連れ去られた二人と追った一人
それからしばらくの間、夜に結界を追加する日が続いた。夜盗に襲われてはひとたまりもないし、ここでは身を隠す建物もまだない。幸い、出来たばかりで往来が少ないこの街に、夜、人が訪ねてくることはなかった。
「夜盗の心配はなさそうだが、街の周りに壁なり柵なり作らないとなぁ」
「ああ。だが、まだ家も出来上がっていないからな」
「本当に。圧倒的に手が足りないのが問題だな」
ネイトさんたちとの話し合いでも、問題は人手不足だった。本当ならギギラのように街を囲むように柵や塀があるのが一番なのだ。
今は結界があるからいいけど、恒久的な解決にはならない。俺が兄さんを探しに行った時に他に結界をかけられる奴がいればいいけど、中々街一つを丸ごとにとなると簡単ではない。それだけの力のある魔術師がこの街にいればいいけど、今のところそのような都合のいい話は湧いてこなかった。
唯一の希望があるとすれば、ステラだろうか。彼女は第一属性が光だから、結界を張るのは得意だろう。帝国でも結界を張る役目を担っていたと言うし。
だが、彼女に付けられた魔道具は未だに外せずに今日に至る。ネイトさんの予測に反して、あの魔道具は未だに壊れる気配がなかった。ネイトさんもお手上げといった風で、今は俺についていた魔道具を解析中だ。
(無理に外せば、命に係わるかもしれないんだよなぁ……)
どんな術がかかっているかがわからないだけに、強硬手段にも出られなかった。やはりネイトさんの解析を待つしかないだろう。
「まぁ、そのうち外れたらいいな~とは思いますけど。慌てなくていいです」
ステラはというと魔道具のことはあまり気にしていない様で、街人の間に入って楽しそうに過ごしていた。
「私、結界を張るために殆ど外に出たことがなかったんです」
どうやら結界維持のために魔術塔に軟禁状態だったらしい。だから街の人との交流も手伝いも楽しそうにやっていた。リューンともあっという間に打ち解けて、時々ガルアが恨めしそうに二人を見ているのが笑える。それでも、ガルアもリューンが楽しそうにしているのを邪魔する気はないようで、文句を言いながらも容認していた。
それからまた半月が過ぎた。アンザさんの宿屋も完成し、少しずつ民家の建設も進んでいる。宿屋の近くには簡易の市場も出来て、少しずつ活気が増しているのがみえた。そんな中、ガルアと畑に種まきをしていた俺たちの元に突然大きな声が飛び込んできた。
「アンザ! ルーク! 大変だ!」
そう言って飛び込んできたのは大工のバルクさんだった。彼は既に六十を超えていると思われるが、未だに筋肉隆々で若い弟子たちに恐れられながらも慕われている棟梁だ。その声はまるで獣の咆哮のように大きく、よく響いた。
「どうしたんですか、バルクさん?」
「ルーク、お前んとこの娘二人が……攫われた!」
「は?」
「え?」
俺とガルアは一瞬、何を言われているのかわからなかった。攫われた? 娘二人って……
「リューンとステラか?」
「そうだ、その二人だ。さっき街の外にカリュンやマイラと果物の採取に行ったんだ。その時に、変な男どもに囲まれて連れていかれたと……!」
「何だと?!」
血色を失って立ち上がったのはガルアだった。彼はリューンを誰よりも何よりも、何なら自分自身よりも慈しんでいた。いわゆる溺愛ってやつだ。既に顔は青褪めて小刻みに震えているようにも見えた。
「それで? 二人はどっちの方に? それにマイラさんとカリュンは無事なのか?」
「二人とも無事だが、マイラさんは二人を守ろうとして腕に傷を負った。大したことはないが……」
「カリュンは?」
「それが……あいつ、彼女らの後を追って行ってしまったんだ」
「何だって!」
そっちの方が問題かもしれない。攫われたリューンたちは男どもがいるが、カリュンが単身追いかけたとしたらそっちの方が大問題だ。この辺にも魔獣はいるのだから。それに、子どもは人買いにとってはいい商品にもなる。
「直ぐに追う! どっちの方角に向かったかわかるか?!」
事態は一刻を争う。俺はマイラさんとバルクさんに示された方角に向かった。




