、正体がバレたら乗り物代わりに使われそうな気がするのは、気のせいだろうか……




