デルの懸念
「……ネイトさんが、行方不明?」
「うむ、そうなのじゃ。もう半月も姿を見ていない」
デルの話では、ネイトさんはこの半月あまり行方が知れないのだという。彼は優秀な魔道具技師だが、基本的に人嫌いで外に出ることも少ないと言う。時折素材を手に入れるために外に出ることもあるが、それでも長くても精々十日ほどだと言う。それに、長期間家を空ける際には魔術で作った鳥を飛ばしてその旨を告げてくるという。
「こんなに長期間、何も言わずに家を空けるなんてあり得ないのじゃ」
デルはそう言ったけど、ネイトさんもいい大人だ。誰にも知られずに旅行に行きたい、なんてこともあるかもしれない。それに案外、好きな女性がいる、とかも。デルのことを崇拝してはいるけど、恋愛対象とは限らないだろうし。
「それはないじゃろう」
そう言ったところ、デルに一蹴されてしまった。いや、そこまで言い切らなくてもいいんじゃないか?
「ネイトの恋人も行き先を知らないと言っているんだ。だからわしが探しに来たんじゃ」
もしかしてここに来ているのかと思ってな、とデルは言ったけど……
「ネ、ネイトさんに恋人が?!」
俺はそっちの方に驚いていた。いや、だって、あの人、色恋沙汰には全く興味なさそうだったし、あの家でも女性の影なんか欠片もなかったんだけど?
「ああ、ネイトの恋人はコルナガの行政府に勤める文官じゃ。彼女も多忙な身ゆえ、会うのは月に数回だと聞いている」
「そ、そうか……」
相手が文官というのも意外だったけど、月に数回しか会わないのか……それは何と言うか、随分とドライな関係だな、と思った。どうも恋人というとガルアとリューンが基準かと思っていたけど、あの二人もまた極端な方だとアンザさんに訂正された。そうか……確かに目のやり場に困るくらいに仲がいいけど、普通じゃなかったのか。どこかほっとしている自分がいた。さすがにあんな風に四六時中いちゃつくのはちょっと……と思っていたからだ。
「ネイトもかなりの腕を持つ魔術師だし、そう簡単に害されるとは思わないが……わしや恋人に一言もなく居なくなるのは初めてなのじゃ。それに……」
「それに?」
「最近、何人かの魔術師が行方不明になっていると聞く。ネイトがやられるとは思わないが、あ奴は変なところで抜けているからなぁ……」
デルがティーカップに口を付けながらそう言った。否定出来ないところが何とも微妙な気分だ。確かにネイトさんはそんな感じはする。
「まぁ、そのうちひょっこり帰って来るやもしれぬし、杞憂であればいいのじゃがな」
「確かにそうだけど……なんか心当たりは?」
「特にはない、と言いたいところだが、最近、魔道具作りが思うようにいかないと零していた。もしかすると気分転換に出ているだけかもしれぬ」
「なるほど……」
自分は物を作らないからわからないけど、確かにスランプというか、ことが思うように進まなくて気分を変えるために旅行……の可能性はあった。ネイトさんは護りの魔道具や魔術が幾つも施されているから滅多なことはないらしい。
「せっかく来たのじゃ。暫くここに滞在するぞ}
どうやらデルがここに来た口実でもあったらしい。早速デルは、アンザさんの宿の一番高い部屋を陣取っていた。
「それにしても、面白いものを付けておるな」
その日の晩、いつのも食堂でデルとガルア、リューンとステラの五人で食事をしていると、徐にデルがステラにそう言った。面白いものって……
「これは帝国でつけられた罪人の魔力を封じる枷だよ」
「ほぉ、帝国のとは」
デルも魔術や魔道具への好奇心は相当なものだ。そう言えばネイトさんも俺の首についていたそれを興味深そうに見ていたっけ。
「ちょっと見せてくれぬか}
「そうしたいのは山々だけど、外れないんだよ」
「外れない?」
「ああ」
俺はネイトさんから言われたことをデルに話した。光属性を流し込めば耐え切れずに壊れる筈だと。
「はぁ……ネイトがのう。なるほど……」
さすがにデルもネイトの話に納得したらしい。と思ったら、考え込んでしまった。何だ?
「ルーク、ちょっといいか」
「あ? 何だよ?」
「いいから、こいつに触れてくれ」
「あ、ああ……」
何だと思いながらステラの首にある魔道具に触れると、デルも同じようにそいつに触れた。途端に音もなくその魔道具が真っ二つに割れた。
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